第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑤

「……ほんとにそうなら、アンタはべらべらとはしゃべらない」


 言って、かみじようは少女にならった。

 右手で拳銃を作って、先ほどまでサンタクロースが腰掛けていたドラム缶型の清掃ロボットを指し示したのだ。自由を取り戻し、再びゆっくりと動き出した塊を。

 震えるな。

 らすな。

 言葉を滑らかにする努力を怠らないだけでも、『流れ』は変わる。転落しっ放しだった何かをこのラインで食い止め、持ち上げられる。だって見ている側からすれば不気味だろう。さんざんボロ負けして腹まで刺されて、それでも何事もなく反旗をひるがえす敗残兵の存在なんて。

 理屈に合わない何かになれ。

 計算が合わない存在になれれば、そこからまわせる。

 ここは非科学的な事象は受け入れられないか、科学的な用語に置き換える事でしか納得のできない学園都市だ。

 しかし一方で、かみじようとうは運という言葉だけは信じている。

 主に理不尽な不幸を浴びるという形で。


「川に袋を投げたのなんかブラフだろ。後ろめたいヤツは、逃げている最中に一筆書きで追いかけられるように荷物を運んだりなんかしない。だからアンタは自分の安全のために、。だから川に注目を集めて、打ち止めラストオーダーが詰め込まれたロボットを裏から安全に逃がすのがアンタのリカバリーシナリオ。だろ?」


 声は、裏返らない。

 まだいける。

 失った血は誤魔化せない。正直に言えば、息を吸って吐くだけでも額の汗が冷たくなって眩暈めまいが襲いかかるような状況だけど。

 バヂッ! という火花のような音があった。

 清掃ロボットの動きが切り替わる。

 いいや、乗っ取ったのだ。少し離れた場所にくりいろの髪をショートにした少女がたたずんでいた。さかことと同じ目鼻立ちだが、本人ではない。量産軍用クローンの妹達シスターズでも清掃ロボットのコントロールくらいは奪える。


「……『まい殿どの』です」


 サンタ少女はゆっくりと指を動かした。

 どこか遠くのビルに向けていた右の人差し指までこちらへ差し向けてくる。右と左の二丁拳銃。どうやらその全部を使わなければならない程度には、脅威に思っていただけたらしい。


まい殿どのほし。以後お見知りおきを」

「それもブラフ」


 まれるな。

 言葉の応酬に、波と波のぶつかり合いをイメージする。むのはこちらの方だ。だからここでは、似合わなくてもニヤリと笑って訳知り顔で即応するしかないのだ。

 かみじようとうくらむ意識をつなめ、そして呪文を唱えた。


「犯罪者が現場で本名なんか残す訳ない、ここで迷彩広げたって事は意外とビビってる?」


 ゴンッッッ!!!!!! と。

 街そのものをぶっ壊す壮絶な破壊音と共に、死闘の火蓋が切られた。


 おそらくは念動能力テレキネシス

 元から建物を切り崩し、道路を地盤ごと持ち上げ、水道管やガス管も自由自在に引き千切れるだけの能力を見せつけていた。

 右と左。

 力を加える基準点が二つに増える事で、その応用の幅は極大まで広がっていく。

 その時一体何が起きたのか。

 路上駐車してあったステーションワゴンが頭の上まで持ち上げられたと思ったら、柔らかいパンを二つに千切るように真ん中からむしられたのだ。結果、らされるのはタンクの中にまっていたディーゼル燃料。バッテリーの火花で着火し、降り注ぐ火の雨をかみじようが転がって避けたところで、巨人のボクシンググローブのようになったスクラップの塊が左右から同時に襲いかかる。

 右手の幻想殺しイマジンブレイカーだけで超常の力を押さえ込んでも、制御を失った車の残骸にそのまま潰されるだけだ。

 よってかみじようは勢いを止めずに、そのまま車道と歩道を遮るガードレールの下をくぐける。そのまま身をひねって転がった。横に長い金属板ではなく、太い柱の部分を盾にする格好でだ。

 金属製の耐衝撃構造体がステーションワゴンの前半分を押さえ込んだが、ホッと一息つく暇もなかった。

 ゴッ! と。

 鈍い音と共にかみじようの視界がブレたと思ったら、五メートル以上真上に投げ飛ばされていた。足元の地面が爆発的に隆起し、ジャンプ台として機能したのだ。

 たかが五メートル。

 しかし柔道の一本背負いをイメージすれば分かる通り、受け身の取れない状況なら高低差一メートルでも相手の意識は奪える。まして鋭いガラスや重たい鉄クズの散らばったアスファルトの上なら致命的だ。


「くっ!!」


 かみじようはとっさに手を伸ばし、デコレーションされた街路樹の幹につかみかかる。太い電飾ケーブルが千切れてむちのように暴れ回り、そちらを右手で防いだところで根元から木を折られた。普通に倒壊するのとは違う。一八〇度ひっくり返すような、不自然な縦の回転に巻き込まれる。

 そのままだったらかなづちで虫をたたくようにかみじようの体はひしゃげて潰れていただろう。

 だがそうならない。

 無理してグリップにこだわらず幹から手を離した事で、縦回転の動きには巻き込まれずにそのまま外周へ投げ飛ばされたのだ。より正確には、洋菓子店の正面を飾っていたウレタン製の巨大なプレゼント箱のオブジェのど真ん中に背中から突っ込む格好で。

 右手で鉄砲のジェスチャーを作って油断なく構えたまま、まい殿どのと名乗ったサンタ少女はその細い人差し指でくるりと小さく円を描いていた。

 二本の指で一つの標的を指定する。

 右と左で互いに引っ張れば千切れて破断、逆に押し付ければ圧縮。ただし力を加える点と点を同一線上からわざとズラして配置すれば、それぞれの動きから回転運動にも結び付けられる。単純に標的を指先で指定してフリック入力で動かすだけでも危険な能力だったのに、ヤツは両手の指を使う事でまで可能にしてしまった。

 長い金髪を揺らし、まい殿どのほしは静かに評価した。


「良く動きますね」

「アンタはそうでもないな。固定の砲台なのか?」


 いける。

 まだヴェールは機能している。サンタ衣装の襲撃者は、良くも悪くも自分の能力を表に出し過ぎだ。それはきっと、脅えの裏返し。彼女は本質的に恐れている、使を。

 だから派手に自前の能力をぶつけて敵対者からボロを出したいか、それができなければ自分の派手さをアピールして未解析のままでも力業で押し流せると信じたい。

 理不尽な暴力というのは、もちろん怖い。

 だけどおびえが見えれば、それもメッキに思えてくる。

 強大であれば強大であるほど、逆にそれだけ怖がっているのが透けてしまうのだから。


(……まだ勝ってる。波を作ってんでるのはこっちの方だ)


 対して、少女は二つの人差し指を天高くに向けた。写真写りでも気にしているようにしか見えないが、それは空爆のサインだ。大空で何かを『つかみ』、そして両手を勢い良く振り下ろしてこちらへたたきつけてくる。

 上には何もない、などと思ってはならない。

 大空には、空気がある。


(固体限定じゃ、ない?)


 ギクリと心の歯車が固まるのをかみじようは感じた。これはまずい。『未知』はいつだって無条件で人をみ、頭を真っ白に飛ばしてしまう。

 揺さぶりが来た。

 ただでさえ全身ボロボロなのだ。心までまれれば、かみじようにはもう勝ち目はない。

 大至急理解しろ。

 ここで止まるな、目一杯潤滑油をそそめ。

 さもなくば、まれて潰れる。


(冗談じゃねえぞちくしょう!!)

「チッ!!」

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