第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑬

 最悪の大人は、いつだって何かを盾にして子供達を意のままに操ろうとする。拳も握らず、意思もぶつけ合わず、そもそも戦いの形なんか作らないで。それがスマートだから、君のような人間ごときに付き合っている時間はないのだよ。人の人生を丸ごと奪って利用しておいて、出てくる言葉はそんな程度しかない。

 こいつを止めない限り、悲劇は終わらない。

 絶対に。


「もう終わらせよう、こんな事」


 敵は今、弱っている。

 大人のルールでは対処不能になったから、幼稚で暴力的な子供のルールにまでレベルを下げて強引に決着をつけようとしている。具体的には、幼い打ち止めラストオーダーをさらって人質に取る、なんていう馬鹿げた方法で。

 だけど、普段は手の届かない雲の上の存在が自分から地べたまで降りてきたのなら。

 今なら手が届くとしたら。


「ヤツがここでもう一回手の届かない場所まで舞い上がる前に、ここで胸ぐらをつかむ」


 だから、これが答えだった。

 彼の結論はこうだ。


「この方法は、おそらく今日しか使えない。俺達の知らないところでからここまで弱らせる事はできたけど、この先おかが回復しないなんて保証はどこにもないんだから。それならこのチャンスは使うべきだ。始めてくれた事を、しっかりとつなぐべきなんだ。……でなけりゃ同じ事の繰り返しだ。打ち止めラストオーダーはさらわれて一方通行アクセラレータは破滅して、まい殿どのの代わりに別のヤツが人生を奪われて『駒』として補充される。笑うのはただ一人、ふざけた潔癖症のおかだけだ!!」

「構わないのでは、とミサカは賛成の意思を表明します」


 無表情なままゴーグル少女が追従してきた。


「どうやっておかの居場所を突き止めて総攻撃を加えるかはさておくとして、『戦えばそれだけで決着する』ほど要件が簡略化されているのは奇跡的と言える状況です。この機を逃し、政治や経済までからめた状況からやり直しを図るよりは、今日ここで強引に決着をつけてしまった方が全体効率の面では最適と言えるのではないでしょうか、とミサカは補足説明を加えます」

「で、騎兵隊はこれだけ? 今も眠っている打ち止めラストオーダーを入れても五人しかいないけど。ああ、そっちの頭の上にのってる猫ちゃんを入れれば六になるかしら。何とも頼もしい限りね」

「えっ? 一人じゃないって珍しくない? むしろ今回は多い方だと思うんだけど」

「「……、」」


 何故なぜかインデックスとことが同時ににらんできた。視線の圧がすごい。

 一人ぼっちは寂しい。

 と、


「それについてなのですが」


 さかいもうとは小さく手を挙げて、


おかのりが司令塔の身柄を狙っている以上、彼女を現場に連れていくのは自殺行為でしかないでしょう。どんな形で戦うにせよ、最終信号ラストオーダーは現場から遠ざけるべきでは、とミサカは進言します」

「……けどそれ、打ち止めラストオーダーを一人にしちまうのも危なくないか? おかの伏兵が何人いるか分からない状態だと、俺達が戦っている裏で打ち止めラストオーダーがさらわれるなんて事態にもなりかねないんじゃあ」

「ですから、必須事項を並べますと。まず統括理事・おかのり撃破のための人員が必要です。司令塔はよそへ退避させるとして、彼女一人では不安。そうなると最終信号ラストオーダーを護衛するための確かな戦闘要員が必要になります、とミサカは指を二本立てて説明いたします。つまり、チームを二つに分けるのが最大効率なのでは?」


 簡単に言ってくれる。が、具体的には誰をどこに配置する?

 あらゆる異能を打ち消すかみじようや魔術に対しては無敵の迎撃性能を誇るインデックスは、しかし普通の鉄砲には弱い。さかいもうとは銃やナイフには強いが、極端な異能には対処できない。オールマイティな最強戦力と言えばことになるが、彼女を最前線から遠ざけると今度はおかのりを確実に討ち取れるかが心配になってくる。一つの塊になってチーム全体で考えるとバラエティ豊かな人員だが、一人一人を切り分けるとメリット・デメリットがかなり大きく浮かび上がってしまうのだ。

 しかし、これについてはさかいもうとがそのままこう続けた。


「なのでこのミサカを司令塔の護衛要員に回すのが最適かと思われます、とミサカは自分の顔を指差します」

「ええっ、さかいもうとが?」

「……不安げなのが引っかかる物言いですが。通り一遍銃器を扱う腕はありますし、電気系の能力も使えますから街のセキュリティを利用できます」

「けどアンタ、それってさっきのまい殿どのクラスでもやれる? 無理でしょ、ねっ?」

「あいつあのゲス野郎を今すぐたたこしてください。このミサカがボッコボコにして差し上げます、とミサカは腕まくりでやる気を表明します」


 ちょっと無駄なモチベが出過ぎているのでかみじようが慌てて羽交い絞めする羽目になった。誰の笑顔も守らない拳なんてあまりにも無意味過ぎる。

 量産型少女は(後ろからぎゅっとされたまま)無表情でジタバタしながら、


「何より、おかのりら『暗部』存続派は新統括理事長の罪……すなわちミサカ達が巻き込まれた過去の『実験』が表に露見しては困るのでしょう? 。司令塔と通常シリアル、クローン人間が二人もいて、しかも銃声なり『欠陥電気レデイオノイズ』なりで派手に人目を引き付けながら戦い続けるとしたら相当やりづらくなるでしょう、とミサカは戦況予測を並べてみます」


 一理ある。

 打ち止めラストオーダーを最前線に連れ回す事はできない、という点は確かにうなずける。わざわざ誘拐犯の目の前でごそうをぶら下げるほど間抜けな話もあるまい。

 しかし一方で、足りない。

 さかいもうとの論理は、まず前提として『おかのりたちは穏便に、水面下で決着をつけようとしている。だから自分達の起こした事件が表社会に大きく露見するのを避け、そうなるねんがあるようなら後ろに下がる』という理屈があってこそだ。例えばテレビ局の中継カメラやスマートフォンを使った生配信の現場を見かけた時は襲撃を中断する、など。

 ただし。


(……まい殿どのほし一人に、あれだけの『自由』を与えておいて?)


 そう、そこが信用ならない。

 どれだけ事件が大きくなっても、権力の頂点を握ってしまえば後でいくらでもせる。だから今は、とにかく今日この日を乗り切れ。そんな思考で動いているとしたら、ストッパーが機能しない。テレビカメラの前だろうが配信中のスマホの前だろうが、容赦なくおかやその兵隊は逃げる少女達の殺害や誘拐に移るだろう。

 となると、もう一枚。

 何かしら強力なカードを切ってけんせいする必要がある。


「……これはひょっとしたらヤツの苦労や努力を全否定するかもしれんが、まあそこまで義理立てしてやる事もないだろ」

「とうま?」

さかいもうと打ち止めラストオーダーについてはお前に預ける、ただし逃げ込む先を一個だけ提案したい。それで構わないか?」

「採用するかどうかはさておいて、意見を聞く程度でしたら」


 息を吸って吐く。

 そしてかみじようとうは笑顔で全部まとめて台無しにした。


。そこまで打ち止めラストオーダーを連れていって、一緒に固まってろ。後はあの学園都市最強がおかの兵隊を押しのけてくれる」


 自分からは外に出ない。

 学園都市の自浄作用を信じる。

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