第一章 まるで遊園地のような Red_Wear,Big_Bag,and_Flying_Sledge. ④

 雑誌やグルメサイトで大評判というほどではなかったけど、とりがらか魚介かって聞かれたら『知らない。化学と合成?』と客前で堂々と答えちゃうひどいラーメン屋だったけど、そこでは小盛りのさらに下におちやわんりっていう小さいラーメンを売ってくれた。それが学校帰りの、これからご飯の事を考えないといけないんだけどそれでもどうしてもお店のラーメンを味わいたいかみじようたちにとってはたまらないおやつのはずだった。それを、それなのに……。

 おかしい。

 こんなの絶対におかしい。せめてあの強烈極まる個性に負けない何かができていれば救われたものを、こんな所にまでありやがった。歴史も風格もない一冬限りのドーナツ屋が!? 下手すりゃクリスマス終了と同時に忘れられ、年をまたぐ前にとっとと撤退するかもしれないこんなもののために押しのけやがったのか!! かみじようとうはもはやうつむいて小刻みに震えていた。ラッキーカラーじゃねえよ。お、おや。一体どこへ行っちまったんだラーメン屋のおやぃ!?

 ……めない。

 どうしたって無理だ。やはりクリスマスを丸ごと味方につけたリア充=決してあいれぬ敵、の図式ができつつある。針金ハンガーを集めて作った鉄のアフロみたいな鳥の巣から一歩も出るべきではなかったのでは。そんな風に思えてきた。この冬は、厳しい冬になる。わざわざ一二月二四日に出した結論に胸が苦しい。

 そんな風に立ち尽くしていた。

 よって多少は注意散漫だったのも仕方がなかったのかもしれない。

 どんっ、と。

 交差点の歩行者信号待ちゾーンで、横からいきなり女の子がぶつかってきたのだ。


「きゃっ!?」

「ごめ……」


 とっさに謝りかけてかみじようとどまった。注意散漫とはいえ、こっちは(ラーメン屋の衝撃を受け止めきれずに寒空の下で立ち尽くしていたから)その場で一歩も動いていないので、明らかにぶつかってきたのは向こうだ。しかも重たい胸の真ん中にぶつかるねちょり感触。静かに視線を下ろしてみれば、コントのパイ投げみたいに小さな紙皿が張り付いている。生クリームと蜂蜜でグチョグチョの例のアレ、食べるよりまず写真というぼうとくてきめいじようがたいコズミックホラーなドーナツさんがだ!?


「……お……」


 不幸とは、重なる事で心の許容を超えてしまう時がある。

 今日はかなしい出来事が多過ぎたのだ。

 見知らぬ誰かさんのラッキーカラーでキミの色に染め上げられちゃった不運なかみじようとう、ここでついにブチ切れた。


「おうおうお嬢ちゃんこいつが雨を弾いて丸洗いも簡単なポリエステル繊維でできている事は知ってのろうぜきだろうな!? ウニクロの年末大特価セールをなめないでちょうだい、まったく自慢の一張羅一九八〇円をどうしてくれるのよおーっ!!」


 何故なぜか時代劇から始まってラストにちょっとオネエ言葉が入りつつも、ぶつくさ言っている内にドーナツに刺さっていたであろうパチパチ花火がやっすい上着に引火した。被害状況の確認もせず反射で女の子にみつくからこうなった。天罰である。かみじようとうは慌てて上着を脱いで両手でばさばさ振り回して消火していた。

 そしてふるふる小刻みに震える少女は昨日も見た。

 さかことその人であった。


「なんかクリスマスに死の匂いがすると思ったらお前かさかッ!?」


 相手は聞いちゃいなかった。

 きゅっと。

 上着を脱いだかみじようとうの胸に無言で飛び込み、小さく握った手の指で彼のシャツをつかんですがりついたのだ。

 ツンツン頭の少年の頭が真っ白になり、すぐ隣にいた白いシスターがあつられている時だった。

 嵐が来た。


「逃亡者を捜せぇ!!」

「防犯カメラや警備ロボットはあてにするな! ヤツは発電系では最強の超能力者レベル5だぞ!!」

「まだ近くにいる事は確実ですの。お姉様の逃げていった道のりなんていうのはね、ふへへうっすらと残る髪の香りを辿たどっていけば分かるんですのよおーッ!!」


 右から左へ恐るべき勢いで人の塊が流れていった。あれは何だ? 生徒も先生もごっちゃになっていたが、めいもん常盤ときわだいちゆうがくとはあんなあそこまでのバイオレンス集団だったのか???

 あんな百鬼夜行を見逃すとは、学園都市の警備ロボットは仕事をしているのだろうか。

 あるいはすでに、ドラム缶型の機材の中に美少女には甘いルールが実装されているとしたら逆に高度ではあるが。

 そしてかみじようとうは消火活動のため自分の上着を脱いで両手でばさばさやっていた。そこへさかことが飛び込んだものだから、闘牛士さんのマントが翻り、い感じで小柄な少女のシルエットは丸ごと包まれて周囲から隠されてしまう。


さかさん」

「はい」

「全体的に説明して」


 真っ当な事を言っているように聞こえるかもしれないが、一つだけ違うところがある。矛先。かみじようは自分ではなく、抱き着かれたまま顎で隣を示したのだ。


「そこでがるぐる言い始めたインデックスに!! せっかくのクリスマスイヴなんだ、頭蓋骨にしっかりとした歯形をつけて入院なんてしたくないからあーっ!!」


 もう遅かった。

 がっつり頭をみつかれたはずなのに、何故なぜか少年は膝から崩れ落ちた。


     4


 天下無敵の女子中学生であった。

 さかことは両手を腰に当て、あきれたように息を吐いて、


「……アンタ、なんか特殊な相でも出てんじゃないの? 女難、とは違うか。幼女の相とか」

さかさんや。この科学サイドの総本山学園都市で滅多な事を口にするもんじゃないよ。……俺はそんなもん絶対認めねえぞ、ありとあらゆる学生寮の管理人のお姉さんとお知り合いになれるおねいさんの相とかだったらちょっとぐらついたかもしれんが」

「サイド? てか、あっ!? そういや昨日の幼女結局どうしたのよ!?」

「どうしたもこうしたも、あんなどうしようもねえ話をわざわざ蒸し返す本気のバカが現れやがった……ッ!! もう二度と会いたくねえよあんなもん!!」


 ことはそこでちょっと動きを止めた。

 かみじようとインデックスを交互に見てから、


「……ひょっとして、この子も引き剥がした方がい? 地域の安全的に」

「言っておくがテメェもおんなじ年下枠だかんな」

「言うに事欠いてこの私を幼女扱いかっ!?」


 ともあれ、だ。

 めいもん常盤ときわだいちゆうがくでは、クリスマスとは厳かなものであるらしい。

 具体的に言うと寒空の下ミニスカートのまま(スカートが短いのは自分で調整した結果な気もするが)昼も夜も二四時間ひたすら街を練り歩いてゴミ拾いを続けるという、灰色も灰色の季節行事なのだ。

 いた。

 こんな所にいた。

 レンガと土の間、腐った倒木の穴、そして針金ハンガーで作ったアフロ。かみじようなんかとは住んでいる世界は違うけど、それでも灰色のクリスマス野郎がここにいたあ!!

 で、それが耐えられないので隙を見て逃げ出したのだが、先生や風紀委員ジヤツジメントにバレて大変ホットなイヴを過ごす羽目になったようだ。なんていうか、ホットの度合いで言ったらバレたら鎖でぐるぐる巻きに縛られてそのまま溶鉱炉にぶち込まれる的な温度感で。

 ガッ!! とかみじようはお嬢様の両手をつかんで包み込むようにして、瞳を輝かせていた。

 彼は悟ったのだ。

 このくそったれな季節イベントに対し、共に戦う人がやってきたのだと。

 反攻の狼煙のろしを上げる。


「多分世界の全部が敵だけど、でっかい運命的なものにあらがってでも絶対素敵なクリスマスにしようねっ!! 俺も協力するから!!」

「えっ、あ? ち、ちょっと、今なんか今後の予定を押さえられた……???」


 お嬢様はなんか顔を赤くして挙動不審になっていた。

 すぐ近くでは(あれだけツンツン頭の後頭部にみついても怒りが収まらないのか)内側からほっぺたを膨らませているインデックスが両手を腰にやっている。


「うー、不満があるんだけど。仲間に入りたいならあそびましょーくらい言いなさいよなんだよ」

刊行シリーズ

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