確かに一機一機の性能は、ファイブオーバーよりも劣るかもしれない。
だが、それらがまとめて襲いかかってきたら。あるいは、ファイブオーバー一機よりも恐ろしい戦力として機能するかもしれない。
そもそも。
どんな機種だって、どんなモデルだって、たった一機でも、駆動鎧というものは全力で応じなければならないほどの戦力なのだ。
半蔵は慌てたように弾数を確認し、
「……弾は七発。だが全て必中できる保証はないし、向こうの強度によっては何発も撃ち込まなくちゃならねえかもしれねえ。これで残りを全部相手にするのは難しいぞ!!」
「でも、これ以外に無人の駆動鎧を無力化できる火力はありません」
この隠れ家に何を保管しているのかは、持ち主である郭が一番分かっているはずだ。
「サブマシンガンやアサルトライフルでは、いくら撃っても弾かれるだけです」
「どうすんだ浜面! 射撃とさっきのトラップで確実にやれると思うか!?」
「俺に考えがある」
ガシャガシャガシャガシャ、というサスペンションの軋む音が、複数の方向から聞こえてきた。
取り囲まれようとしている。
時間はもうない。
唯一の救いは、浜面が今着ているものの『規格』だけか。
7
バガバガバガバガバガッッッ!!!!!! という爆音が連続するのを、黒夜海鳥は耳にしていた。こうしている今も廃ビルのいくつかの窓から粉塵が噴き出し、外壁に亀裂が走り、建物自体がほんのわずかに傾き始めている。
絹旗最愛とじゃれていたせいで多少手間取ったが、こうして見ている限り、シルバークロースのコレクションは有効に機能しているようだった。突入して数十分。すでに内部は破壊され尽くしている事だろう。
「……そろそろ頃合いかにゃーん?」
呟く。彼女がイメージしているのは、人肉を耕す巨大な農作業機械だ。人間の手では面倒な重労働も、機械が端から端まで丁寧に行ってくれる。ネックと言えば、生死の判定が少々ファジーで、『とりあえず確実に死亡確認を取れる』よう、肉体をグシャグシャにしてしまうところぐらいか。
(……掃除機が無人になる時代なんだから、クソ仕事なんざ全部マシンに回してしまえば良いのに)
その『人間』と『機械』の扱いが曖昧になっているのがシルバークロースと黒夜な訳だが、彼女はその皮肉には気づいていない。
とはいえ、このまま放っておくと、人肉が全てペースト状にされてしまいかねない。『肉眼で見て分かる程度』に体を保っていられる内に、中の様子を確認した方が良いかもしれない。
無人機の作戦行動中に踏み込む事は、誤射や誤判断による襲撃の可能性も否定できない訳だが、
「ま、その時はその時」
新しく膨らませた予備のイルカのビニール人形を軽く撫でながら、
「……たかが機械のオモチャ如き、その気になれば一〇秒でスクラップにできるんだし」
ぞぞぞぞぞぞぞっぞぞぞぞぞぞぞぞぞっぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……と、黒夜のゆっくりした歩みの背後から、得体のしれない音が続いた。
彼女を補強しているもの。
サイボーグ。
大量の赤子の手が、付き従う巨大なマントのように、数を増す事で威圧感を手に入れるイナゴの大群のように、黒夜海鳥を追ってくる。
その全てが黒夜の能力の発射デバイスであり、砲台。
数百数千に及ぶ『発射地点』は単なる『窒素爆槍』を放射するに留まらず、一つの群体として『一定範囲の気体の流れ』全てに干渉を起こす。莫大な一本の窒素の槍を生み出す事も、逆に窒素を奪った空間を用意する事で、その他の酸素や水素を雪崩れ込ませて爆発させる事も自由自在である。
もはや、その力量は大能力者の範疇に収まらない。
そして黒夜自身、陳腐なナンバリングに興味がない。
「……私も私で、敵味方の区別なくやり過ぎるって評判だからなあ。今回の場合、人命と引き換えに金を潰しそうだが、さてどっちの方が怒られるのやら」
幼い女王は戦局にさらなる混乱を招くため、廃ビルへと近づいていく。
そこでふと、その歩みが止まった。
ニヤリと、嘲るような笑みを浮かべる。
「ま、出てくるとすれば、ここがお似合いかな」
現代的なデザインを突く、白い人影がそこにいた。
一方通行。
学園都市の第一位。正統なナンバリングであれば、七人しかいない超能力者のさらに頂点。
黒夜はニヤリと笑って、
「しかしまぁ、思っていたより慎重派だったね。それとも戦争を経て人格変わった? バッテリー温存のために立ち止まって情報収集に徹するなんて、私の知ってる思考回路とはちょーっとズレてる気がするけど。てっきり、無駄に飛び回って無駄に力を消耗するものだとばかり思ってたよ。……まぁ、おかげで間に合わなかったみたいだけどさ」
あからさまな挑発。
「守りたいのはフレメアだったのかな? それとも浜面? ま、どっちにしても、中でもうくたばっているしラインも『確定』している。死亡した浜面も含めて『アンタ達』は一つの反乱分子。まとめて殺害したって『上』は怒らない」
だが、一方通行が着目していたのはその言葉ではなく、黒夜そのものだった。
「……足りねェ力を、無理矢理に補い続けたなれの果てか」
吐き捨てるように呟いた第一位の言葉にも、黒夜は気に留める様子を見せない。
「いつもいつもタイミングは悪かったんだけどさ、ようやくまっとうな条件が揃ってきたんじゃない?」
共に強大な力を持つ者同士。
黒夜を進ませれば無能力者の死は確定し、留めれば生存の可能性が出てくる。
「っつっても、放っといても今頃、中でグッチャグチャになってんだろうけど。はは、それとも、人間の形を保っているか保っていないかを線引きにしちゃってる? 墓の下に詰め込んじまえばみんな一緒だってのに」
「……楽しいか?」
「あん?」
「まだそンな所に留まり続けているのが、そンなに楽しいか?」
そんな所。
悪党の領域。
今まで、とある無能力者はこういう風に自分を眺めていたんだろうか、と一方通行は思う。
当然ながら、黒夜の方はそんな思考に気づかない。
一方通行の質問に対し、彼女の反応はシンプルだった。
その口調が、変わる。
「決まってンじゃン。楽しいさ。それはそれは楽しいさ!! ここが世界の頂点なンだ。悪を極めたこの場所に、私の求める全てがある!! 殺しのためならいくらでも金をつぎ込める。顎で使える人員の数も半端じゃない。おまけにこのサイボーグ。私の肉体は、私の生き様は、学園都市の誰よりも突き抜けている!! これが楽しくない訳はないよねェ!!」
「……、」
一方通行の思考の一部分、特に攻撃性を植え付けられた黒夜の言葉は、学園都市上層部の悪趣味なセッティングで実現された、自分自身との対話にも近い。
彼女への嫌悪は、そのまま自らへと翻る。
「ひょっとしてェ、自分は第一位の超能力者だから、チカラァ使った勝負なら絶対に負けないとか考えてる?」
嘲るような声が続く。
イルカのビニール人形が、内側から歪んでいく。
「駄目だよねェ。そォじゃないンだよねェ!! 私の後ろに控えている『こいつら』の本質は、物量でも破壊力でもねェ。サイボーグだっつーところにあるンだよねェ!!」
破れたビニール人形から溢れた十数の腕を、右半身へ接続させる黒夜。
『体を動く人工物で補っている』の先へ進んだ、兵器の塊。
人のシルエットを無視するどころか、人の体の枠がどこまで膨らむのかさえ曖昧になっている生命体。