第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑫

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 ばこりという太い音があった。

 さかいもうとかくしたドラム缶型の清掃ロボットのてっぺんにある丸い蓋を開けた音だった。どうやら警戒していたトラップは確認されなかったらしい。かみじようとしては、そうなっているんだ、という不思議な感動しかなかった。本来ならプラスでもマイナスでもない特殊な形のドライバーを使って開けるようだが、磁力を操って直接ネジを回してしまったようだ。

 中はほとんど空洞らしく、小さな子供くらいなら膝を抱えてそのまま入ってしまいそうなくらいのスペースが確保されている。とはいえここがゴミだらけでないという事は、まい殿どのが最初から移送用に(どこかから盗んできて)確保していた個体なんだろうか。

 ともあれ。

 意識を失ってぐったりしているが、両脇に手を差し込まれて引っ張り出された打ち止めラストオーダー自身はひとまず無事だった。

 特殊なそうじゆうじようで手足や口を縛られてはいたが、これはわなではないらしい。そして電気系ならことかなう道理はない。


「ん? でもクローン系のこの子が自分で電子制御のそうじゆうじようを解けなかったって事は、やっぱりサイバー攻撃系では私の方が優勢って話になるんじゃあ……???」

「上位個体一人がしくじったばかりにミサカ達全体の品質が問われる事態に陥りました、とミサカはあらぬ疑いにわなわなしてみます。司令塔、全体的に反省して」


 よほど貴重な人質だったのか、幸い打ち止めラストオーダーに目立った傷などはなさそうだ。そこには悪意が乗っていたかもしれないが、これまでまい殿どのほしがイヴの街並みでもたらしてきた大損害と比べてみれば、やはり幸運と呼ぶべきだろう。

 頭の上に三毛猫をのっけたまま、インデックスがこう尋ねてきた。

 決定的な分岐を促す言葉を。


「とうま、これからどうするの?」

「そうだな……」


 正直に言えば、単なる高校生のかみじようにはこの事件の全貌は見えない。

 大人の都合とかパワーバランスとか、そういうものが横たわっているんだろうとは思えるが、じゃあそれが具体的に目に見えるかと言われれば答えはノーだ。何となく、分かったような、くらいでは手術や爆弾解体はできない。今ここでかみじようが純粋な論理だけで正しい答えを導き出すのは、おそらく不可能だろう。


「まずそのおかっていうのは具体的にどういうヤツなんだ?」


 何しろ学園都市のてっぺんどころか、自分の高校の校長先生の顔すらあんまり覚えていないかみじようとうである。これは記憶喪失うんぬんの問題ではなく、そもそも接点が少なすぎるからだろう。学園都市に一二人しかいないウルトラVIP。言ってみれば一国の閣僚みたいなものかもしれないが、だからこそ、てっぺんもてっぺんの大統領や総理大臣以外はあんまり印象がない……というのと似た感覚かもしれない。

 普通に暮らしていれば、まず接点はないはずだ。


「表の情報だと、セキュリティ関係に強い人物のようね。統括理事ってやっぱり重鎮だけあってご年配の人が多いみたいだけど、その中で言ったらこいつはかなり若い。とはいえ私達みたいな子供の世界にいられる人間じゃないけどね」

「そうか、偉い人だから行政のホームページとかに活動記録なんかがあるのか」

「てか本人のSNSがあるわよ?」


 ……なんかもうついていけない次元になりつつある。こう、事件の黒幕って言ったら地下の秘密基地の一番奥で謎のヴェールに包まれているとかじゃないのか?

 ただことの携帯電話を横からのぞいてみる限り、思いっきりオフィシャルといった感じの内容だった。小奇麗で、丁寧で、隙を見せず、だからこそ体温を全く感じない。大企業の本社ビルの前に置いてある看板だってもう少しぬくもりがあるのではあるまいか。

 スーツは似合うがビジネスマンという感じはしない。

 良くできた青年実業家か、あるいは映画俳優といった方が似合う。単純に背広の重鎮にしてはとしが若いのもあるし、スーツ姿にしては内側に筋肉がついているからかもしれない。もっとも、SNSの写真なのでどこまで加工してあるかは未知数だが。最悪、丸ごと影武者なんて可能性すらあるかもしれない。


「セキュリティ関係というのは? ようは言い方を変えた兵器関係でしょうか、とミサカはかわゆく首をひねりながら質問を放ってみます」

「黙れ媚び女。うーん、そっちじゃなくて消防とか防災とかに詳しいって感じね。慈善やボランティアにも相当のお金をつぎ込んでいる。……もっとも、本当の顔を隠すのに都合がいからって話かもしれないけど」


 善が悪をねじ伏せるなんて話じゃない。

 正義よりも強い悪を作って安心を得たがる訳でもない。

 ……本当の本当にどうしようもない人間は、そもそも善や正義を味方につける。自分の都合のいように振り回して、それでも足りなければ丸ごと仕組みを作り替える。


「消防や防災だけだと攻撃的には聞こえないけど、逆手に取られると怖いわね……。災害救助ロボットを悪用した兵器化とか、災害の人工再現なんかに手を伸ばしていないといけど」


 何にしても学園都市を統率する一二人のVIPだ。

 まい殿どのほしですら、せんぺい

 本人が何も持っていない、なんて話だけは絶対にありえない。世界全体の科学技術をまとめて支配する学園都市の覇権そのものに触れられる存在なのだから、当然様々なゲテモノ技術を独占しているはずだ。


『あの』統括理事。

 実際のところ、風のウワサとネットの情報を眺めてどこのどなたか分かっているつもりになっているだけに過ぎない。底の知れない相手と戦う事を決めるのは、怖い。最悪、どこまでもがいてももがいてもという可能性だってある。

 考えなしで挑める相手ではない。

 本来だったら絶対に触れるべきではない。

 ただし、


「……反則技を使うって事は、そうしないといけない事情が向こうにもあったんだと思う」

「とうま?」

「権力とか上下関係とか大人のパワーバランスの話なんか、俺達には『見えない』。それを今すぐ実感するなんて無理だ。けどさ、そういう『見えない力』を今まで振りかざして甘い汁をすすってきたのがおかのり、統括理事とかいうお偉いさんなんだろ。そういうヤツなら、自分で拳を握る前にまず『見えない力』を使うはずだ。汚い事をやって、金をばらいて、権力使って、大勢の人間を動かして……それでもどうにもならなかった。最後に暴力を使った」


 当然だ。

 当たり前も当たり前だが、暴力にはリスクが付きまとう。自分の立場を守るために暴力を使うのは結構だが、そいつが露見して自分が社会的に追い詰められたら、統括理事・おかにとっては何の意味もないのだ。この黒幕は、明らかに自分のために戦っている。自分一人が犠牲になる事で学園都市が平和になったのだ、では困るはずだ。

 だとすると、


「……戦おう」


 言った。

 かみじようとうは一言で選択した。


「このままずるずるいったら、いつまでこんな状況が続くか分からない。敵は何度でも襲撃にチャレンジできて、こっちは一瞬でも気を緩めたら即死。一回ミスしたらそこでおしまいなんて、そんな状況にしちゃならない。だとするなら、今しかないんだ。大人のパワーバランスは、どうやったって俺達には『見えない』。今日チャンスがあったとして、明日や明後日あさつてまで同じ条件が続いているかどうかは誰にも分からないんだから」


 打ち止めラストオーダーがこんな目に遭う道理なんかなかった。それを言ったらまい殿どのほしだってそうだった。まだ見た事もない次の敵だって、次の次だって、きっとみんな『そう』なのだ。

 おかのり

 慈善やボランティアすら自前の弾丸に作り替え、善や正義を味方につけて、自分の手は汚さずに多くの悲劇を生み出すクソ野郎。こんなゆがんだ潔癖症のために、多くの人が可能性を奪われて人生をねじ曲げられている。

『暗部』。

 真っ黒なユートピアを守りたいなら、自分が矢面に立てば良いのに。

 お箸の持ち方が分からない。

 誰にも理解のされない苦悩で唇をみ、涙を堪えていたまい殿どのの顔が脳裏にちらつく。

 一方通行アクセラレータに対する打ち止めラストオーダーまい殿どのほしの場合はお箸のコンプレックス。

刊行シリーズ

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