第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ③

     3


 学園都市第三位。純粋な発電系では最強の少女。

 つまり、さかことであった。


「……刺したわね」


 低層階のオフィスと高層階のタワーマンションが一体化した複合ビルの、その四四階の壁面に磁力の力を借りて張り付いていた彼女は、その一つしかできない訳ではない。混乱や破損の激しい地上を走るだけでは時間的なロスが大きい。だから、とりあえず別の道を選んだ。この自由度を獲得するのが超能力者レベル5だ。


「よりにもよって、誰もが楽しいクリスマスイヴに!! どこまで空気を壊す天才だッ!!」


 そしてこの状況については、先にかみじようとうが予測していた通りだ。

 メンバーを二つに分ければメリットが生じる。黒幕があの少年を追いかけたとして、その後ろをさらに別働隊のことが追跡するチャンスが出てくるのだ。

 さかいもうとは地上の少年を支援させるために送り込んだが、彼女が悪党にトドメを刺す必要はない。よそへ送ってもらえば、後はこっちで片付ける。

 ある四四階から別の三八階へ、その三八階からまた他の五二階へ。

 ビルからビルへと自由自在に空中を舞うことは、とある少女を抱えていた。

 電磁波を嫌うのか、銀髪少女の腕の中で小さな三毛猫がもがいている。

 一通りの訓練を受けている妹達シスターズと違って、ガラスやれきだらけの地上を走らせるのは危険すぎると判断したためだが。


「短髪!! オバケサンタは通りの角を曲がったけど、そっちは本命じゃない。橋を渡った向こうに広場が見えるよ、この国何なの!? 上から見ると真っ赤なサンタさんだらけなんだけど! 今のままじゃ紛れちゃうんだよ!!」

(……いいや、上空からの目を振り切るだけなら屋内なり地下なりに飛び込めば良い。わざと自分の姿を表にさらして、私達の注目をよそへ移そうとしてる?)


 ぐんっ! と。

 何かに気づいたことは両手でインデックスを抱えたまま、垂直の壁面を全力で走る。致死の一撃は真下、分厚い強化ガラスを突き破って現れた。ピカピカに磨かれたフロアに並べて展示してあった最新のスポーツカーが次々と外に向かって突っ込んできたのだ。

 エンジン音はなかった。

 ギュギュギュギャリギャリ!! という分厚いゴムが擦れるような音が響いたのは、タイヤを回さないまま何かしらの能力で車体そのものを強引に引っ張ったからだろう。

 当然その程度でころされる第三位ではないが、ガラスの足場を崩されてしまえば壁面に張り付き続けるのは難しい。そのまま磁力を使って大通りの逆サイド、別のビルの壁へと飛び移りながらも舌打ちする。


「チッ!!」


 彼女はローレンツ力を利用すればゲームセンターのコインを音速の三倍以上で解き放つ事ができる絶大な能力者だ。

 応用的に放たれる磁力にしたって、自動車の正面衝突くらいは押さえ込むほどの出力を持つ。

 にもかかわらず、だ。

 あのさかことが、逃げる一方であった。もちろん応用範囲の広さなど総合的な評価はまた別物だろうが、純粋に『物を動かす力』の一点だけなら、綱引きにならない。向こうの方が出力は上だ。それでも敵が超能力者レベル5と呼ばれないのは、


(……盗撮やストーキングにしか才能を使えない種類の天才か。今まで一体どこの闇に沈んでいたのよ、あんな高位能力者!?)


 脅威の一言だが、しかし本題を見失ってはならない。

 あの金髪サンタ少女からすれば、さかことと戦って打ち負かす事が目的ではないのだ。むしろ戦って消耗するほど向こうにとっては予定外の出費にしかならない。戦闘行為はどうやったってそこらじゅうに物的証拠をらし、目撃証言を増大させるリスク行動にしかならない。戦わないなら、それに越した事はないはずなのだ。

 勝っても負けても損失しかない。

 では、世界一ド派手なカムフラ少女にとっての理想の状況、勝利条件とは何だ?

 今のところ明確に判明しているのは、


(……どう考えても打ち止めラストオーダー狙い)


 こういう時、冷静に計算が進む自分がことは嫌になる。

 第三位は常にボーダーラインに立っている。

 表と裏、学園都市のどちらにも首を突っ込んだな存在と言えるだろう。もちろん『暗部』をのぞむ全ての人間に言えるように、初めから望んでそうなった訳ではないのだが。


(あれだけの能力があって、あの子だけは傷一つつけようともしなかった。つまり殺し目的じゃない。私達に救出されるのはもちろん、流れ弾で『ついうっかり』が発生しても困るはず。つまり何があっても安全で確実に打ち止めラストオーダーをどこかへ運び出す。これが目的! あの子は一体どこにいる!?)


 派手に見える動きは全て迷彩。手品師は大きなモーションを繰り出した時こそ、観客の注目をよそに集めてテーブルの下で小細工を行う。

 ここではあらゆる事物を一瞬で完全記憶する少女が役立った。


「袋がない……」

「?」

「オバケサンタの背負っていた白い袋がなくなってる!」

(さっきの川にでも投げ捨てたか!? 今水温何度よッ!?)


 ことは思わずサンタ衣装の襲撃者が通った橋と直角に交差しているコンクリで固めた川の下流へ目をやろうとして、しかしその首が止まる。

 どこかと通話していたスマホをしまい、両手の自由を取り戻したサンタ少女がくるりとこちらへ振り返った。長い金髪がシャンプーのCMのように大きく広がっていく。そのまま近くにあったドラム缶型の清掃ロボットの上にミニスカートのお尻を置くと足を組んで両手を天空へ差し向ける。

 鉄砲のサイン。

 左右二つの人差し指をはるか高層階のこちらに向け、彼女は片目をつむる。

 それだけ見ればおどけたような仕草だが、


「……来る」


 ことは思わずつぶやいていた。

 ベストの流れをただ完璧にこなすだけが手品師ではない。

 というか、それではカラクリけの人形劇をるのと変わらない。

 観客の視線を引き付けるのに失敗してトリックが露見しそうになった場合に備え、状況に合わせた複数のリカバリーシナリオを設ける。そこまでやってのプロだ。見破ったと考えた観客個人に自分から話しかけてシナリオに引き込み、新たな驚かしの材料へと作り替えるために。

 つまりは。

 向こうからの本格的なコンタクトが、


「来るッッッ!!!!!!」


     4


「……やるなあ。わたくしの攻撃が三発も避けられるだなんてお久しぶりの事態です」


 適当な清掃ロボットの上に腰掛けながら、少女はそっとささやいていた。

 この状況を楽しんでいる。

 こういった刺激がなければ生きてはいけないから、『暗部』の存続を願っている。

 建設途中のビルの屋上にあったクレーン、放送電波用の巨大なパラボラアンテナ、途中階から真横にせり出したガラス製の透明なプールそのものをむしって次々と投げ込んでみたが、クリーンヒットはない。変なプライドを発揮して力と力のぶつけ合いになっていたら一発だったのだが、向こうは単純出力ではかなわないとねんした直後から回避一本に切り替えたようだ。おかげで相手はまだ生きている。

 空中を飛び回る第三位の首が、一瞬よそへ向こうとしていたのはまい殿どのも捉えていた。殺し合いの真っ最中で、自分の命がおびやかされている状況だ。出会い頭にいきなりダンプカーが突っ込んできたとして、そこでよそへ視線を振る人間なんかいない。

 何か、重要なものを見つけた。

 直近に迫る死よりも優先すべきと感じるほどの、何かを。


(気づかれたかな?)


 こうなると、単純に混乱中の広場へ飛び込んで無数のサンタの海に溶け込んでしまうだけでは不十分だ。ここで確実に殺して一筆書きの追跡ラインを完全に断ち切る。その必要が出てきてしまった。

 その上で、


「さて、クリスマスイヴをどう使いましょうかね、と」

(……できれば夜の七時までには片付けたいな。うそまみれの学校生活であっても、一応は約束だってあるんだし。あのドーナツを安っぽいプラスチックのフォークで切り分けて、みんなでお互いに食べ合いとかしたい)


 ガカッ!! と天空でせんこうまたたいた。

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