第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑪
このスマホにも本名らしいものはなかった。ただ、写真の人物や背景の小物などを精査していけば身元は分かるかもしれない。そうまでして暴きたいとも思えなかったが。
「……、」
写真の中の少女達はみんな笑っていた。
だけどこれは、
まるでずっと昔に入れたタトゥーをいつまでも服の下に隠し続けるような生き方だった。まして
(……拳と拳だけじゃ、分かり合えない事ばっかりだ)
「
「?」
「大体見たけど、中身が普通過ぎる。他にスマホやケータイを持っている様子はなかった。『暗部』ってのがどんな世界なのか本当に本当のところは知らないけどさ、連絡用のツールなしで務まるようなものじゃないんだろ? 多分このスマホ、隠しの領域がある」
「調べるけど、何か気になるところは?」
「通話履歴とかアドレス関係とかが何もない。平たく言えば、誰と連絡を取り合っていたか」
りょーかい、とスマホを受け取った女子中学生が気軽に請け負った。
ややあって。
「何もないわね」
「何だって?」
「ようはこのスマホは専用のサーバーに
「じゃあこれ以上追いかけられないのか?
「そう。普通なら、ね?」
片目を
単調な電子音が鳴り響く。
「出てきたわ。じゃあアンタ……」
「いや、プライベートは多分入ってない。仕事の話だけならみんなで見たって構わねえだろ」
見た事もない画面のリストに、ずらりとファイル名が並んでいた。末尾についている拡張子自体、知らない並びばっかりだ。試しにいくつか触れてみても、言葉の並びが独特だった。大人達が交わしている契約書とは違うが、感覚的にはあのちんぷんかんぷんが近い。専門用語や回りくどい言い回しばっかりで、目の前に答えがあるのに何も頭に入ってこない。
「ミサカが要約しても?」
「頼む」
「ようは統括理事長絡みの話です、とミサカは一言で結論から入ります」
「あいつの?」
ここで言うあいつとは、アレイスターと呼ばれていた『人間』の話ではない。ヤツの後に、その座を引き継いだ別の人物が存在する。
そして何より、一度はさらわれた
「……このファイルが正しければ、だけど。新しい統括理事長がまず始めたのは、学園都市の『暗部』の一掃。だけど『暗部』に居心地の良さを感じている連中や、そこから抜け出せない人間はその決定に反している。だから、確実に使える交渉材料を
「……、」
言葉で言うほど簡単ではないはずだ。
理想だけ口に出したところで恐怖に
その覚悟のほどは、すぐに明かされた。
「まず自分の罪を
「何だって?」
「言葉の通りよ。一万人以上のクローンを殺害した『実験』を中心に、自分が今までやってきた事を暴いていく。そうする事で、例外はないと内外に示す。恐怖に
「自首って、あいつがッ!?」
「そんな事するようなタマには見えないんだけど、どうやらマジらしいわ」
当然、切り出す事情やタイミング次第で罰則が変わる訳ではない。罪が暴かれれば相応の報いがくるだろう。普通に考えて、
ファイルに目を通しながらも
「つまり新しい統括理事長は、年をまたぐ事もなくさっさと役職を辞退するという話なのでしょうか、とミサカは疑問を呈します。さらに『次の統括理事長』が再び『暗部』を復活させてしまったらそれまでだと思うのですが」
「統括理事長には自分で辞めたり次を指名する権限はあるけど、下の人間から罷免されるようには作られていないみたいね。職員室で先生が賛成票を集めたところで、校長先生や理事長先生をクビにできる訳じゃないって感じかしら」
学園都市は、元々アレイスターが自分の目的を果たすために作った巨大教育施設だった。他人の手で邪魔されるようには制度を固めないだろう。
となると、
「……
「いっそ徹底しているわよね。この街のてっぺんに立つ人間って、みんな分厚い壁に囲まれるのが好きになるのかしら」
ともあれ、これで利害ははっきりした。
学園都市の『暗部』を潰したい側と、そうなっては困る側。
言ってみれば、この街の明るい側面と暗い側面が丸ごと真っ二つになって正面衝突している構造だ。そうなれば、街の半分が丸ごと
「何か……」
思わず、だ。
「誰かいないのか、分かりやすい黒幕とか!? 本当にただ散発的に悪党が襲いかかってくるだけだとしたら、永遠に気が休まらないぞ!」
ぶわっ!! といきなりエラー表示が頻発した。
誰かが気づいたのだ。
接続を切ろうとしているというより、データそのものを消そうとしているのか。
「不満を束ねている人間がいる。それから具体的行動に移しやすいよう、金と武器を供給している人間でもありそうだけど」
しかし
そもそも裁判で使うための証拠が欲しい訳ではない。
事件の裏にいる、本当の黒幕の名前さえ分かれば良い。サーバーにあるデータを慌てて消そうとしているという事は、ここにある情報は本物だと暗に認めたようなものだ。
つまり。
「