序章 イヴの最初に交差点で Prepare_for_Xmas_Eve! ③

「ななななななあ!? ちょっと待って、アンタ、イヴの日に一体何やってんのよお!?」



 何をやっているかと聞かれても、かみじようとうにだって答えようがなかった。

 問題、自分は何をやっているのだろう?

 全裸。

 今度は全部ハダカの女の子である。

 いくら不幸体質っつってもモノには限度ってもんがあるだろう。


「くふふ」


 腕の中の幼女はどろりと濁った瞳で、唇を三日月みたいに裂いて笑っている。ミルク色の肌にイチゴのような色の髪が特徴の、一〇歳くらいの小さな女の子……なのだが、善良ともともかけ離れた、その童顔にはあまりに不釣り合いなわるーい表情が浮かんでいた。

 当人はお姫様抱っこしてもらってご満悦らしい。

 シーツ? ドレス? ともあれ、申し訳程度の薄っぺらな赤い布を両手で胸元にかき抱いたままダウナーな上機嫌で裸足はだしの両足をぱたぱた振って、


「うふ、うふふふふ。流石さすがは恋人達のイヴね、完全に形が壊れている。予想もできない刺激に事欠かないわ。くふふふふふ」

「ちょっと待ってこんなのおかしいよ。いきなりキャラが濃過ぎるもん。今度は何だっ、いんせきに張り付いて地球へ遊びにやってきた外宇宙の女王様か何かかーっ!?」


 近くのコンビニへ出かけたのだ。

 裏でなんかガサゴソしてるなと思ってのぞいてみたのだ。

 幼女がいたのだ。

 しかも彼女の小さな手でまぐれにスマートフォンを向けた先に……ATMの光ファイバーに小細工して利用客のカード番号や暗証番号をごっそり盗み出そうとしていた大変インテリな(笑)不良どもがあふかえっていたのだ。

 ちなみにこの子は身ぐるみを剥ぎ取られた訳ではない。

 出会った時からこうだった。悪い子はこのまんま夜の街を堂々と歩き回り、物陰からこっそりスマホを構えて、自分の意思でダウナーに状況を楽しんでいる。

 学園都市は大丈夫なんでしょうか?


『てめっ、待て!! 今なに撮った、待てえ!!』

『あわわまずいよ兄貴アレ動画サイトに上げられちゃったら俺達ぃ!!』

『手錠と拳銃持ってる警備員アンチスキルの心配をしろっ!! つか危険度で言ったら向こうの方が特濃だろ! なのに何でオレらが悪者お!?』


 冬でもタンクトップの人達は元気であった。多分装備リストの中にズボンとかパンツとかの他に『分厚い筋肉』っていうのが別枠で存在する。そして今時は『何ガンつけてんだよ』も随分とスマート化したらしい。スマホでやる事がないからと言って、あんまり見境なしにあれもこれもと撮りまくっているとケンカの引き金になりかねないのだ。特に犯罪の瞬間とか!

 せっかくのイヴに何やっているんだ、とかみじようは思う。

 こっちも向こうも!!


「冬だよ、雪降ってんだぜっ? この吐く息も真っ白な中でお前何してんの!?」

「別にこの季節だからという訳ではないのよ。早く春にならないかなと考えているくらいだし」

「……、」

「あら?」


 子供は何も見ていないようでいて、実際にはさいな空気の変化に敏感だ。裸足はだしの両足をぱたぱたしていた幼女の動きがわずかに止まった。

 

 

 ……しかしこれを彼女に言ったところで何も改善しない。今のところ、欠けているのは思い出だけで文字の読み書きや勉強の内容まで忘れている訳ではないので、日々の生活には困らないのだし。かみじようとうは意図して呼吸を調整したが、それでもこの季節だ。白い息として可視化されてしまうのは心の一端をのぞかれているようでよろしくない。

 でもって、


「どうやって逃げ切るつもりなの?」


 どろり幼女(?)が三日月みたいな笑みで問いかけてくる。

 たかが幼女、されど幼女。余計な荷物を抱えたままのかみじようにはどうしてもハンディキャップがある。単純な直線での全力疾走だと追い着かれそうなのであちこちジグザグに細い路地や曲がり角を何度も曲がり、距離よりもまず追っ手の視線を切って見失わせる方向に注力していたのだが、


『どこだっちくしょう!!』

『車出せ車! 自動運転の待機させてたろ、逆サイドから回り込め!!』

『今ドローン飛ばしたぜえ……。天空そらは全部見てる、捕食者の網からは逃げられねえぞクソ野郎が!!』


(えーん、馬鹿にハイテク渡すとろくな事にならねえ!! これなら森でデジカメ見つけて自撮りを始めたサルの方がまだマシだっ!!)


 あとなんか一人だけいつまでも中二心を忘れない人が交じってるようだ。できれば無害な美少女であってほしかったが。

 しかしまあ、そもそも事の発端からしてコンビニATMからお店の裏まで伸びてる光ファイバーをいじくっていたやからだ。学園都市の超能力開発で落ちこぼれの無能力レベル0判定をらった反動で、小手先の技術や小道具に傾倒してしまったのかもしれない。

 ただ一方で、


(相手はテクノロジー頼みで、使っているのは自動運転の車と頭の上のドローン。そうなると、だ)

「地下鉄っ!!」


 これで同時に振り切れる。

 学園都市の終電終バスそのものは完全下校時刻に設定されているため早々に運行が止まってしまうが、構内店舗や連絡通路としての機能はかなり遅くまできている。かみじようは全裸の幼女を抱えたまま下りの階段を一気に飛び降りると、ようやっとまばゆい肌のお荷物を床に下ろした。

 かがんで目線を合わせる。

 不幸慣れしているかみじようには分かる。生き死にに関わる場面は、必ずしもドラマチックにできているとは限らないと。どれだけ馬鹿馬鹿しくても、真面目に取り合わなければ命を落とす。ピリついた空気を素直に信じろ、ここはそういう場面だ。


「いいか出口は六つあるが全部無視しろ。ここの連絡通路をそのまま走れば隣の駅までつながっているから、そっちの階段から地上に出ればドローンの監視エリアの外に出られるはず。俺が西側であの馬鹿ども引き付けておくから、お前はその間に隣駅の階段を上って大人達の集まっている場所まで駆け込むんだ。地上の路線と合流してるでっかい駅なら大抵警備員アンチスキルの詰め所があるし、今日は二四日、広場にパトロールが出てるから安心して良い。分かったか?」

「お兄ちゃん怖いよう」

「うるせえなこの野郎!! これ以上の譲歩はナシだッ!!」

「そして随分と作戦会議が長引いたわね。こんなにおしゃべりしている余裕はあったかしら」

「……?」


 ようやくかみじようとうが違和感に気づいた時だった。


 ガかッッッ。

 ドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォン!!!!!! と。


 腹に響く、すさまじいごうおんさくれつした。

 前後左右ではない。上から、だ。

 ビリビリと、鼓膜というよりほおたたかれるようなその恐怖は、五メートル以内にある大木へ雷が落ちた時と似ているかもしれない。

 雷。

 高圧電流。

 だが出血も火傷やけどもなかった。ここは地下鉄駅だ。当然も当然だが、頭の上は分厚い地盤で塞がれている。すぐさま思い至らなかった辺り、スタングレネードでも浴びたように意識が数秒混濁していたのかもしれない。

 そう、外で何かあったのだ。

 かみじようはコンクリートの天井に目をやって、


「……お前はここにいろ」


 何か、とてつもないイレギュラーが起きている。これまでの、闇雲に逃げれば何とかなるレベルの話ではない。まず観察してルールを把握しなければ間違いなく死ぬ。これだけ科学万能の世の中で、そんな『予感』が見えない針のようにかみじようの背中の真ん中にずぶずぶと埋まってくるのが分かる。

 息すら殺して、少年は冷たいコンクリートの階段へ足を乗せる。

 一段。

 二段。

 三段。

 少しずつ地上へ向かうにつれて、ピリピリと全身の肌を薄く刺すような感覚が増していく。最初は緊張感のなせる業かとも思ったが、違う。物理的。スイッチを消したはずの蛍光灯が夜光塗料のようにぼんやりとした光を浮かべていた。空気そのものが帯電しているのだ。

 鼻につくのは、わずかな異臭。

 嗅ぎ慣れない、どこか消毒めいた印象を与える臭気の正体は……オゾンか何かか。

 られてはならない。

 頭ではそう分かっているはずなのに、生理現象を止められなかった。かみじようとうの喉がごくりと動いてしまったのだ。

 そして。

 だから。


「ねえ」


 それは、少女の声だった。

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