第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ②

 アスファルトの大地は盛り上がり、コンクリートの地下は水没し、辺りのビルまで風の中にある柳の枝のように揺さぶられている状況だ。当然、異変なんかすぐに気づかれる。派手なサイレンを鳴らして前後左右から警備員アンチスキルの特殊車両が突っ込んできた。


(……V10に水素の爆発のっけている音だけど、フガクのスポーツセダンは基本Eチャージャーには参入していなかったはず。民間以外の公務用カスタム。となると最近導入された無人追跡車か、確か『ハンマーヘッドシャーク』だっけ?)


 見た目は空気抵抗を極力避けるために車高を低く抑えたスリムなスポーツカーだが、実際にはエンジンは車体後部に積んであり、代わりにボンネットの中は全て複合装甲の塊がぎっしり詰め込まれた代物だ。暴走車やあおり運転対策として、『無人制御で安全に、かつ最速で追い着き、そして確実にぶつけてクラッシュさせる』走る凶器の極みである。プレス発表会の時は『目には目を』などとされていたか。

 複数で高速無線ネット連携を取れば二〇トン級の大型トレーラーでも確実に潰してコースアウトさせる立派な『兵器』だった。

 決して生身の人間に差し向けて良いものではない。

 が、まい殿どのと名乗った少女は袋を背負ったまま、もう片方の手にあるスマホを自分の頬と肩で挟み込んだだけだった。空いた手の人差し指を、相手を誘うように軽く手前に振る。

 それだけだった。

 直後に、ゴバッ!! とアスファルトの大地がその下の黒土やコンクリート構造体ごと派手に持ち上がる。即席のジャンプ台に対応しきれず、まい殿どのの頭上を横切った『ハンマーヘッドシャーク』は手頃なビルの三階の窓へ突き刺さって身動きが取れなくなっていた。

 無人機は無人機だ。

 様子見が終わり、こちらの戦力を数値化したとでも考えたのか。

 次は有人部隊が突っ込んでくる。


「はい、はい。派手な爆発音が聞こえておりますが事後の処理ですのでご心配なく。荷物については無事安全を確認しております。正直、一方通行アクセラレータを自滅させるだけならこのまま搾って殺してしまった方が簡単なのですが。え、駄目? 言うと思いました。荷物については予定のポイントから流します」


 元々は地上を無人車両の『ハンマーヘッドシャーク』で封じた上で、安全な頭上から攻撃を加えるつもりだったのだろう。派手でうるさいヘリのローター音にまい殿どのが見上げてみれば、丸っこい観測ヘリの左右側面に二人ずつ、完全武装の駆動鎧パワードスーツが張り付いている。

 顔まで覆われているので年齢性別すらはっきりしないが、その表情は手に取るように分かった。複合装甲の隙間かられている感情は『おびえ』と『混乱』だ。

 こちらは顔を見られても構わない。

 ウィッグとカラーコンタクトで色彩の印象カラーサンプルは潰している。

 肌にしたって肉眼で眺める分には厚塗りの化粧だが、カメラやセンサーを通すと歌舞伎役者のように派手な模様で埋め尽くされる。この辺りは、公的なデータとして顔認識や写真共有ができなければ問題ない。デジタル全盛の監視社会は犯罪を撲滅させた? いいや、電子の記録に残らない犯行は立件不能という新たなジレンマを生んだだけだ。例えば白昼堂々コンビニで強盗が起きたとして、天井の防犯カメラが動いていなかったらどうなるか。哀れな店員の自作自演と疑われるのがオチである。


「はい、今片付けております」


 まい殿どのは軽く指先を振って、ビルの側面に張り付いていたワゴン状の窓拭きロボットをむしり、投げ放つ。観測ヘリそのもののスペックはかなり高機動だったはずだが、このビルの谷間、しかも左右側面にはしのまま仲間の隊員が張りついているのだ。鋭角な挙動で振り落とす訳にもいかないだろう。しかしそのしゆんじゆんが回避可能だったはずの鉄塊の直撃を許し、全員まとめて火の玉となって地上へ落ちていく。


「いつになるのかですって? もう終わっておりますが」

(……デンマーク戦役後のモデルだとあの程度の衝撃と爆発じゃ死なないかな。ヘリのパイロットについては知らないけど)

警備員アンチスキル風紀委員ジヤツジメントについてはいつもの通り。こちらから暴力を注入して一定以上に達すれば情報的な混乱によって指揮系統が壊滅します。ネットは多少荒れるでしょうが、はんな専門家はたくさんいますからね。そんな事は僕的に言ってありえない、汚いオトナは自分の初動捜査のミスを隠蔽するために下手なうそをついているのだ。そんな風に騒いでいただければ、事件は樹海の中へと埋もれていきます。木は見つけられませんよ、誰にもね」


 彼女は生粋の始末屋だ。

 安心とは、破壊を餌に釣り上げる獲物に過ぎない。


「ええ。モノがモノですので、今回は目標注入量が多少大きくなってしまいますが。問題ありません、許容範囲内で対応します」


 そうやって『飼い主』の障害となるヒト、コト、モノを徹底的に排除して点数を稼いできた。不安を摘む事で安心を探り、釣り上げ、献上する格好で。普段はいない部外者が大量に入り込んでも違和感がなく、常の状態とは警備態勢の違うライブ、祭り、パレードなどのイベントごとを利用して、


「分かっておりますよ」


 まい殿どのは気軽に言った。

 彼女は、死にかけた老人の横を歩きスマホで通り抜けられる種類の人間だ。


「こちらといたしましても、馬鹿のまぐれで『暗部』を一掃されては困ります。世の中のあらゆる人間が犯罪のない世界を願っている訳ではない。これまで学園都市が世界をリードしてきたのも、つまりルール無用の独立地帯を構築・確保できたというのが極めて大きいのですから。あなたはカネの世界で、そしてわたくしはコブシの世界で。それぞれ、『暗部』がなければ生きてはいけないカラダになっているでしょう? ……ご冗談を。少なくともわたくしに関しては、あなたがそうのですよ」


 いくら派手にやっても構わない。

 というより、派手でなければ迷彩が機能しない。

 こんなの現実じゃありえない、いっそ悪夢か何かに迷い込んだのだ。そこまでグロテスクでサイケデリックな世界に染め上げないと、つまらない現実とやらに追い着かれてしまう。

 破滅の祭りはもう始まっている。

 今日は無礼講でいかせていただこう。


(……特定の上下水道は破断したから、水道局は汚水の漏出を避けるためにいくつかの水門を閉じるはず。川の流れはこちらで掌握した、後は袋の密閉を確認して水の中に放り込めば、下流の回収班がゴミを拾ってくれる。そういった狙いがバレないようこちらは引き続き地上で暴れ回る、と。ひとまずシナリオはこんな感じかな)


 ゴミ、という言葉に自分で連想したからか。

 地面は決して奇麗な状況ではなかった。割れたガラスや鉄片まみれだし、逃げ惑う学生達が落としていったバッグや携帯電話などもある。そもそもアスファルトに亀裂が走って大きく盛り上がっている場所も少なくない。そんな中、足元に落ちていた割りばしに目をやってまい殿どのは小さく舌打ちしていた。


「確認します」


 長い金髪を揺らしてスマートフォンを頬と肩で挟んだまま、まい殿どのは頭上を見上げた。

 しかし追加のヘリが来た訳ではない。


「今回は目に見えないパワーバランスについては配慮ナシ。偶発、人為を問わず業務内容を妨害する存在については力で排除してしまっても、必要経費に計上して構わないという話でしたよね?」


 横風を受けた竹林のように揺さぶられる高層ビルの、その一つ。

 屋上ではなく高層階の壁面に張り付いてこちらを静かに見据えている、別の少女を。



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