第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑮

 完全記憶能力を持っているインデックスの目は誤魔化せない。おそらく頻繁に服装や化粧を変える事で機械的な監視をかいくぐりながら現場に浸透している隊員達が周囲を固め始めているのだ。テクノロジーを使うのは善玉だけとは限らない以上、気づかれないよう包囲するのも大変になってきた。

 この複合ビルは間違いなくおかのりの城だが、彼一人の不動産ではない。低層のモール、中層のオフィス、高層のマンションでそれぞれ多くの一般人が行き来している以上、最上階ギリギリまでは誰でも肉薄する事ができる。

 そして分厚い扉や何重ものセキュリティがエレベーターを固めていたって、一つ下の階から天井を抜いてしまえばおかのりを落っことす事ができる。警備員アンチスキルたちも馬鹿正直に真正面から突撃など仕掛けないだろう。


「俺達はどうする?」

「下から上がっていく正攻法は警備員アンチスキルに任せましょう。同じ道をなぞってもあんまり効果はないと思う」


 ことは真上を指差して、


おかが逃げるとしたら屋上のVTOL機よ。だったら屋上を先に制圧できれば風向きは大分変わってくるはず。磁力を使って壁を登れば誰にも気づかれないわ。だから、」


 直後だった。


 ドゴゥワッッッ!!!!!! と。

 指差した先、複合ビルの最上階の全部の窓から激しい爆炎が噴き出した。


 息が詰まる。

 何が起きたか理解できなかった。

 そして定義のできない何かによって、かみじようは自分の頭が空白で埋め尽くされそうになる。まるでコンピュータが破損ファイルを無理矢理読み込もうとしたように。予想外がかみじようとうの心を暴力的に貪り、み、生存不能な水の底まで引っ張り込もうとしてくる。

 おかのり

 まだ直接顔を合わせる前から『へんりん』を見せてきた。まい殿どのほしとは違う、おそらくこいつは波を作る側の人間だ。かみじようがなけなしの勇気と意地をかき集めたところで、子供の作った小さな波など上から潰しにかかってくる。いとも容易たやすく、あっさりと。

 だが、


「な……」

「固まってる場合か、さか!! ガラスの雨が来るッ!!」


 ここは無理にでも、搾り出す。

 たとえ何が起きようとも、立ち止まり、心の歯車を固めてしまったらそこでおしまいだ。現実の時間は容赦なく過ぎ去り、遅れた分だけ致命的な結末を受け入れなくてはならなくなってしまう。

 だから。

 まるで言葉で頬をたたくようだった。

 間近で叫ばれたことが慌てて行動に出る。クリスマス装飾の巨大な長靴やプレゼントボックスなどのオブジェを磁力で無理矢理動かし、複合施設前の広場や大通りの真上を無理矢理に塞いでいく。そうでもしなければこの人混みの中、どれだけ血の海が広がっていったか分かったものではない。

 直接の被害はなかった。しかし雪だるまの着ぐるみが道端で派手に転び、キッチンカーで毒々しい色のドーナツを売っていたトナカイ少女はパニックからの二次被害を恐れたのか、慌ててガスの元栓を閉めている。混乱まではゼロにできない。


「なっ、何が起きたの……?」


 ぜんとしたままインデックスがつぶやいていた。

 かみじようは唇をむ。まずい、という思いがあった。

 まい殿どのほしの時と同じだ。派手な手品。ここで爆発が起きてしまうと、


おか警備員アンチスキルが自分の城まで来る事を予想していた……」

「自分の家に火をけたって事!?」

「それも警備員アンチスキルがやってくるタイミングでな。警備員アンチスキル側に被害ナシ、おかがわだけが家を燃やされて苦しい思いをしている、って事になったら?」


 統括理事と話をした事なんかない。

 だけどそのやり口は途切れ途切れに眺めてきた。

 自分の手を汚したくないゆがんだ潔癖症は、だからこそ安全に勝つため、常にえげつない『盾』を用意してきた。

 そういう目線でこの状況を眺めてみれば、だ。


。街の治安を守る人間にとっては、それが一番効果的だからだ。放っておいたら被害者と加害者の構造が丸ごとひっくり返るぞ。あいつが何もしてない警備員アンチスキルを指差して、十分な証拠もない不当捜査で強行突入された結果危うく殺されかけたとか叫んでみろ、どうなると思う? 何もしてない警備員アンチスキルが世間からふくろだたきにされて捜査は中断、その間に好きなだけ動き回れるおかは自分に不利な証拠を片っ端から消していくぞ!」


 善人が確実にのし上がる方法は、別の善人をたたく事。

 いるかどうか未知数な悪人を捜し回るのではが追い着かない。

 いかにも、であった。まだぶつかる前から強敵の悪辣ぶりが手に取るように分かる話だ。


「けっけど、まい殿どのほしは確かに警備員アンチスキルに引き渡した。あいつのスマートフォンだって立派な証拠になってる、だから警備員アンチスキルはきちんとした手順を踏んでここまでやってきたんでしょ!?」

「だから、殿時間を稼ぎたかったんだろ」


 一秒も待たずにかみじようが即答すると、さしものことも青い顔をして黙り込んだ。

 おかは一人で行動している訳ではない。まい殿どのクラスの戦力をいくつも抱えていて、それを事由に街へ解き放っている。今頃、さかいもうと打ち止めラストオーダーを預けた警備員アンチスキル詰め所の方でも何かが動いているだろう。あそこには第一位がいる。滅多な事では壁が破られる事はないだろうが、滅多な事が絶対起きないとは限らない。


『流れ』を持っていかれてはならない。

 大人のパワーバランスの話は実感できないが、今日、ここで決着をつけなければ取り逃がす。そうなったら後は逆転不能だ。


(……考えろ)


 みする。

 混乱にまれてはならない。今ならまだ取り戻せるはずだ。

 怖がるな。

 思考の段階では自分から自由を狭める必要なんか何もない。ハリウッドスターでも謎の特殊部隊でもい、とにかく縦横無尽に暴れ回る理想の自分で意見を並べろ。

 飛躍の先に答えが眠っている事だってある。

 特に、デタラメな話をテクノロジーで埋め合わせられる、この学園都市では。


(三文芝居でたまたま難を逃れた演出をするなら、それに見合った手順が必要になる。手品で言うなら脱出マジック。時間内に爆発する箱から抜け出すのはいとして、全く関係ない場所にぼけっと突っ立っているだけじゃ観客は満足しないはず……)

「近くにいるぞ……」

「?」

おかのりはこの辺りにいる!! 大勢の観客の前で指を差して警備員アンチスキルを糾弾するのが一番効果的だからだ。自作自演の傷だらけの体をさらして、それを最大の『盾』として攻撃的に突き付けて、お前達の不当な襲撃でこうなったってな!!」


 だとすれば答えは出たようなものだ。

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