第二章 変わる学園都市、前夜 the_24th,Showdown. ⑥

 さらにクリスマスシーズンなのも拍車を掛けた。本来だったら街をいろどるはずだった電飾ケーブルがあちこち破断して火花を散らしながら地面に垂れ下がっていたのだ。昔の電線ほどではないが、これだって感電や発火のリスクはゼロではない。……例えば、先ほどの水と組み合わせるとかで。

 道路はまるで海面のようにギラギラと太陽の光を照り返していた。

 あちこちでビルがきしんだ影響か。初撃の際には高層階の窓が砕けて鋭い破片まで降り注いできたらしい。ただその割には、辺りが流血でいっぱいになっている、とかはないのがうれしい誤算ではあった。揺れを感じると同時に頑丈な建物や車の下に潜り込んだのは、やはりこの国特有の危機意識の高さによるものか。事件や戦争はさておいて、災害に対する知識量だけなら世界有数という話をテレビの雑学番組でた事がある。

 打ち止めラストオーダーは小さな口を開けて、平和な青空を眺めていた。

 大空をゆっくりと流れている飛行船だけが、世の中の混乱からぽつんと取り残されているように平和だった。おなかの大画面だって、まだ臨時速報とかも出ていない。


「じ、地震を操る能力者とかなのかな、ってミサカはミサカは首をひねってみたり」

「どうかな……」


 初手から派手な大技で大盤振る舞い。

 だけど攻撃手段を限定する事で、こちらのミスリードを誘っているようにも思える。

 そもそも単に揺らすだけの能力なら、最初のダーツバーは倒壊していないとおかしい。あれは地盤を持ち上げるというより、『建物のある場所を、足元の地盤ごと断ち切った』という方が正しいのではないか。だから地盤が揺れても建物は崩れなかった。元から二つに分かれていたから、ねじ切られる恐れがなかったのだ。

 そしてそちらの方が厄介だ。

 あれが汎用的に何でもできる念動能力テレキネシスとかだった場合、応用範囲が格段に広がる。何だったら、かみじよう打ち止めラストオーダーの胴体を直接指定して上半身と下半身を千切り取る事だってできるかもしれない。小さな子供が虫を捕まえて行う残酷なイタズラのように。

 その場合はロックオン=死、となる。

 ただし逆に言えば、


(……現実にはそうなっていない)


 そこまで強大な能力だとしたら、反撃不能な獲物をだますためにブラフを挟む必要はない。わざわざ演技するというのは、裏を返せば怖いのだ。正体が露見し、反撃のきっかけを作ってしまう事が。つまりヤツは自分で宣言した。どんな能力を使っているにせよ、ご自慢の切り札は正体を知られたらドミノが倒れていくように優位なポジションを全部失ってしまうようなものに過ぎない、と。

 悪意にまれるな。

 その裏まで読んで希望に変えろ。

 現実の事件では、誰でもクリアできるように魔法の傷薬や予備の弾薬が一定間隔で床に落ちている訳ではない。敵は、こちらにとって利になる物など全て排除し、自分につながる道を断ち切ってから具体的なアクションへ出るに決まっている。だから、。必要なのは変換。どろどろのヘドロを消毒薬へ置き換えるように、悪意ある言葉や行動から生き残るための情報を引きずり出せ。


「これからどうするの? ってミサカはミサカは質問してみたり」

「高い場所だ」


 かみじようは端的に答えた。


「最初のダーツバーからここまで、全景を見渡せる場所はどこだ? ヤツが単一の能力で襲い続けているとしたら、俺達を見ているはずだ」

「けっけど、ミサカ達は地下を走っていたような……?」

「敵の招待でな」


 そもそも向こうからのセッティングだったのに、向こうが逃げる打ち止めラストオーダーを見失うとは考えにくい。


「ダーツバーの事務室をきっちり分断した最初の攻撃と比べると、地下での攻撃は大雑把だった。どこか遠くにある水道だの工業用水だのの配管をぶち破って、地下道のエリア一帯をまとめて水没させるようなやり方だったろ? 大きなエリアは把握できているけど、細かい座標まではつかれなかったんだ。そしてヤツはそれでも構わなかった」


 もちろん決定的な証拠映像なんかどこにもない。かみじようが言っているのは、自分が体験してきたこれまでの出来事をなぞって、自分が敵側だったらどう動いていたか、という予測をしているに過ぎない。

 だけどそうやって自分で骨組みを作っていかなくては、とりあえずの目的地すら見えなくなってしまう。感情に任せて闇雲に走り出したところで、何が待っているかは言うに及ばずだ。自分達の命がかかっているのなら、せめてこの手で地図を開いて目的地を決める自由くらいはキープしておきたい。


「だとすると今がチャンスかもしれない。距離を置くほど敵は大雑把にしか俺達を把握できなくなる。俺達が水没した地下道にいるのか、外に出たのかもつかめない状態だとすれば……相手は油断している。今、敵がどこから街を見下ろしているかを割り出してこっそり近づけば、反撃できる」


 敵の攻撃はあまりにも大規模だが、だからこそ、例えば同じビルの屋上までかみじようがやってきた場合は十分に力を振るえないのではないか? 自分の攻撃で自分が足場にしているビルを崩してしまっては、向こうも巻き添えを食ってしまうのだから。

 能力は一人に一つだけ。

 破壊特化のあの能力は、おそらく自分の身を守るには不向きだ。ビル解体用の重たいアームを使って生卵をつかむような事態になる。


『えー、なに? 何がどうなっているのー???』


 あれはアルバイトか何かだろうか、短いスカートも気にせず道路にハの字女の子座りでぺたりとへたり込んでいたミニスカサンタの少女がつぶやいていた。あの長い金髪はまさか仕事のために染めているのだろうか。そして人はこんな時でも、ケーキと七面鳥を同時に買うとお値段二〇%オフと書かれた手持ちの看板をしっかり握って放さない生き物らしい。例のまがまがしいドーナツに押されて伝統のケーキ派は大変そうだ。


『すげーけど、この写真は上げたら炎上するかなあ……』

『なに言っているのよ、記録は正確に残さないと!』


 ウィンドウの砕けたビル一階喫茶店に避難していた恋人達も、ようやく戸惑い半分不満半分といった形であちこち見回し、表の道路に出てくる。喫茶店の店員さんは割れたガラスだらけの床を見て頭をいていた。ラッキーカラーのドーナツがあれだけ売れているからだろうか、高そうなウィンドウが全部張り替えという割にはあんまり表情にそうかんはない。

 当たり前だが、今日はクリスマスイヴなのだ。冬休みの中でも特に人の出入りの激しい一日。こんな中で、これ以上正体不明の能力者の横暴を許す訳にはいかない。


「じゃあ打ち止めラストオーダー、そろそろ反撃を始めるぞ」

「どうやって敵のいる場所を見つけるの? ってミサカはミサカは方針を確認してみる」


 実際にやってみればすぐ分かるが、背の高いビルは下から見上げると屋上に何が置いてあるか見えなくなってしまう。闇雲に道路を走ってビルの群れを眺めたって答えは出ないし、かと言って『エリア一帯で最も背の高い建物から全体を見下ろしておのおのの屋上を確かめる』だと、能力者がそのビルを崩しにかかったらそこでおしまいだ。特大の棒倒しに巻き込まれ、すべもなく命を落としてしまうだろう。

 しかしかみじようには勝算があった。


「ないんだ」

「うん?」

「ダーツバーからここまで、一帯を奇麗に全部見渡せる場所なんて。最近の地図アプリはドローンの衝突を避けるために、平面の地図だけじゃなくて立体化までしてくれているからな。こいつで見れば分かるけど、どこのビルも他のビルに視線を遮られてしまうから獲物を狙うには不都合なんだよ」

「でも現実に、ミサカ達は狙われ続けているよ? ってミサカはミサカは反論してみる」

「だよ。だから仕掛けがある」


 かみじようは自分の携帯電話を背の低い打ち止めラストオーダーの目の高さまで合わせてやりながら、


「ビルの『高さ』だけ見れば直線的な視線は全部塞がれてしまうように見えるけど、でも実際には違う」

「?」

「風力発電のプロペラだ」


 かみじようはすぐそこにある学園都市の『名物』を親指で指し示して、


「そこらじゅうにあるだろ? あれは風で勢い良く回ると大きな円形の鏡みたいに振る舞う事があるんだ。溶けた雪で表面がれているなら光くらい簡単に跳ね返す。直線的には視線が塞がれてしまっても、残像でできる仮初めの鏡を使ってかいすれば視線が通る。俺達は、丸見えになる」


 当然ながらそんな条件に合う建物などそうそうあるものではない。

 かみじようの見立てではこうだ。

刊行シリーズ

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