第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑪

 このスマホにも本名らしいものはなかった。ただ、写真の人物や背景の小物などを精査していけば身元は分かるかもしれない。そうまでして暴きたいとも思えなかったが。


「……、」


 写真の中の少女達はみんな笑っていた。

 だけどこれは、まい殿どのが自分のコンプレックスをみ、覆い隠して作り上げた光景だ。

 まい殿どのほしなんて名前自体、全くの偽名なのだろうけど。

 まるでずっと昔に入れたタトゥーをいつまでも服の下に隠し続けるような生き方だった。ましてまい殿どのの場合は、他人の手でそれをやられたのだ。


(……拳と拳だけじゃ、分かり合えない事ばっかりだ)

さか

「?」

「大体見たけど、中身が普通過ぎる。他にスマホやケータイを持っている様子はなかった。『暗部』ってのがどんな世界なのか本当に本当のところは知らないけどさ、連絡用のツールなしで務まるようなものじゃないんだろ? 多分このスマホ、隠しの領域がある」

「調べるけど、何か気になるところは?」

「通話履歴とかアドレス関係とかが何もない。平たく言えば、誰と連絡を取り合っていたか」


 りょーかい、とスマホを受け取った女子中学生が気軽に請け負った。

 ややあって。


「何もないわね」

「何だって?」


 ことがあっさり白旗を揚げるなんて珍しい、とかみじようが思った時だった。

 何故なぜか少女はにんまりと笑っていた。


「ようはこのスマホは専用のサーバーにつなげるだけの代物で、仕事の資料や連絡先は全部遠く離れたデジタル金庫に収めてあるって訳。万が一現場でスマホを落としたり奪われたりしても、このラインを切断してしまえば取引相手の情報がろうえいする心配はなくなる」

「じゃあこれ以上追いかけられないのか? 打ち止めラストオーダーはどこかに届けるつもりみたいだった。つまりまい殿どのとは別に、『受取先』がいるって事だろ」

「そう。、ね?」


 片目をつむったことが、借り物のスマホを軽く振った。

 単調な電子音が鳴り響く。


「出てきたわ。じゃあアンタ……」

「いや、プライベートは多分入ってない。仕事の話だけならみんなで見たって構わねえだろ」


 見た事もない画面のリストに、ずらりとファイル名が並んでいた。末尾についている拡張子自体、知らない並びばっかりだ。試しにいくつか触れてみても、言葉の並びが独特だった。大人達が交わしている契約書とは違うが、感覚的にはあのちんぷんかんぷんが近い。専門用語や回りくどい言い回しばっかりで、目の前に答えがあるのに何も頭に入ってこない。


「ミサカが要約しても?」

「頼む」

「ようは統括理事長絡みの話です、とミサカは一言で結論から入ります」

?」


 かみじようげんそうに言った。

 ここで言うあいつとは、アレイスターと呼ばれていた『人間』の話ではない。ヤツの後に、その座を引き継いだ別の人物が存在する。

 さかことにとっても、さかいもうとにとっても因縁深い相手だった。

 そして何より、一度はさらわれた打ち止めラストオーダーにとっても。

 こともそっとうなずいて、


「……このファイルが正しければ、だけど。新しい統括理事長がまず始めたのは、学園都市の『暗部』の一掃。だけど『暗部』に居心地の良さを感じている連中や、そこから抜け出せない人間はその決定に反している。だから、確実に使える交渉材料をほつしていたって」

「……、」


 言葉で言うほど簡単ではないはずだ。

 理想だけ口に出したところで恐怖におびえる人達が証言してくれるかは分からないし、奇麗ごとそのものに反発が来る可能性だってある。当然ながら、みんながバラバラになって不発に終われば報復で真っ先に狙われるのは先頭で旗を振っておんを取った人間だ。

 その覚悟のほどは、すぐに明かされた。


「まず自分の罪をあばく」

「何だって?」

「言葉の通りよ。一万人以上のクローンを殺害した『実験』を中心に、自分が今までやってきた事を暴いていく。そうする事で、例外はないと内外に示す。恐怖におびえて半信半疑の人達を日向ひなたの世界まで引きずり上げるには、それくらいしなくちゃダメだって。……実際に、警備員アンチスキルの詰め所まで顔を出して自首してる」

「自首って、あいつがッ!?」

「そんな事するようなタマには見えないんだけど、どうやらマジらしいわ」


 当然、切り出す事情やタイミング次第で罰則が変わる訳ではない。罪が暴かれれば相応の報いがくるだろう。普通に考えて、てつごうから出られる日はやってこない。

 ファイルに目を通しながらもさかいもうとが首をかしげて、


「つまり新しい統括理事長は、年をまたぐ事もなくさっさと役職を辞退するという話なのでしょうか、とミサカは疑問を呈します。さらに『次の統括理事長』が再び『暗部』を復活させてしまったらそれまでだと思うのですが」

「統括理事長には自分で辞めたり次を指名する権限はあるけど、下の人間から罷免されるようには作られていないみたいね。職員室で先生が賛成票を集めたところで、校長先生や理事長先生をクビにできる訳じゃないって感じかしら」


 学園都市は、元々アレイスターが作った巨大教育施設だった。他人の手で邪魔されるようには制度を固めないだろう。

 となると、


「……てつごうの中に入ってでも、そのまま統括理事長としての権限を使って街を動かせるならそれで問題ないって考えてる訳か」

「いっそ徹底しているわよね。この街のてっぺんに立つ人間って、みんな分厚い壁に囲まれるのが好きになるのかしら」


 ともあれ、これで利害ははっきりした。

 学園都市の『暗部』を潰したい側と、そうなっては困る側。

 言ってみれば、この街の明るい側面と暗い側面が丸ごと真っ二つになって正面衝突している構造だ。そうなれば、街の半分が丸ごと打ち止めラストオーダーを狙ってくるだろう。まい殿どのほしはそのせんぺいの一人に過ぎない。ここだけ退けても根本的なところが解決しない。


「何か……」


 思わず、だ。

 かみじようとうは敵を求めていた。


「誰かいないのか、分かりやすい黒幕とか!? 本当にただ散発的に悪党が襲いかかってくるだけだとしたら、永遠に気が休まらないぞ!」


 ぶわっ!! といきなりエラー表示が頻発した。

 誰かが気づいたのだ。

 接続を切ろうとしているというより、データそのものを消そうとしているのか。


「不満を束ねている人間がいる。それから具体的行動に移しやすいよう、金と武器を供給している人間でもありそうだけど」


 しかしことめなかった。

 そもそも裁判で使うための証拠が欲しい訳ではない。

 事件の裏にいる、本当の黒幕の名前さえ分かれば良い。サーバーにあるデータを慌てて消そうとしているという事は、ここにある情報は本物だと暗に認めたようなものだ。

 つまり。

 さかことは、まさに今消えゆく情報を口に出した。


おかのり。一二人しかいない統括理事の一人よ」


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