第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ④

 今さら全力で走り出したところで落雷は避けられない。はずだ。しかしまい殿どのが鼻歌交じりで自分が腰掛けている清掃ロボットの側面をブーツのカカトでたたくと、ロボットが障害物回避機能を誤作動させてわずかに横へ動いた。人間換算でほんの一歩分、しかしその変化によって彼女を狙った垂直の落雷が不自然にブレた。少し離れたクリスマスツリーを真っ二つに引き裂いていく。先端放電の人為的な誘発……いわゆる避雷針は地上と木のてっぺん、それから自分の位置を合わせた直角三角形を作り出して角度を調整するだけで、簡単に安全な距離を割り出す事ができるのだ。

 はるか頭上で行われる、舌打ちの音まで聞こえてくるようだった。

 今度はこちらの番だ。


「見つけました」


 防災上の都合でもあるのだろうか。屋内階段やエレベーターではなく外に面した清掃用ゴンドラを使って屋上へ運んでいた大きな木箱を『つかみ』、そのまま真横へ飛ばす。きやしやな少女の身の丈に匹敵するものに対し、第三位は前髪から飛ばした高圧電流のやりで粉々に吹き飛ばした。

 そして気づいたのだろう。

 箱の中身は職人の仕事道具であると。

 日本のクリスマスは聖夜などという厳かな雰囲気からは程遠い。

 真夜中のカウントダウンイベントに使う、本格的な打ち上げ花火が刺激に触れる。


「ひゅう!!」


 口笛一発と共に、恐るべき爆発があった。

 耳をつんざく爆音。そして真昼の空が白っぽい濁った煙幕に包まれる。あの程度では死なないかもしれないが、花火は炎色反応……つまり特定の物質に火を浴びせる事で炎に色を付ける技術を応用している。そして花火に使う炎色反応は、銅、リチウム、すずなどの金属粉末が使われる事も多い。

 つまりは、


(……激しい衝撃とせんこう、それに一面へ広がる濁った煙幕。もちろん普通の視覚は頼りにならないけど、マイクロ波のレーダーなんかで五感を代用したってかくらんされて使い物にならない! そしてその高さじゃあ一秒の遅れが致命的な結果に結び付く!!)


 爆発の衝撃でまたもや屋上の看板が砕けるが、少女は頭上に人差し指を当てただけだった。それだけで重さ二〇キロ以上ある金属製の看板がビタリと空中で止まり、指を軽く横に振ると近くのコンクリ壁へ鋭く突き刺さる。スマホの画面でも操るような気軽さだ。

 街全体に広がる地下構造体を直接つかんで揺さぶり新たな断層を丸ごと作る彼女の念動能力テレキネシスを使えば、むしろこの程度の事象は繊細な部類だ。止めたのがすごいのではなく、握り潰さずにとどめた事を評価すべきである。

 念動力。

 PKとESPの二大分類を引き合いに出すまでもなく、あまりにポピュラーな能力。外部向けのサイトやパンフレットを作るとすれば、スプーンを曲げるPKと伏せたカードを言い当てるESPがまず挙げられるだろう。そもそも空間移動テレポートや念写など物理的影響を与える能力全般を大きな枠組みで『念動力』と呼んでしまう学派まで存在するほどだ。細分化すると、物を動かす能力が念動となる。

 中でも純粋に出力だけで言えば、おそらく最強。

 それでも超能力レベル5という認定を受けないのは、応用性が足りず経済的価値がいだされないという大人の都合でしかない。

 彼女の能力は。

 あまりにも殺しと破壊に特化され過ぎているのだ。

 NBC兵器同様に、保有を宣言する事がそのまま国際上のリスクにつながりかねないほどに。


「さ・て」


 金髪サンタ少女は視線を振った。

 鏡のように磨かれたガラスの一部が砕けている。銀髪のシスターを抱えた標的の女は壁面へデリケートに張り付く事を諦め、適当なビルの一室へ飛び込んだようだった。応急処置としては悪くないが、こちらのスペックを甘く見ている。

 


「推定死亡者二〇〇〇人弱。本日限りの容量無制限って素晴らしい、ですっ☆」


 にたりと笑って、まい殿どのが右の人差し指をビル全体へ差し向ける。垂直に下ろす。


 ズンッ!! と。

 高層ビルの高さが半分ほど縮んだ。


 まるで空き缶を靴のカカトで踏みつけたような破壊だった。

 だがまだ本命ではない。今のはドアや窓をゆがめて封じ、順路を寸断して巨大なおりに作り替えるためのしたごしらえ。中にいる人間も『まだ』死んではいないだろう。高層ビルは、中を歩いている人間が想像する以上に隙間がある。ダクト、免震構造、ケーブル順路、各種配管。半分くらい潰した程度では、人の体は挟まれない。満足に立ってもいられず這いつくばり、金属のドアは潰れて動かず、相当窮屈なおもいはするだろうが。


(標的が力任せに風穴空けて表に飛び出してくる様子もない。まあ、もはや図面はあてにならないし。コンクリの壁くらいぶち抜けるはずだけど、生き埋めの人達を消し炭にしちゃう可能性を恐れたかな? それでビル一棟分の全員が押し潰されるんだから人生とは不思議よね)


 もう一本、左手の人差し指を向けるだけでい。

 まい殿どのほしの念動があれば、五〇階建ての高層ビルをソフトボールより小さくまとめられる。圧縮時に得た膨大な熱のせいで溶岩のように光り輝くだろうが、液体としてしたたる事すら許さない、といった事も可能だ。さながら、地球の中心核は高温で溶けた鉄とニッケルのはずなのに何故なぜか固体のまま存在し続けているのと同じように。

 しかし直後だった。

 そのままの態勢で彼女は左手を振った。よそへ。おどけたような拳銃のジェスチャーだが、まい殿どのにとっては絶対の武器だ。二つ目、トドメのトリガーを別の目的に向けざるを得ない何かが発生した。二丁拳銃スタイルで二つの標的を同時に押さえながら、サンタ少女がささやく。

 清掃用のロボットからお尻を浮かせ、ブーツを履いた自分の足で地面を踏む。

 遊びの時間は終わった。

 イレギュラーが、手品師のリカバリーシナリオで丸め込める領域を超えつつある。


「……何しに来たんです?」


 脅威は、少年の形をしていた。

 血まみれのかみじようとうは構わず言った。

 誰もが笑い合うクリスマスイヴには、絶対似合わないその単語を。

 すなわち、


「リベンジ」


     5


 冷静な訳はなかった。

 かみじようとうの心臓はさっきから暴れ回っていて、喉もからからに渇いて見えない膜でも張り付いているようだ。注意しないと何を言っても声が裏返りそうだった。

 ナイフで刺された、という事実だってどうやったって消えてなくならない。

 相手は。

 涼しい顔して、平気でこれをやる人種だ。

 脇腹の傷については雑に消毒して糸で縫っただけ。流れ出た血を補充した訳ではないし、じくじくとした痛みも常に意識をさいなんでいる。逆に、失血で頭がふらついていなければ激痛に耐えられずのた打ち回っていたかもしれない。そういう状況だ。

 それでもかみじようとうはここまでやってきた。

 自分が倒れていた間、状況をつないでくれた少女達の善意に報いるために。

 そして。

 ありえない理不尽から打ち止めラストオーダーを取り戻すために。

 ハッタリでも何でもい。

 なけなしの意地と勇気をかき集めろ。

 今は、弱い所を見せても何一つい方向には転がってくれない状況だ。そしてこれ以上悪化したら、絶対に失ってはならないものを決定的に砕かれてしまう。素人しろうとの肌感覚でも明確に掴み取れるところまで基準が落ちている。嫌というほど分かってしまう。

 だから。

 そうならないためにも、絶対に。


「狙う相手を間違えているのでは?」


 こちらと向こう。

 二ヶ所へ同時に人差し指を差し向けながら、サンタ少女は静かに笑っていた。

 本当は、少年の呼吸なんか詰まっていた。

 ナイフよりも恐ろしい、絶対の切っ先をちゆうちよなく向けられているのだから。


「敵を倒すか仲間を助けるか。どっちが優先かを考えれば、こんな所で遊んでいる暇はないと思いますけどね」

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影