第五章 たとえヒーローにはなれなくても Knight(s). ⑫

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 はまづらあげはファイブオーバーに乗り込んだまま、廃ビルの外へ出た。元々は羽を使って空中を移動する事もできたようだが、未知の技術は使わない。建物の中を通って一階まで下りてから、正面の出口を使って素直に脱出する。

 一方通行アクセラレータの近くまでやってきた駆動鎧パワードスーツの前面ハッチが開き、中から浜面は顔を出した。


「終わったか?」

「残党は目つきの悪いクローンが片付けているところだ。っつっても、メインの二人はオマエがつぶしたよォだから、時間の問題だろォがな。それを使ってるって事は、元々の乗り手は引きずり出したンだろ」

「まあな。今はくるわちゃん……忍者マニアの女の子が手当てしてるよ」


 一方通行アクセラレータ駆動鎧パワードスーツの中身に目をやる。

 特殊なスーツを着た浜面と内部スペースの間に、ケーブルが接続されていた。おそらく一度ファイブオーバーのシステムをかいした上で、自分が着ているスーツの制御装置とケーブルで結んで、都合の良いように再演算を始めたのだろう。

 同一規格だからこそ可能な、きんきゆうの再起動モードだ。


「オマエ、情報処理のスキルでも持ってンのか?」

「やろうと思う発想と、具体的な手順を並べるのはどっちが賢いと思う? ちなみに後者は全部機械がやってくれた」

「……炊飯器で何でもかンでも料理しよォとする女に着せたら、一から家庭料理を作るよォになンのか?」


 一方通行アクセラレータの軽口を無視して、浜面は視線を下に落とした。

 黒夜海鳥が倒れていた。

 かなりの数の『破片』が突き刺さり、出血も少なくないが、五体満足の状態だった。あれだけの掃射を受けて、実際の弾丸は一発もちよくげきしていないという事になる。やはり学園都市製の高レベル能力者。まともな常識の通じる相手ではない。


「これで『新入生』のそうどうも一段落、か」

「フレメア=セイヴェルンっつーガキは?」

「大金庫の中。タイマー制御だから半日後までは開かない」

「……面倒くせェな。俺の力でこじ開けてやる」

「俺も動くか。警備員アンチスキルが来る前に早いトコ武器を移動させないと、郭ちゃんに迷惑かけるかもしれない」


 そんな風に言い合い、二人はつか、意識をくろよるうみどりからよそへと移していた。

 それが災いした。

 彼らは自分の戦っているものの本質をつかみ切れていなかったのだ。

 サイボーグ。

 機械。

 ガトリングレールガンの掃射によって、そのほとんどが粉砕された。だが、例えば機械に必要なABCのパーツの一つが欠けても、機械は動きを止める。その場合、『腕1』『腕2』『腕3』からAとBとCのパーツをそれぞれ接続する事で、『腕4』を作り出す事ができる。

 つまり。

 スクラップにしたからといって、それで『腕』を無力化したとは限らない。


「……は」


 息をく音が聞こえた。

 倒れる黒夜が、その小さな右腕を前へ伸ばすのを、確かにはまづらは見た。

 同時。

 互いの機能を無理矢理に補い合う一〇〇前後の『腕』のかたまりが、一斉に起動した。

 標的は浜面あげでも一方通行アクセラレータでもない。

 フレメア=セイヴェルン。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」


 ボン!! という気体の爆発する音がさくれつした。

 複数の気体のほんりゆうが混ざり合い、数百メートルものサイズの、一本の巨大なやりと化す。そのねらいはメチャクチャだった。フレメアのいる大金庫は三階にあるが、黒夜の槍は地上部分……一階部分の高さを狙うがごとく、角度がずれてしまっている。

 だがそれで充分。

 出現させた槍を右から左へ振るだけで、廃ビルそのものが両断される。完全なとうかいに大金庫が耐えられる保証はないし、さらに続けて振り回されれば大金庫の壁は簡単に切りかれてしまうだろう。

 これが学園都市製。

 科学のはんちゆうにありながら、その常識をくつがえすもの。


「くたばれ最後の希望!! これが、このどす黒い真っ黒が、学園都市の『やみ』だァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ごうおんが炸裂した。

 やりが振り回された。

 そのしゆんかん

 はまづらあげは後悔した。勝負がついたと思ってファイブオーバーから降りてしまった事を。くろよるうみどりの実像を見て、幼い少女へとどめを刺す事にためらいを覚えた事を。殺さずに終えるにしても、色々な方法があったはずなのに、その中で一番中途はんな状況を選択してしまった事を。それが自分ではなく、自分を信じてくれたフレメアの命を危険にさらしてしまった事を。

 一方通行アクセラレータは激怒した。決着の直前、黒夜の生き様の揺らぎをあざわらった事を。あの余計な会話が、彼女の本質をもう一度呼び戻してしまった。この局面で、すでに決着がついた状況で、なおも『こうげきせい』を選択するようなきっかけを与えてしまった自分自身に、ただいかる。

 彼らは共に。

 最後の選択で、てつていさが足りなかった。


(……ちくしょう……)


 浜面は歯を食いしばり、黒夜を止めようとするが、もう遅い。そもそも、たとえ特殊なスーツを着ていたとしても、ファイブオーバーのない浜面ではたてになる事すらできない。


(……やっぱり俺じゃ、俺みたいなわきやくじゃ、ヒーローみたいなかんすいする事はできねえのか!!)


『槍』が、すべてをかいするために動く。

 浜面は何もできず、ただその先へ目をやった。

 暴風が吹き荒れた。

 ただ目撃するという、その最後のあがきすらも封じられた。彼は暴風の余波を顔に当てられ、思わず目をつぶってしまったのだ。

 絶望の色で視界が染まる。

 これまでやってきた事の全てが、たった一撃で否定されるのを実感する。

 フレメア=セイヴェルンはもう助からない。

 彼は勝敗条件の選定を間違っていたのだ。

 シルバークロースや黒夜を撃破する事が勝利なのではない。

 フレメアの命と笑顔を守り切る事が勝利なのだという、一番簡単な事を見失っていた。ファイブオーバーや黒夜の撃破に、心が浮かれていたと言わざるを得ない。

 守れると思ったのだ。

 強敵を倒したと確信したその時、フレメアの安全を手に入れられたと思ったのだ。

 その結果が……、


「くそォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 叫び、絶望し、しかしそこで浜面は気づいた。

 やりが振るわれる音はした。

 だが、それ以上がない。

 廃ビルがとうかいする音が聞こえないのだ。


(何が……?)


 恐る恐る、その目を開ける。

 おかしな光景が広がっていた。

 確かに、『槍』はあった。全長数百メートル、不自然な気体のうねりが作り出した暴力のかたまりは、そこらのビルなら丸ごと刈り取るほどのかいりよくを秘めていても不思議ではない。

 しかし。

 実際には、フレメアの隠れている廃ビルには傷一つなかったのだ。

 倒れていない。

 何かがぼうがいしている。くろよるうみどりが最後の力を振り絞って放った、執念のいちげきを受け止めている。

 それは少年だった。

 より正確には、少年の右手だった。


 

 宿、『


 結末は明快だった。

 まず最初に、あれだけ強大だったちつの槍がまとめて吹き散らされた。それを見届けた黒夜は、最後の『負の希望』をへし折られたせいだろう。今度こそ意識を失った。

 完全な静寂。

 危険性を取り除かれた世界。

 彼はこの世で最も不可解な右手を軽く振って、はまづらあげ一方通行アクセラレータに向けて、何の気なしにこう言った。


「久しぶり」

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