第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑨

「記憶をなくした、もう二度と元には戻らない。。……俺はここまで辿たどけたぞ。それはそれは、長かったけどな。お前は今どこにいるんだ。長い道のりのどこに居座るのが、自分にとって一番心地いいんだよ?」


 なら、何だ?

 これはどういう事だ。一体、二人はどこで分岐した?

 痛みを知らない外野が奇麗ごとを言っているのではない。

 実際にいる。

 まい殿どのよりもひどい状況にいる少年が、現実にこれを選択できたって事は……?


「きっとさ、理由になんかならないんだよ」

「……ま、れ」

「何かをなくしたり、奪われたり。確かにそれはつらいけど、『だから』何でもして良いなんて話にゃならねえんだ。いいや、もはや楽しいとかつらいとかですらない。……そもそもなりたくねえだろ、そんな自分に

「黙れェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ゴッッッ!!!!!! と。

 空気というより、地盤がうなごえを上げた。直後にまい殿どのほしのすぐ横で、アスファルト全体が大きく盛り上がった。そこで終わりではない。こんなものはただのカタパルト。真下から押し上げられたのは、トンネルだった。地下鉄の線路を一式丸ごと地上へ放り出したのだ。

 警笛などなかった。

 先頭部分に追加で装着された大量のレンズやセンサーを見る限り、おそらくは無人制御。クリスマスセールに特化した貨物列車だろう。しかし有人であったとしても構わない。

 空気をねじ曲げ、引き裂くようにして、八両編成の鉄塊が容赦なくかみじようとうへ襲いかかったのだ。純粋な物理破壊力『だけ』で言えば学園都市第三位、超電磁砲レールガン以上。しかも今度は能力抜き。列車自体はあくまで電動モーターで動かしているだけだ。

 しかし。

 それでも。


「いろんな人を見てきたよ。記憶をなくした後も」


 右へ一メートル。

 わずかに足を動かす、それだけで。

 その少年は、あらかじめ敷かれていた致死のレールの範囲外へと簡単に逃げ切る。

 壮絶な破壊音も気にせず、彼はまい殿どのほしを見据えていた。


「エリートの超能力者レベル5とか、もがいても上に上がれなかった落ちこぼれとか。大切な誰かを守れなかった煙草臭い魔術師とか、何の落ち度もない悲劇をずっと引きずっている聖人とか。……俺達だけじゃない。みんな誰にも理解のされない痛みを背負って、それでも歯を食いしばって世界の全部と戦ってた。俺達だけが、『だから』で全部メチャクチャにして良いほどこの世界は小さくなんかないんだ!!」


 なら。

 それなら、自分はどうしたら。

 気持ちを変えたところで、世界の方がすり寄ってくれる訳じゃない。

 シビアな現実は揺るがない。

 ここまできてしまった以上、もう『暗部』からは戻れない。血まみれの道なんか振り返るだけで吐きそうだ。『だから』恨みの気持ちが必要だったし、前だけ見ていれば『いつか』学校の友達と気兼ねなく笑い合えるなんて荒唐無稽な未来を追いかけられると信じられた。

 実際には。

 最初の一人を殺した時点で、もう絶対に無理だと分かっていたのに。

 そこで諦めてしまったから、二人目も三人目も躊躇ためらう事がなくなったはずだったのに。


「ああ」


 めきり、と。

 おかしな音があった。

 それはまい殿どのほしの能力ではない。彼女は何もしていない。


「だから、もしもお前が一人で勝手に思い悩んでいるのなら。もしも何の形もないものに縛られて自分からチャンスを棒に振ってきたのならさ」


 だとしたら。

 本当の音源は。

 彼女は見る。ある一人の少年が、その右の手を静かに、しかし強く握り込んだ事を。

 拳の形を作り出した事実を。

 そして少女は耳にした。

 その言葉を。


「……そんなくそったれの幻想は、ここで欠片かけらも残さずぶち殺してやる」


     7


 一歩だ。

 かみじようとうにその一歩を踏み出す力と勇気さえあれば、この戦いは終わらせられる。

 脇腹を刺されて、さかいもうとの手でおざなりに縫ってもらったものの完璧ではない。そんな中で無理に体をひねってまい殿どのの攻撃を何度も避けたり防いだりしてきたのだ。服の下がどうなっているかなんて想像もしたくない。最悪、刺された時より傷口はひどくなっているかもしれない。

 だけど。

 それでも。


(……終わらせる)


 打ち止めラストオーダーは絶対に助けなくちゃならない。

 かみじようの記憶がない事やまい殿どのがお箸を使えない事に、彼女に落ち度がある訳ではないのだから。

 まい殿どのほしは止めなくてはならない。

 これ以上罪を重ねたって彼女の望むものは返ってこない。この戦いが終わった後に待っているのは、どうしようもなくつらい現実の連続だろう。それでも、ここでいったん断ち切らなくては戻れない。何があっても、まい殿どのが自分で思い描いた世界から離れていく事なんか許さない。

 小細工抜き。

 互いの底は知れた。これ以上言葉の応酬でもうとする行為は何も生み出さない。後は、全身全霊の正面衝突があれば良い。

 かみじようとうまい殿どのほしを理解し、まい殿どのほしかみじようとうを理解した。

 十分過ぎるほどに。

 だから。

 二人の間には、最後の合図なんかいらなかった。


「もうここで! 絶対に終わらせるッ!!」


 真正面から。

 右と左。拳銃のジェスチャーを作った二つの指先が、かみじようとうに突き付けられた。

 どうしようもない敵。

 住んでいる世界の違う人間。

 それでも。

 何故なぜか、彼女は笑っているように見えた。今にも泣きそうなくしゃくしゃの顔で、それでも笑っているようにしか見えなかった。

 ようやく。

 初めて。

 醜悪で暴力的な本音を全部さらけ出しても許される、気兼ねのない友でも見つけたような顔で。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」


 二人して、えた。

 かみじようとうは右の拳を握り込んで前へ駆け、まい殿どのほしは原子力空母すら丸ごと動かす念動能力テレキネシスを左右同時に振り回す。

 地面が隆起し、千切れたガス管が露出した。

 炎と衝撃波の中を、身を低くした少年が歯を食いしばってくぐけ、そこへ真上からギロチンのようにビル壁に取り付けられた大画面が降り注いできた。ガラスや鉄クズが四方八方へ飛び散り、解き放ったまい殿どの自身の頬に赤い傷が走る。彼女にとっても予想外だが、もはや構わない。地面にぶつかり、砕けてひしゃげてバウンドした大画面のなれの果てを、もう一度左右の人差し指で『つかむ』。二つの人差し指を外側へ大きく離して観光バスより巨大な液晶機材を真ん中からトーストよりも簡単に引き裂いて、巨人の拳のように構え直す。

 灰色のふんじんが舞い上がる。

 全てを覆い尽くそうとする。だけど実際にはそうならない。

 かみじようとうは。

 それでも全力疾走し、灰色のカーテンの向こうに消えようとするサンタ少女へと飛び込んだからだ。


『暗部』なんて実体もないものにまれて、誰の手も届かなくなる。

 そんな末路など絶対に許さない。

 そういったおもいに形を与えるように。


「不死身ッ、ですか!? あなたは!!」

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