第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ①

     1


 ぐるんっ、とかみじようの視界が派手に回った。

 地面にたたきつけられれば、その時点で絶命。脇腹に刺さったままの特殊なナイフが体内をまわし、内臓や血管をズタズタにしていくはずだ。そんな末路が分かっていても、かみじようとうには翼が生えている訳ではない。いったん両足が地面から離れてしまえば、もうリカバリーはできない。

 しかし、実際にはそうならなかった。

 何故なぜならば。


「ご無事でしたか、とミサカはその体重を受け止めながら容態の確認に移ります」


 ふわりという優しい感触が少年の命を救った。

 単に少女の肌の柔らかさだけではない。受け止めるにあたってナイフの部分に触らないのはもちろん、全身のバネを使って衝撃を殺してくれたのだ。

 だが感謝の言葉を並べている余裕すらなかった。

 としもいかない少女に抱き抱えられたまま、かみじようは痛む体も無視して真上を指差した。元々は真っ平らのアスファルトの道路だったはずだが、今では二階から三階くらいまでの崖に変じている。


打ち止めラストオーダーがっ、頼む! あいつを助けてやってくれ!!」


 応じる声はなかった。

 それどころかさかいもうとは傷ついたかみじようをそっと地面に下ろすと、その傷口の確認に入ったのだ。


「おい……?」

「肝臓をかすめる形で複数の血管の隙間を縫うように進んでいますね。わざと抜き取りにくい位置でも選んでいるのか、とミサカは悪趣味に顔をしかめます」

「何してるっ。俺なんかどうでもい、早く追わないと見失っちまう!!」

「できません」


 感情のない瞳で、彼女は明確に首を横に振った。


「上位個体の意志は尊重するというか勝手にしやがれなのですが、ミサカネットワークを通じて彼女の見解はこちらのミサカにも伝わっておりますので、とミサカは詳細を開いて説明します」

「……何を……?」

「恩をあだで返すな、と。これについてはミサカも同意見です、とミサカは自己の方針を決定いたします」


 めた奥歯がそのまま砕けるかと思った。

 かみじようは己の脇腹に手をやると、特殊なナイフの柄を握り込む。

 焼けるような痛みよりも、まずグリップと連動して体の中で細かい震えが連動するのが背筋を凍らせた。明確な異物が体内をえぐっている、鋭い金属が残っている、という簡潔な事実を嫌でも教えてくれる。その非現実感だけで視界がノイズがかったように暗くなり、息が上がる。頭のバランスがおかしい。黙っているとふらりと後ろへ倒れ、勢いに任せて切腹でもしてしまいそうだ。


「お」


 しかしそのまま。

 かみじようとうはナイフの柄を強く握り込み、容赦なく引き抜いた。


「おおおッアっっっ!!!???」


 ぬるりという感触の正体は、血か。はっきり言ってそれ以外だったら逆に手に負えない。栓の代わりをしていた刃物がなくなった事で途端に出血量が増すが、ここは無視する。邪魔な刃物を適当に放り捨てた。

 深呼吸はむしろ毒だ。

 息を止めてじっと待つと視界全体から幻想のノイズがゆっくり退いていく。どうやら過呼吸に陥っていたらしい。

 この寒空の下、自分の汗でびっしょりになりながらかみじようは間近のさかいもうとにらみつけた。

 世界が揺れる。

 意識なんかちょっと諦めたら簡単に途切れそうだ。

 だけど。

 これだけは、言わないと。


「かはっ、あ……。こ、これでいか? もう邪魔なお荷物野郎を面倒見る必要はなくなったろ」

「そんな訳が……」

「うるせえよ!! こっちは恩とかあだとかそんなご大層なもん並べてお前達の面倒見てきた訳じゃあねえんだ! 俺がやりたいから勝手にやってる事にいちいち値札をつけて管理してんじゃあねえッ!! お前はそこまで偉いのか? そんなもんはな、人のやる事にケチつけてるのと何にも変わらねえんだよ!!」


 目一杯叫ぶが、それで体の何が変わる訳でもない。

 ふらつき、崩れようとするかみじようの体をさかいもうとがそっと支えた。


「傷を縫合しましょう。包帯を巻く程度で血が止まるレベルを超えています、とミサカは客観的事実を申告します」

「……、───」

「本来なら鎮痛剤や輸血も欲しいところではありますが、それでよろしいですね? とミサカは最終確認を取ります」

「上等だ……。あと一分でも一〇秒でも、このくそったれの体が動くなら何でもい。それであの子を助けに行けるなら」


 額にゴーグルをつけた少女のスカートのポケットからまるでお裁縫セットのように何かが出てきた。使っている道具はあまり変わらないのかもしれないが、こちらについてはビニールの封がしっかりしてある。使い捨ての応急キットだろう。


「密閉された手術室で滅菌環境を整えるほどの時間的余裕はないと判断し、野戦仕様の消毒法で行きます。メチャクチャ痛いですよ? とミサカは同意を求めます」

「いいから早くし、」

「ではエタノールどばー」


 絶叫して目の前が火花のような残像でいっぱいになった。

 もう痛みがどうとかいう次元ではなかったが、さかいもうとは冷静にかみじようの手足を押さえ付け、脇腹の傷がこれ以上広がるのを阻止する。


「全身のけいれんが収まったら患部を縫います。ただでさえ過敏な傷口に針を通して糸で縛る行為です、とミサカは詳細を説明します。麻酔ナシでは地獄になりますのであしからず」

「ま、ますいをつかったら……?」

「次に目を覚ますのは明日の今頃で、場所は清潔な病院のベッドになるでしょう」


 息も絶え絶えのかみじようは、それでも震える指を動かした。

 指を一本立て、女の子に向かって絶対やってはいけないジェスチャーを一発かまして言う。


「真っ平だ」

「やだ格好良い、とミサカはピンセットで針を挟みながら一言つぶやいてみます」


 再びの絶叫があった。

 傷口の上からさらに重ねるように痛みが爆発する経験はまれだ。五感がバラバラに砕け散るような経験をしながらも、カチカチと歯を鳴らしてかみじようは耐える。うっかりしていると自分の舌をんでしまいそうだった。


「大丈夫ですよ、とミサカはまず結論から述べます」

「なにが……?」

「ミサカは学園都市の全てを無条件で肯定するつもりなどありませんが、闇の深さと同じ程度には温かく柔らかいものも存在する事を知っています。だから大丈夫。あなた一人が背負い込まなくても追い着きます、とミサカは断言します。それくらいのチャンスは、この街にだって眠っているのです」


 つまり。


「ヒーローは、あなただけではない。そういう話をしているのです、とミサカは片目をつむって説明します」


     2


 サンタ衣装の少女は斜めにせり上がったアスファルトの崖から、傾斜の緩やかな方を下って足場を確保する。


「さて」


 無力な人質と言ってもジタバタ暴れられると面倒だ。


(帽子とウィッグの重ね掛けだから頭が蒸れる……。けど放り捨てるのはまだちょっと先か)


 一五、六歳の少女が包帯のロールのようなものを適当に投げると、地面へ落ちる前にひとりでに広がった。縛る、搾る、殺すと何でもできるそうじゆうじようだ。元々はガス管やスチームパイプなど、接近するのが難しい事故現場で鋼管に巻きついて漏出ポイントを安全に塞ぐために作られた蛇型ダクトテープらしいのだが。そいつが自動的に最終信号ラストオーダーの手足と口を縛り上げて固定するのを眺めながら、派手な少女はサンタ衣装の胸元からハンカチに似た布を取り出す。こちらは広げてみればクリスマスの定番、白くて大きな袋になる。



 哀れな『荷物』を詰め込むまで二分とかからなかった。

 コスプレ少女はミニスカートのサイド、白いニーソックスの口からスマートフォンを取り出して、


「『まい殿どの』です。例の件についてですが無事に好転いたしました、これからじかに会って結果のご説明をと思いまして。そちらの都合などは?」


 口から出る言葉と彼女の周囲で荒れ狂う暴力は両極端であった。

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影