序章 イヴの最初に交差点で Prepare_for_Xmas_Eve! ②

 しかしズレが生じた事に女教師は気づいていない。


「リモコンと言われましても、これはかまぼこ板ですわよ?」


 だがツインテール少女があきれた顔で振っているのは板チョコの空き箱である。


「いいや確かにあれはリモコンだった。どこかにあるはずだ、必ず!」

「かまぼこ板でしてよ」

「リモコンだろっ!!」


 

 一方で、本当に本物のリモコンを手にしている蜂蜜色の少女はくすくすと笑っていた。もちろん両者の視界の中だが、誰にも言及はされない。相変わらずと言えば相変わらずだが、悪趣味な事この上なかった。

 生徒と教師で軽く言い合いになった事で隊列が乱れ、世間知らずのお嬢様達がわらわらと集まってきた。元凶であるしよくほうは片目をつむって、


「モバイルグラスはあ?」

「干渉済み」


 行方をくらますにせよ、作業に使っているトングやちゆうはんにゴミを集めた袋はポイ捨てできない。よってこちらはロボットでも発見できる表通りに置いておきつつ。

 ここからが本番だ。

 ことはしれっと答えると人混みを避けて雑居ビルの隙間にある路地へ入る。

 自分のものと一緒に、ついてきたしよくほうの右足首をロックしていたGPS発信機を取り外すと近くで山積みしてあったビールケースの隙間に投げ込む。後は金髪少女のくびれた腰に両腕を巻きつけると、そのまま垂直に跳んだ。磁力を操る力を使って鉄筋コンクリートの壁を足場にして、一気に五階建ての屋上まで辿たどく。まるでスクラップ工場で廃車を持ち上げるクレーンについた、巨大なリフティングマグネットのようだ。

 これが学園都市の超能力。

 電気、薬品、暗示。ありとあらゆる科学的アプローチを用いて『当人が見ている現実』をゆがめる事で、通常ではありえない偏った量子力学的観測を意図して行い、ミクロな観測からマクロな現象を生み落とす異形のテクノロジー。


「まだまだ第一ステップってところダゾ☆」


 しよくほうは屋上の手すりから身を乗り出しながらつぶやいていた。つい先ほどまで彼女達がいた路地には、複数人のお嬢様が慌てた様子で駆け込んできていた。今度は常盤ときわだい最大の規模を誇るしよくほうばつの、親衛隊とも言えそうな高位能力者達だ。

 ビルの屋上まで上がっても安心はできない。五階建て、追っ手がこちらに気づけば垂直の壁を一秒で駆け上がる方法などいくらでもある。


「わざわざ危険を冒してまで常盤ときわだいの監視網から脱走したいって事は、あなただって二四日と二五日は思い切り自由力を満喫したいんでしょう? だったら気合いを入れないといけないわねえ」

「うーん、しよくほう

「まあもっとも? さかさんみたいにお胸の貧相な子が一人クリスマスの街に解き放たれたって周り全員恋人だらけの大通りで寂しい思いをするだけかもしれないけどねえ? ぷふふう」

「他にも色々追っ手を振り切るコースはあったのに、どうして真っ先にビルの屋上を選んだと思う?」


 はい? と金髪少女が何度かまばたきした。

 さかことという悪魔はニタリと笑って即答した。


「やる事やったら速攻で縁を切って一人で逃げるためよ?」

「ああっ!? ちょ、みさかさっ、まさかこんな所に私を置いていくつもりい!?」


 ようやく気づいた常盤ときわだいのクイーンが急に慌て始めたが、ことは笑ったまんま屋上の端から飛んだ。もちろん一人で。強大な磁力を借りてビルからビルへ気兼ねなく飛び移れるのは、彼女が学園都市第三位の超能力者レベル5だからだ。第五位にはできない。


「あーっはっはあ!! 一人で罪をかぶって廊下で正座の灰色クリスマスを過ごすがいわしよくほうッ! 完・全・勝・利!! ぶわはははははーっ!!」

「ぜっ、絶対ヤル!! ほんとに根っこの根っこから根絶してやるわあさかさあーん!!!!!!」


 全力の泣き言には舌を出すしかなかった。

 どうせ向こうだって適当に逃げ切ったらことを裏切る気は満々だったろう。所詮は犬猿の仲、利害だけで結び付いた協力態勢など長くは保たない。

 下から見れば真っ暗だった学園都市も、改めて上空から観察してみれば電飾の海で埋め尽くされていた。住人の八割が学生という学園都市は終電終バスが出る時間もかなり早いはずだが、それでも大学生や教師達は夜の街を満喫しているらしい。常盤ときわだいの先生方は、そうしたものが目の毒になると考えてわざと寂れたエリアだけ選んだ巡回コースを作っていたのだろう。


「っ」


 ようやく実感が追い着く。

 自由自在のクリスマスが始まったのだと。


「~~~っっっ!!」


 圧倒的な解放感にぶるると幼い背筋を震わせたため、危うく制御を失ってそこらのビルの壁に激突するところだった。革靴の底を壁面に押し付け、磁力を使って速度を殺しながら地上の街並みへと降りていく。

 両手を上に上げ、背筋を伸ばして、改めてさかことは自由な夜の空気を全身で浴びる。

 クリスマスの繁華街なんて恋人だらけというイメージがあったことだったが、実際には多種多様だった。女友達数人で固まってカラオケボックスに吸い込まれていくところを見かけたし、きようだいや姉妹でホールケーキの箱を抱えて学生寮に帰る姿もあった。厚紙のパッケージを見る限り、雪だるまの親子が主人公の海外製3DCGアニメ映画をモチーフにしたデコレーションケーキらしい。生年月日や血液型からラッキーカラーを導き出す流行はやりもののカスタムドーナツが作り出す長蛇の列の中には、普通にお一人様も少なくなかった。


(ふうん。バレンタインもチョコレートの扱いが大分変わったってニュースは良く聞くし、そんなものなのかな……)


 もちろん小中学生が深夜〇時の街を笑顔で歩いているなんてまともな状況ではない。そう、二四日はまともな日ではないのだ。教師達の中から志願して治安維持を務めるオトナの警備員アンチスキルたちも、SUVを改造したらしき指揮官車の上からメガホン片手に何か叫んでいる。


『ケーキを買って帰るのは構わんがこの場で食うのは買い食いとみなす。繰り返す、買って帰るまでだ! ピピピピーっ!! そこのバカップル、手をつなぐまでは見逃すがお姫様抱っこは禁止!! せっかくの二四日を補導されて留置場で過ごしたいかーっ!?』


 カタブツの塊みたいな先生さえこの調子だった。携帯電話やスマホで撮られる事が前提なのか、どうにもお説教がパフォーマンス臭い。

 見るのも耐えがたいようなバカップルも大量にいるのだが、この分だと少なくとも一人で街を歩いているだけで変な注目を浴びる心配はなさそうだ。

 さかことにも食べたいもの、やりたい事は色々ある。

 街の時計を見れば深夜〇時。


(自由にできるのは最大でもイヴと当日の四八時間ってとこか。とりあえず一人で遊べるところは今の内に全部消化しちゃって時間を潰しつつ、朝になってからになるかしら。流石さすがに今からあの馬鹿のケータイ鳴らして押しかけるのもね)


 しれっと頭に浮かんで、だが直後にハッと我に返ること

 背伸びはしたい。試してみたい事だってたくさんある。少なくとも大人達に管理されたクリスマスなんて真っ平だ。……しかしやってみたい事リストの相方として、何故なぜ『あのツンツン頭』が真っ先に浮かぶ? そしていったん浮かんだら固定して外れない!? いやまあ確かに何にでも振り回せる男の知り合いなんてヤツくらいしか候補がいないのは事実だが!!


(いやいや)


 ショーウィンドウを見るのはやめよう、とことは思う。

 より正確には、そこに映る今の自分の顔だけは。


(いやいやいや!! これは、そう、とりあえず置くだけ。マネキンみたいなものだから! クリスマスにやってみたい事がある、そのために相方が必要。ただそれだけの話だし……っ!!)


 しかしもうイヴは始まっているのか。

 夢見る少女の前に、いきなりのミラクルがやってきた。


 横切ったのだ、目の前の交差点を。

 なんか全裸の幼女を抱えたかみじようとうが、鬼の形相の全力疾走で。


「な……」


 思考が止まった。

 しかし現実の時間はそのままだった。ことが硬直して置いてきぼりにされている間にも、見知らぬ幼女をお姫様抱っこしたツンツン頭の高校生は走り去っていき、その後を無数の不良どもが追い回していく。

刊行シリーズ

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とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
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とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
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