「学園都市第一位だとか言っているが、オマエは過去に何度か敗北を味わっている。例えば木原数多。あらゆる攻撃を『反射』させるオマエの特性を逆手に取って、意図的に拳を手前に引く事で『反射』させた拳をオマエの体の方へと招き寄せる」
何が言いたいのか、一方通行は理解した。
黒夜の背後で、大量の腕がさざ波のように蠢く。
「でもってェ、私の『腕』はサイボーグだ。機械だ。デジタルな数値で完全に操れる人工物だ!! 木原数多のパラメータを挿入すりゃあ、オマエへの対抗策にそのまま繫がるのは言うまでもないよねェ!!」
過去の脅威と対面させるもの。
その口調、思考もあいまって、一方通行を削り取るには最適の相手。
「さァてどォする第一位。木原数多の場合はあくまで生身の拳だが、私の『槍』なら一発でアウトだ。死にたくなけりゃあ全力で来いよ。その上でバラバラにしてやるから」
ガシャガシャガシャ!!!!!! と、数千の『腕』が一斉に身構える。
その全てが『窒素爆槍』を自在に生み出し、さらに群体として周辺一帯の気流を完全に掌握する。
攻撃パターンは数十万。その全てに一方通行が苦手とする『木原数多のベクトル』を挿入する事で、絶対の『反射』を貫いて確実なダメージを与える事ができる。
全方向、三六〇度からの刺突の乱舞。
たとえどこへ逃げても、空中へ飛び上がったところで安全地帯などない。シンプルな『窒素爆槍』自体は届かなくても、群体としての気流制御は上空にまで及ぶ。
防御も回避も不可能。
となれば、一方通行の辿る道は確定である。
対して、学園都市第一位の怪物はと言えば、
「……ふン」
軽く吐き捨てると、彼は道を譲るように、一歩横へ逸れたのだ。
その瞬間、黒夜海鳥は彼の行動の真意を理解できなかった。その思考パターンの一部分を植え付けられているからこそ、違和感を拭えない。この局面で、いやどんな状況においてでも、あの怪物が『譲る』など絶対にありえない。その行動には必ず何かしらの裏があるはずだが、何を当てはめればこんな状況に繫がるのか、候補を思い浮かべる事すらできない。
あるいは。
それこそが、悪の道に留まり続ける黒夜と、その道を捨てた一方通行の差異なのか。
「何だ? どォいう……?」
だからこそ、黒夜は疑問を発した。
対する一方通行は、特に表情を変えずにこう呟いた。
「オマエは勘違いしている」
「……?」
「機械の兵器の一番の特徴は、完全に数値で操れる事じゃねェ。単純な兵器には思想や主義なンてないってところだ。全てはそれを運用する側の意思によって決定される。クソが使えばクソな結果しか生まねェし、まともな野郎が使えばまともな結果を生み出すかもしれねェ。……ま、『兵器を運用する』って時点で、完全な善とは程遠いがな」
「私ではこれらのサイズのサイボーグを操り切る事ができねェとでも?」
「だから、俺は譲る事にした訳だ」
質問には答えず、第一位は適当な、面倒臭そうな調子で続けた。
「言っておくが、オマエに、じゃねェぞ」
ガシャン、という音が聞こえたのはその時だった。
廃ビルの三階の窓から、何かが飛んできた。地上に落下し、何度かバウンドし、黒夜の足元近くまで転がってきたのは、グシャグシャにひしゃげたシルバークロースのコレクションの一つ……つまり駆動鎧だった。
銃撃の音が途切れている。
さらに、窓から顔を覗かせたのは、一際金のかかってそうな……、
(ファイブオーバー……?)
銃撃が止まったという事は、内部の制圧が終わったのか。
そんな事を考えた黒夜だったが、直後に間違いだと気がついた。
その装甲には大きな亀裂が走っていた。
人が乗るためのコックピットを守る前面ハッチは歪んでいて、一部に隙間が空いていた。
まるで、無理矢理にこじ開けたかのように。
そして、突入の直前、浜面仕上がまとっていた『ドラゴンライダー』用のスーツは学園都市製。つまり操縦体系はファイブオーバーと同一規格という事になる。
という事は、
(まさか……ッ!?)
悪寒が走った時にはもう遅かった。
一方通行が何故身を退いたのか、その理由を黒夜は『身をもって』知らされる事になる。
黒夜海鳥へ向けた、圧倒的な掃射。
たった一発でも第三位を超えるレールガンが、毎分四〇〇〇発の勢いで連射される。
電動カマキリの左右のガトリングレールガンは、まず始めに黒夜の背後に控える大量の『腕』を一気に薙いだ。それは死を招く大鎌。ただ振り回すだけで、超能力すら組み込んだ兵器の群れが麦のように刈り取られていく。
弾丸の帯は、左右から一気に黒夜へと迫る。
間隔の狭まりは、そのままギロチンの刃に匹敵する。
「く……ソ、がァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
万全の状態であれば、ファイブオーバーと真正面からぶつかっても力押しで黒夜が勝っていただろう。だが出遅れた。その数秒の差が、彼女を特別にしていた『腕』を大量に消費させてしまっていた。
それでも、迫り来る二条の弾丸鎌に対し、黒夜は即座に反応した。
残った数百の『腕』を総動員し、大量の『窒素爆槍』を生み出す。大気の制御によって生まれた暴風は弾丸の軌道を捻じ曲げ、複数の巨大な槍が凄まじい破壊力を持つレールガンの銃弾と激突し、次々と爆風を生み出していく。さらに気体だけでは対処しきれない事を考慮し、じかに大量の『腕』を前面に展開し、盾として機能させる。
(いける)
防戦の中で、しかし黒夜は反撃のための策を練る。
あくまでも攻撃的に。
(膨大な電力を消費するガトリングレールガンは、同時に凄まじい熱も発する。永遠に連射し続ける事はできない。必ず安全装置が冷却期間を生み出す。そこを狙って反撃すれば、ファイブオーバーの破壊は難しく……)
「手札の選択を誤ったな」
そんな思考を断ち切るように、一方通行は素気ない調子で呟いた。
植え付けた思考パターンの大元。
その能力の運用に最も長けているであろう人物の声が。
「防戦ならまずは『反射』だろ。ピンポイントで力ァ集約させるベクトル操作じゃ、広範囲の連撃には向かねェ。そいつは盾を捨てて槍で弾丸の雨を弾く、曲芸みてェなモンだ」
「……ッ!?」
攻撃性ではなく防護性。
黒夜海鳥ではなく絹旗最愛。
「攻撃に特化していたンなら、素直に殲滅を徹底してりゃ良かったンだ。そこまでご自慢の力があるなら、速攻で貫いて掃射を止めちまった方が手っ取り早い」
貫けなかった、という弊害。
生き様が揺らいだ、という結果。
生物としての本能が、ガトリングレールガンという破壊の権化に対して、とっさに防御行動を選択してしまった事。
その一連の動きを、一方通行は面倒臭そうな調子で評した。
「宝の持ち腐れだな。サイボーグ」
大量の『腕』が砕かれ、機械のパーツが爆発した。
黒夜海鳥はその破片の雨に叩かれ、路上へ叩きつけられる。
勝敗は確定した。