第一章 まるで遊園地のような Red_Wear,Big_Bag,and_Flying_Sledge. ①

     1


 夢であって欲しかった。

 だが、寝不足の頭と全身の筋肉痛が昨夜の出来事は現実であったとしっかり証明してくれている。


「……不幸だ」


 学生寮の一室でかみじようとうはぽつりとつぶやいていた。

 ガラステーブルの上には電源ケーブルとつながった携帯電話がホルダーで立てかけてあった。目で見ただけでは分からないが近接無線で部屋のテレビとリンクしていて、大きな液晶にケータイの映像をそのまま転送している。

 ビデオチャットであった。

 今月の通信容量をガリガリ削る格好で映し出されているのは、身長一三五センチ、ピンク髪の謎過ぎる女教師・つくよみもえ。しかも日付が日付だからか、今日はミニスカサンタでお出迎えであった。検索エンジンのトップページみたいに節操のない先生である。


『はーい。それじゃあ出席日数が全く足りてねえかみじようちゃんのための、もえせんせいの特別課外授業が始まりますよー?』


 声はあめだまみたいに甘ったるいが、若干の毒があった。カンペキな笑顔も怖い。二四日と言ったらすでに冬休み、生徒はもちろん先生にとっても貴重な連休だ。オーラである。そいつをぶっ潰された怒りと鬱憤がどす黒い香水でもまぶしたように全身から噴き出ていた。


「お互い学校まで行くの面倒臭いなら補習なんて開かなきゃいのに……」

『これ開かないとかみじようちゃん問答無用で二回目の一年生送りなんですけどそれで良ければ。えとえとどうします? 多分二周目ならこの先起きる事は何でもお見通しの俺TUEEEライフが待っていると思いますけどー』

「是非とも補習でお願いします!! 絶対そんなあまっぱいもんじゃないよ現実の二周目TUEEEなんて! ただただ遠巻きに見られるだけだよっ!!」


 そんな訳でお休みの日まで勉強である。学園都市とはその名の通り学校の街。カップルでカラオケボックスに入り、オプションのジョークグッズは鼻メガネを選ぶかネコミミカチューシャを選ぶかできゃーきゃー言い合う並の繁華街とはやる事が違う。

 ……そっちに行きたい、切に願ってもよろしいか?


『学園都市製の超能力の根幹には量子力学がありますー。これは原子よりもさらに小さい陽子や電子、さらに言えば強い力、弱い力、重力、電磁気力の四つの力の振る舞いを説明する段において効果を発揮するものなのですが、同時に一般生活の中で観測がもたらす変化を自覚する事はほぼありません。リンゴに消えろと念じても実際に消える訳ではありませんからねー。言ってみれば虚数のようなもので、それがないと説明できないが、それそのものを実感する機会はない、といった感じでしょうか。……


 文句だらけの補習授業だったが、始まってしまえばやはり本職の先生だ。

 すらすらと流れるような言葉でありながら、重要な単語だけ抑揚を変えてかみじようの頭に引っかかりを残してくる。

 おかげでノートを取り、蛍光マーカーで色をつける作業も苦にならない。変な達成感がついてくるので、手動マッピングのRPGでダンジョンの構造を暴いていくような気分になる。

 ……何もイヴだけの特別授業という訳ではなくもえせんせいはいつも教室でこういう丁寧な授業をしてくれているはずなのだが、今さら新鮮な驚きを感じている辺り、いよいよかみじようとうの出席日数が知れるというものであった。


『学園都市製ではここを強引にずらす事で、ニュートン力学では説明できない現象を引き起こします。いわゆる超常現象。薬品、電気、暗示、ありとあらゆる手段を使って人が世界を見るための認識をゆがめ、普通ではありえない観測結果を強引にもたらす技術。それをミクロの領域のみならずマクロの世界にまで持ち出す事で、超能力は実現するのですー、ジジ』

「ん、あれ? もえせんせい???」


 なんか今、映像がカクカクになったような。

 嫌な予感がしてかみじようが話しかけたが、サンタコスの女教師は気にする素振りもなかった。あるいはこちらの声が届いていない?


『この、認識をゆがめるための、ざざ、フィルターのようなものが「自分だけの現実パーソナルリアリテイ」なのですが、これについては……千差万別で、一人として同じフィルターはありません、じじざり。能力開発の難しいところですね。ザザザザザ!! ですけど大丈夫っ! この世に無駄な才能なんてありませんっ!! 今のかみじようちゃんが無能力レベル0判定だろうが何だろうが、ざざっじ!? 必ずやその長所を伸ばして……ジジジザリザリガガガ……ッ!!』

「待って待って待って。何が起きて、うわあーっ!?」


 かみじようとうは絶叫していた。

 テレビ画面が完全に固まって数秒経ったと思ったら、まさかの黒一色に白の英文字だらけと化した。訳の分からん英文がずらずらと出てきて、ついでにカウントダウンが続いている。何かしらの選択肢を選ばなくてはならないらしい、猶予は一〇秒。

 というか、逆に新鮮だった。

 あったんだ。パソコンならともかく、ケータイOSにクラッシュ画面……。結構簡単に割れる液晶画面を筆頭にハード面のもろさはともかくとして、ソフトウェア方面は割と頑丈で、トラブッたら気軽に再起動すればいいやくらいに思っていたのだが。何だかいつも気丈だった管理人のお姉さんが風邪で寝込んで弱ったところを見てしまった気分だ。いっそ、ちょっとわいらしい。

 ついでに携帯電話のクラッシュ画面は例の青一色ではなかった。さっきも言ったが黒である。こんな非常事態までスタイリッシュ(笑)とか完全にふざけている、見えない所のオシャレか。こっちについては汗を拭いてあげようとしたらなんか意外な下着を見てしまったようだ。気まずい。お、お姉さん……ッ!! あなたほんわかキャラだと思っていたのに!!


「……、」


 そしてかみじようが馬鹿げた事を考えて逃避している間に一〇秒が過ぎてしまった。テレビとケータイのモニタが同時に真っ暗になり、そこからうんともすんとも言わなくなってしまう。

 なんかの罰みたいだった。

 最新鋭のケータイOSは優柔不断男がお嫌いなのかもしれない。普段はほんわかだけどどこか妖しい香りを隠しきれないお姉さんにまであいを尽かされるとか、いよいよこの人生には希望がない。


「ええーっと……」


 途方に暮れた。

 でもってかみじようとうは部屋の隅で三毛猫と遊んでいた少女にこう話しかけた。


、ちょっと外に出ようか?」


     2


 インデックス、という少女がいる。

 正確にはIndex-Librorum-Prohibitorum……禁書目録。

 一見すると長い銀髪と白い修道服が特徴の、やや幼児体型の香りが漂う小柄な少女ではあるのだが、実際には一〇万三〇〇一冊以上の魔道書を完全記憶した『魔道書図書館』としての役割も持っているけったいな人物であった。所属はイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会ネセサリウス』。何のこっちゃだが、どうやら学園都市の壁の外に広がる大きな世界にはそういうモノがあるらしい。

 魔術。

 科学を極めた学園都市が世に送り出す超能力とは対となる、もう一つの異能。


「くりすますーだっ、くりすますうー♪」


 やたらとクリアな冬の青空の下、足元には昨日の雪がまだちょっと残っているほどの寒さだというのに、当の本人は白いフードの上に三毛猫をのっけて何やら笑顔で口ずさんでいた。イギリスからやってきたくせに思いっきり日本語の歌だった。どこで仕入れたかは知らない。完全記憶能力を持つ彼女の場合、テレビに映る街の電器店の店内放送であろうが、一瞬でも耳目が捉えればその全てを正確に覚えてしまうのだから。

 あらゆる魔術を極めた先に、『魔神』という存在がある。

 彼女の頭の中にある魔道書を全て駆使すれば、人間がそんなモノに化ける恐れすらあるらしいのだが……。


「ふんふふーん。すいへーりーべー」

「待てインデックス、クリスマスはどこ行った?」

(ちくしょうケータイはヘンテコなボタン同時長押しで何とか再起動したけど先生にゃつながらねえし。これ何のトラブルなんだよお!? そもそもあっちとこっち、どっちの機材が壊れてる訳!?)

「いいかインデックス、まずはもえせんせいの家だ。あのクソ野郎先生とじかに会って補習の行方がどうなったのかを探らねばならん。何故なぜならここが不肖かみじようとうの留年を左右する重大な局面だからだ」

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影