第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑩

 叫んで、しかし違うとまい殿どの自身おそらく気づいている。

 ボヒュッ!! と。

 右のストレートに左のフック。並の乗用車くらいなら高層ビルの屋上まで吹っ飛ばすほどの豪腕を、かみじようは体を振って回避する。

 特殊な能力じゃない。状況への対処を丸投げした幸運や神頼みでもない。

 守る。

 助ける。

 その範囲には彼女がさらった打ち止めラストオーダーだけでなく、襲う側のまい殿どのほし自身さえも含まれる。だからそのためなら、目の前で手を伸ばせばそれだけで届くというのなら、足の震えなんか抑え込める。かみじようとうには、どこまでいってもこの右の拳しかない。決着をつけるならどうしたってふところまで飛び込むしかないのだ。だとしたら、やる。激しい爆発に見舞われても、鋭いガラスや鉄片がそこらじゅうに飛び散っても。つかまなくては助けられないというのなら、何があってもその手をつかめる距離まで踏み込む。歯を食いしばって。痛みをんで。

 

 

 無傷なんてありえない。脇腹の傷だけではない。衝撃波に打ちのめされ、刃物のような破片を全身にいくつも浴びて。思い出したように体のあちこちから赤黒い血がにじんだとしても、だけどこの一歩だけは絶対に踏み込むと最初から決めていた。だから動けた、それだけでしかなかったのだ。


「……大丈夫」


 一〇秒でも、五秒でも、一秒でも構わない。

 もう少しだけ。

 もしも、この体が動くなら。

 まい殿どのほしのように張り巡らせてしまった、悲劇の連鎖を断ち切れる!!


「お前が一生お箸を使えなくたって、全部奪われててつごうの中に入ったって。それでも俺は、絶対にお前を見捨てない!!」


 ひたすらに鈍い音が。

 おもいとは裏腹に暴力的なごうおんが、壊れた街に響き渡った。


 右の拳が、突き刺さっていた。

 頬に鈍い一撃を受けたまま、『暗部』の刺客は最後に何を思ったのだろう。

 悲鳴の一つもなかった。

 誰よりも普通に憧れていた少女は、そのまま真下へすとんと落ちた。


     8


 強大な能力者を拘束するというのは、『どこまで』やれば良いのかという点で非常に難しい問題ではあるのだが、今回に限って言えば両手の人差し指というトリガーが明確に分かっている。かみじようはどこかの工事現場から転がってきたらしいダクトテープを拝借すると、まず倒れたまい殿どのほしの二つの掌をグーにしてから、手首全体をぐるぐる巻きにした。そこから両手を後ろに回してさらに縛り上げる。


(……まい殿どのか)


 しゃがみ込んだまま、わずかにかみじようはその顔をのぞんだ。

 できるはずの事ができなくなった少女。

 もしもなくした記憶に固執を続けていれば、かみじようだってこうなっていたかもしれなかった。


(何をしてやれるんだろうな。俺みたいなただの高校生に)

「とうまっ!!」

「うわ何それ、アンタもうサンタ衣装でもないのにそこらじゅう真っ赤じゃない!?」


 そうこうしている内に、他の少女達が集まってきた。

 インデックスを抱えてビルの壁面から降りてきたさかこと


「そっちこそ。よくもまああれだけの状況で一つなかったな。てか、エレベーター止まってる中で外まで出られただけでもすごいぞ」

「ああっもう、髪もコートもほこりっぽい。アスベストとか使ってないでしょうね、これ。潰れかけたコンクリは抜き差しできないし、何より破れたガス管と電源ケーブルの組み合わせが怖すぎる! おかげでスマートタワーの元栓を閉めていくのに苦労させられたわ。それがなければもう少し早く到着できたんだけど……」


 さらに清掃用ロボットに黄色と黒の工事用ロープを掛けて引きずり回すさかいもうとまで。


「そいつに打ち止めラストオーダー入ってんの?」

「ガラス式信管など非電気トラップの有無を確認するまでかつに開けられませんが、とミサカはいかにも意味のある事していますアピールに余念がありません」


 いつの間にかクローン少女が働きたくないサラリーマンみたいなアクションを覚えている。

 となると、だ。


「これ頼む」


 かみじようは倒れたまい殿どのから手に入れたスマートフォンを気軽に放り投げたが、何故なぜか同じ顔の少女達が二人で取り合う結果となった。


「単純出力ならともかく繊細な作業という点においてミサカが戦力外通告されるのは心外です、とミサカはがさつなお姉様オリジナルとは違うんですアピールに余念がありません」

「ならサイバー攻撃のベンチマーク対決でもやってみる? ミサカネットワークで全員分の脳をつないでも構わないわよ。それから誰ががさつか」

「ではお洒落しやれドーナツを賭けて。今から自転車バイト君を呼びつけるので到着までにロックを解除しましょう、とミサカは提案します」

「乗った。……けどこれ本人のラッキーカラーじゃないと意味ないんじゃなかったっけ?」


 言い合いながらも、結局は二人で頬を寄せて同じ画面とにらめっこしていた。実際には一つの機材の中でパスコードクラックを競っているのかもしれないが、はたから見ると仲のい姉妹にしか見えない。

 そして横からインデックスが口を挟んだ。


「それ、五八〇五一じゃない?」

「そんな当てずっぽうで何とかなるはずが……ええっ噓お!? 何で解析結果が五八〇五一になっちゃうのお!?」

「オカルト少女のオカルトな部分が本領発揮しております、とミサカは怪奇現象を前にぶるぶる震えます。占星術や姓名判断は数学や統計学が使われているとは聞きますが、具体的に今何が起きたのでしょう?」


 ドーナツもーらいっ☆ という言葉と同時であった。自転車で運ばれてきたホイップクリームだらけの毒々しい一品がそのまんまインデックスの胃袋に収まった。……これであいつはあっち側だ。日陰にたたずむツンツン頭のなめくじはもうまぶぎてリア充様を見ていられない。



 スマートフォンは情報の宝庫だ。

 まい殿どのほしについては、本名も含めて何一つ分かっている事がない。

 彼女の単独犯ならここで事件はおしまいだが、何かしらの利害で他人と結びついているなら、打ち止めラストオーダーを巡る危機は終わらない。警備員アンチスキルに預けるのは当然として、そこでホッと安心して楽しいイヴに戻って良いのか、あるいはまだ警戒を続けなくてはならないのかくらいは知っておきたい。たとえそれが素人しろうと同然の、下手の考え休むに似たりであったとしても、それでも知って考える事で心は『休める』のだから。

 が。

 開いた画面に目をやる事もなく、ことはスマートフォンをこっちに投げ返してきた。


「ほら」

「?」

「何があったか知らないけど、中をのぞく資格持ちってアンタしかいないんじゃないの?」


 だろうか。

 だったらうれしいが、こればっかりはかみじようにも断言できない。

 他人のスマホの中身をのぞくという最低行為に走る。礼儀作法についての電子書籍や動画へのリンクなどがとにかく目立つ。これはもちろんお箸の持ち方絡みだろう。幼児向けの育児本などを避けている節もあるが、おそらくプライドを傷つけられるからか。

 何の変哲もないデジタルな文字列の並びに、思春期の生々しい人間味がにじんでいる。

 アルバムの中にはかなりの写真が並んでいた。しかし不思議と、金髪少女は一人もいない。最初は友達の写真だけ撮っているのかと思ったが、やがて今さらのように気づいた。ウィッグとカラーコンタクトで人相を隠していたのだ。

 かみじようがしゃがみ込んで気絶した少女の頭からかつらを取ってみれば、思ったよりもあどけないおかっぱの少女の素顔が見えてきた。

 アルバムの中で、一番多く映っている少女と同じだ。

刊行シリーズ

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とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
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とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
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