第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑯

 被害者と加害者の関係をひっくり返す。そういう風に印象を操って大衆を味方につけて捜査をかくらんするのが狙いだとしたら、無傷の警備員アンチスキルと血まみれのおかのりという構図が欲しいはずだ。つまり自分で自分の体を傷つける必要がある。……ただそれは、素人しろうとの目分量でやってしまって大丈夫なものか? ついうっかりで大量出血なんて話になったら元も子もないし、警備員アンチスキルや医者などは傷を診るプロでもある。自分でつけた演技の傷なんて一発で見抜いてしまうだろう。

 となると今、おかのりが一番欲しいのは。

 じくりと、今さらになって刃物で刺された脇腹の傷が自己主張を始めてきた。

 今は専門的な知識はいらない。ただ実体験から得た考えに従えば良い。

 そう、


「医療機関だ」


 かみじようつぶやいた。

 にんよそおうためにこれと同じ事をしろと言われても、かみじようにはできない。うっかりやり過ぎて太い血管や内臓を傷つけたら最後、その時点で致命傷まっしぐらなのだから。

 怖いに決まっている。

 プロの専門家を頼りたいに決まっている。

 おかは消防や防災のエキスパートらしいが、それは統括理事としての権限の話だ。警察庁長官や警視総監が最強の警察官ではないように、おか自身にしっかりした技術があるかどうかは未知数。仮に確かな技術があったとして、その辺に転がっている汚れた縫い針や釣り糸で自分の傷口と立ち向かいたいなんて思わないはずだ。感染症の問題だってある。ちゆうはんに知識を持っていればおびえるし、そのはんな部分を埋めるためには別の人手を借りるだろう。

 だとしたら、


「自分の体に傷をつけるにしても、感染症の恐れのない清潔な環境で、きちんとした知識を持った医者の手を借りたいはず。。あそこは複合ビルだろ? だったらクリニックとか、急病人の手当てをする医務室とか、あるいは……」


 ビタリと、少年の意識が何かを見据える。

 断言があった。


「あるいは最低でも救急箱!! 駐車場は地下か? 車のドアで指を挟んだりトランクに詰め込むはずだった荷物を足の指に落としたり、意外と細々したも多い場所だ。消火器とかAEDみたいに専門のヤツが備えつけてあってもおかしくない!」


 最後まで叫び終わる前に、かみじようは走り出していた。

 殺菌消毒の面ではやや劣るが、元からある固定の施設職員を金で買収するよりも移動式で現場から消してしまえる携行式の方がのちのちアシはつきにくいのかもしれない。

 下りのスロープを駆け下りて、コンクリートで固められたサッカーグラウンドよりも大きな空間に飛び込んでいく。

 しかし、


「なっ、ないよ?」


 インデックスがあちこち見回しながらそんな風に言った。

 コンクリートの柱の根元には消火器が、側面にはAEDを収めた金属ボックスが取り付けてあるのだが、


「救急箱なんてどこにもないけど。もう持っていっちゃったのかな?」

「……、」


 読みを間違えた?

 信じられないくらいの金持ちなら主治医くらいいつも隣に引き連れているかもしれないし、あるいは統括理事はかみじようたちが思っている以上に追い詰められていて、自分の手で闇雲に傷をつける可能性もゼロとは言えない。

 ただ、ことは真上を見上げてこうつぶやいていた。


「救急箱じゃないかもしれない」

「何だって?」

「屋上はヘリ空母みたいになってるって言ったでしょ! だったらドクターヘリくらいめられるはずよ。モノによっては普通の医務室より装備は充実してるわ!!」


 最初に最上階フロアをくまなく爆破したのはどうして?

 エレベーターの滑車を破壊して使用不能にする事で、警備員アンチスキルの現場到着を遅らせるため。その間にドクターヘリを使って適切に傷をつけ、ヘリそのものは現場から遠ざける。もちろん空港の管制データなどはいじくる形でだ。荒唐無稽なように聞こえるかもしれないが、実際にまい殿どのほしの時だってあれだけ派手にやっていながら、自分が捕まる可能性を考えていなかったのだ。絶対に『その技術』はある。そして七〇階分もの階段を駆け上がってへとへとになった警備員アンチスキルを指差して、おかのりは血まみれのままこう言えば良い。

 なんて事をしてくれたんだ。

 お前達のせいでこのおおだ、と。


「……考えたものだけど、まだ足りない」


 ことつぶやいて、地下駐車場にあったエレベーターの扉を強引に蹴破った。

 いくらボタンを押しても今のままでは永遠にやってこないが、そんな事は関係ない。彼女はエレベーターシャフト、天高くに開いた地獄の口を見上げて好戦的に笑ったのだ。


「学園都市をめているのかしら? その程度の壁ならブチ破れる!!」


 そう。

 彼女は学園都市第三位の超能力者レベル5超電磁砲レールガン。副次的な磁力を使うだけで、高層ビルの壁に張り付くほどの力を発揮するのだから。


     12


 一息だった。

 鉄筋コンクリートの壁よりも、四方を太い鉄骨で囲まれたエレベーターシャフトの方がかえって磁力を使いやすかったのかもしれない。幸い、ワイヤーが千切れて落ちたはずのかごが邪魔する事もなかった。どうやら駐車場の下に、ボイラー室など別の施設があるらしい。

 さかことかみじようやインデックスを抱えたまま、まるでそういう乗り物であるかのように垂直に飛んだ。

 都合七〇階建て。

 実際にかかった時間は、一分もなかっただろう。

 屋上側のエレベーターのドアは破壊する必要はなかった。自作自演の爆発のせいで、ギアボックスごと内側から外側へ大きくめくれ上がっていたからだった。

 そこはヘリポート、で良かったのだろうか。

 地下駐車場とほぼ同じ───つまりサッカーグラウンドに匹敵する───面積は灰色のアスファルトで固められ、素人しろうとにはどんな意味があるのか推測も難しい白線があちこちに走っていた。ことはヘリ空母みたいになっている、と言っていたが、かみじようの見た印象としてはほとんど滑走路だ。

 複数のVTOL機を抱えていると言っていたが、実際には屋上の縁に三機ほど、映画で見るような戦闘機が並んでいる。ただしその足元には四角く区切られた大きな白線の枠組みがあった。あれは空母などで見られる格納庫用のエレベーター、なのだろうか?

 無人で動くと言っていたし、純粋な火力はもちろん怖い。

 ただかみじようたちが真っ先に目を向けるべきは別にあった。

 灰色の軍用品とは別に、純白に塗られた機体があったのだ。テレビの取材なんかで使う四人乗りではなく、もっと大きなヘリコプターがめてある。サイズ感としては、四人乗りが乗用車ならこちらはワンボックスくらいの広さが確保してありそうだ。

 ドクターヘリだった。


さかッ!!」

「大事な証拠品よ、スマートに回収しましょ」


 ばづんっ!! というくぐもった音と共に、メインローターの根元から黒煙が噴き出した。どうやら回転数か何かをいじってエンジンを破損させたらしい。自力で飛べなければ、ヘリをここから消す事はできない。血まみれの医療機器が現場にそのままなら、統括理事の三文芝居は相当質が落ちる。

 かみじようたちは空母の飛行甲板のような屋上を横切って、白いヘリに向かう。

 スライドドアは開いていた。

 相手は笑ってかみじようたちを出迎えた。


「爆破の前に傷をつけておくべきだったかな。不発に終わった時に言い訳ができなくなるので、まず爆発を見届けたかったんだけど」

「アンタがおかのりだな」

「先生くらいはつけたらどうだ。一応これでも統括理事だぞ」

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