雑誌やグルメサイトで大評判というほどではなかったけど、鶏がらか魚介かって聞かれたら『知らない。化学と合成?』と客前で堂々と答えちゃうひどいラーメン屋だったけど、そこでは小盛りのさらに下にお茶碗盛りっていう小さいラーメンを売ってくれた。それが学校帰りの、これからご飯の事を考えないといけないんだけどそれでもどうしてもお店のラーメンを味わいたい上条達にとってはたまらないおやつのはずだった。それを、それなのに……。
おかしい。
こんなの絶対におかしい。せめてあの強烈極まる個性に負けない何かができていれば救われたものを、こんな所にまでありやがった。歴史も風格もない一冬限りのドーナツ屋が!? 下手すりゃクリスマス終了と同時に忘れられ、年をまたぐ前にとっとと撤退するかもしれないこんなもののために押しのけやがったのか!! 上条当麻はもはや俯いて小刻みに震えていた。ラッキーカラーじゃねえよ。お、親父。一体どこへ行っちまったんだラーメン屋の親父ぃ!?
……馴染めない。
どうしたって無理だ。やはりクリスマスを丸ごと味方につけたリア充=決して相容れぬ敵、の図式ができつつある。針金ハンガーを集めて作った鉄のアフロみたいな鳥の巣から一歩も出るべきではなかったのでは。そんな風に思えてきた。この冬は、厳しい冬になる。わざわざ一二月二四日に出した結論に胸が苦しい。
そんな風に立ち尽くしていた。
よって多少は注意散漫だったのも仕方がなかったのかもしれない。
どんっ、と。
交差点の歩行者信号待ちゾーンで、横からいきなり女の子がぶつかってきたのだ。
「きゃっ!?」
「ごめ……」
とっさに謝りかけて上条は踏み止まった。注意散漫とはいえ、こっちは(ラーメン屋の衝撃を受け止めきれずに寒空の下で立ち尽くしていたから)その場で一歩も動いていないので、明らかにぶつかってきたのは向こうだ。しかも重たい胸の真ん中にぶつかるねちょり感触。静かに視線を下ろしてみれば、コントのパイ投げみたいに小さな紙皿が張り付いている。生クリームと蜂蜜でグチョグチョの例のアレ、食べるよりまず写真という冒涜的な名状し難いコズミックホラーなドーナツさんがだ!?
「……お……」
不幸とは、重なる事で心の許容を超えてしまう時がある。
今日は哀しい出来事が多過ぎたのだ。
見知らぬ誰かさんのラッキーカラーでキミの色に染め上げられちゃった不運な上条当麻、ここでついにブチ切れた。
「おうおうお嬢ちゃんこいつが雨を弾いて丸洗いも簡単なポリエステル繊維でできている事は知っての狼藉だろうな!? ウニクロの年末大特価セールをなめないでちょうだい、まったく自慢の一張羅一九八〇円をどうしてくれるのよおーっ!!」
何故か時代劇から始まってラストにちょっとオネエ言葉が入りつつも、ぶつくさ言っている内にドーナツに刺さっていたであろうパチパチ花火がやっすい上着に引火した。被害状況の確認もせず反射で女の子に噛みつくからこうなった。天罰である。上条当麻は慌てて上着を脱いで両手でばさばさ振り回して消火していた。
そしてふるふる小刻みに震える少女は昨日も見た。
御坂美琴その人であった。
「なんかクリスマスに死の匂いがすると思ったらお前か御坂ッ!?」
相手は聞いちゃいなかった。
きゅっと。
上着を脱いだ上条当麻の胸に無言で飛び込み、小さく握った手の指で彼のシャツを掴んですがりついたのだ。
ツンツン頭の少年の頭が真っ白になり、すぐ隣にいた白いシスターが呆気に取られている時だった。
嵐が来た。
「逃亡者を捜せぇ!!」
「防犯カメラや警備ロボットはあてにするな! ヤツは発電系では最強の超能力者だぞ!!」
「まだ近くにいる事は確実ですの。お姉様の逃げていった道のりなんていうのはね、ふへへうっすらと残る髪の香りを辿っていけば分かるんですのよおーッ!!」
右から左へ恐るべき勢いで人の塊が流れていった。あれは何だ? 生徒も先生もごっちゃになっていたが、名門常盤台中学とはあんなあそこまでのバイオレンス集団だったのか???
あんな百鬼夜行を見逃すとは、学園都市の警備ロボットは仕事をしているのだろうか。
あるいはすでに、ドラム缶型の機材の中に美少女には甘いルールが実装されているとしたら逆に高度ではあるが。
そして上条当麻は消火活動のため自分の上着を脱いで両手でばさばさやっていた。そこへ御坂美琴が飛び込んだものだから、闘牛士さんのマントが翻り、良い感じで小柄な少女のシルエットは丸ごと包まれて周囲から隠されてしまう。
「御坂さん」
「はい」
「全体的に説明して」
真っ当な事を言っているように聞こえるかもしれないが、一つだけ違うところがある。矛先。上条は自分ではなく、抱き着かれたまま顎で隣を示したのだ。
「そこでがるぐる言い始めたインデックスに!! せっかくのクリスマスイヴなんだ、頭蓋骨にしっかりとした歯形をつけて入院なんてしたくないからあーっ!!」
もう遅かった。
がっつり頭を噛みつかれたはずなのに、何故か少年は膝から崩れ落ちた。
4
天下無敵の女子中学生であった。
御坂美琴は両手を腰に当て、呆れたように息を吐いて、
「……アンタ、なんか特殊な相でも出てんじゃないの? 女難、とは違うか。幼女の相とか」
「御坂さんや。この科学サイドの総本山学園都市で滅多な事を口にするもんじゃないよ。……俺はそんなもん絶対認めねえぞ、ありとあらゆる学生寮の管理人のお姉さんとお知り合いになれるおねいさんの相とかだったらちょっとぐらついたかもしれんが」
「サイド? てか、あっ!? そういや昨日の幼女結局どうしたのよ!?」
「どうしたもこうしたも、あんなどうしようもねえ話をわざわざ蒸し返す本気のバカが現れやがった……ッ!! もう二度と会いたくねえよあんなもん!!」
美琴はそこでちょっと動きを止めた。
上条とインデックスを交互に見てから、
「……ひょっとして、この子も引き剥がした方が良い? 地域の安全的に」
「言っておくがテメェもおんなじ年下枠だかんな」
「言うに事欠いてこの私を幼女扱いかっ!?」
ともあれ、だ。
名門常盤台中学では、クリスマスとは厳かなものであるらしい。
具体的に言うと寒空の下ミニスカートのまま(スカートが短いのは自分で調整した結果な気もするが)昼も夜も二四時間ひたすら街を練り歩いてゴミ拾いを続けるという、灰色も灰色の季節行事なのだ。
いた。
こんな所にいた。
レンガと土の間、腐った倒木の穴、そして針金ハンガーで作ったアフロ。上条なんかとは住んでいる世界は違うけど、それでも灰色のクリスマス野郎がここにいたあ!!
で、それが耐えられないので隙を見て逃げ出したのだが、先生や風紀委員にバレて大変ホットなイヴを過ごす羽目になったようだ。なんていうか、ホットの度合いで言ったらバレたら鎖でぐるぐる巻きに縛られてそのまま溶鉱炉にぶち込まれる的な温度感で。
ガッ!! と上条はお嬢様の両手を掴んで包み込むようにして、瞳を輝かせていた。
彼は悟ったのだ。
このくそったれな季節イベントに対し、共に戦う人がやってきたのだと。
反攻の狼煙を上げる。
「多分世界の全部が敵だけど、でっかい運命的なものに抗ってでも絶対素敵なクリスマスにしようねっ!! 俺も協力するから!!」
「えっ、あ? ち、ちょっと、今なんか今後の予定を押さえられた……???」
お嬢様はなんか顔を赤くして挙動不審になっていた。
すぐ近くでは(あれだけツンツン頭の後頭部に噛みついても怒りが収まらないのか)内側からほっぺたを膨らませているインデックスが両手を腰にやっている。
「うー、不満があるんだけど。仲間に入りたいならあそびましょーくらい言いなさいよなんだよ」