第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ①
1
ぐるんっ、と
地面に
しかし、実際にはそうならなかった。
「ご無事でしたか、とミサカはその体重を受け止めながら容態の確認に移ります」
ふわりという優しい感触が少年の命を救った。
単に少女の肌の柔らかさだけではない。受け止めるにあたってナイフの部分に触らないのはもちろん、全身のバネを使って衝撃を殺してくれたのだ。
だが感謝の言葉を並べている余裕すらなかった。
「
応じる声はなかった。
それどころか
「おい……?」
「肝臓を
「何してるっ。俺なんかどうでも
「できません」
感情のない瞳で、彼女は明確に首を横に振った。
「上位個体の意志は尊重するというか勝手にしやがれなのですが、ミサカネットワークを通じて彼女の見解はこちらのミサカにも伝わっておりますので、とミサカは詳細を開いて説明します」
「……何を……?」
「恩を
焼けるような痛みよりも、まずグリップと連動して体の中で細かい震えが連動するのが背筋を凍らせた。明確な異物が体内を
「お」
しかしそのまま。
「おおおッアっっっ!!!???」
ぬるりという感触の正体は、血か。はっきり言ってそれ以外だったら逆に手に負えない。栓の代わりをしていた刃物がなくなった事で途端に出血量が増すが、ここは無視する。邪魔な刃物を適当に放り捨てた。
深呼吸はむしろ毒だ。
息を止めてじっと待つと視界全体から幻想のノイズがゆっくり退いていく。どうやら過呼吸に陥っていたらしい。
この寒空の下、自分の汗でびっしょりになりながら
世界が揺れる。
意識なんかちょっと諦めたら簡単に途切れそうだ。
だけど。
これだけは、言わないと。
「かはっ、あ……。こ、これで
「そんな訳が……」
「うるせえよ!! こっちは恩とか
目一杯叫ぶが、それで体の何が変わる訳でもない。
ふらつき、崩れようとする
「傷を縫合しましょう。包帯を巻く程度で血が止まるレベルを超えています、とミサカは客観的事実を申告します」
「……、───」
「本来なら鎮痛剤や輸血も欲しいところではありますが、それでよろしいですね? とミサカは最終確認を取ります」
「上等だ……。あと一分でも一〇秒でも、このくそったれの体が動くなら何でも
額にゴーグルをつけた少女のスカートのポケットからまるでお裁縫セットのように何かが出てきた。使っている道具はあまり変わらないのかもしれないが、こちらについてはビニールの封がしっかりしてある。使い捨ての応急キットだろう。
「密閉された手術室で滅菌環境を整えるほどの時間的余裕はないと判断し、野戦仕様の消毒法で行きます。メチャクチャ痛いですよ? とミサカは同意を求めます」
「いいから早くし、」
「ではエタノールどばー」
絶叫して目の前が火花のような残像でいっぱいになった。
もう痛みがどうとかいう次元ではなかったが、
「全身の
「ま、ますいをつかったら……?」
「次に目を覚ますのは明日の今頃で、場所は清潔な病院のベッドになるでしょう」
息も絶え絶えの
指を一本立て、女の子に向かって絶対やってはいけないジェスチャーを一発かまして言う。
「真っ平だ」
「やだ格好良い、とミサカはピンセットで針を挟みながら一言
再びの絶叫があった。
傷口の上からさらに重ねるように痛みが爆発する経験は
「大丈夫ですよ、とミサカはまず結論から述べます」
「なにが……?」
「ミサカは学園都市の全てを無条件で肯定するつもりなどありませんが、闇の深さと同じ程度には温かく柔らかいものも存在する事を知っています。だから大丈夫。あなた一人が背負い込まなくても追い着きます、とミサカは断言します。それくらいのチャンスは、この街にだって眠っているのです」
つまり。
「ヒーローは、あなただけではない。そういう話をしているのです、とミサカは片目を
2
サンタ衣装の少女は斜めにせり上がったアスファルトの崖から、傾斜の緩やかな方を下って足場を確保する。
「さて」
無力な人質と言ってもジタバタ暴れられると面倒だ。
(帽子とウィッグの重ね掛けだから頭が蒸れる……。けど放り捨てるのはまだちょっと先か)
一五、六歳の少女が包帯のロールのようなものを適当に投げると、地面へ落ちる前にひとりでに広がった。縛る、搾る、殺すと何でもできる
哀れな『荷物』を詰め込むまで二分とかからなかった。
コスプレ少女はミニスカートのサイド、白いニーソックスの口からスマートフォンを取り出して、
「『
口から出る言葉と彼女の周囲で荒れ狂う暴力は両極端であった。