第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑰

 ストレッチャーに腰掛けてかたわらの女医に手首を差し出したまま、男は顔をゆがめて笑っていた。

 さんくさいほど小奇麗な顔写真はSNSで見ていたはずだった。

 変な加工や影武者なんかは……使っていなかったのか。

 としで言えば三〇に届くかどうか。実際に直接面と向かってみれば、大人は大人だが、校長先生や教頭先生というよりももっと身近な担任くらいの距離感だ。上等なスーツをまとったその姿も、生まれた時から成功しか知らない青年実業家といったちだった。

 ……ゆがんだ潔癖症にはお似合いでもある。打ち止めラストオーダーまい殿どのの件を知っているからだろうが、とても真正面から慈善やボランティアに没頭する人間とは思えない。

 古い時代の権力者、と言っていたのはことだったはず。

 あるいはすでに失われたものに憧れているクチかも、と。

 苦労を知らない世代。

 老人達が口々に言っていた言葉の意味が、どこかのタイミングで途絶えてしまった。そんな、のちの時代の権力者。

 パリッ、という紫電のはじける音があった。

 さかことの前髪から高圧電流の火花が散っているのだ。


「ともあれ、下手な傷をつけられる前で良かったわ。これでチェックメイトっていうのは自覚してんのよね? たとえ本物の警備員アンチスキルの装備を裏から調達して部屋を爆破していたとしたって、このドクターヘリをおうしゆうされたら自作自演の疑惑を拭えなくなるわよ。使応急手当てをしていたなんて、どんなに記者会見の原稿を調整したって苦し過ぎるでしょ」

「だろうな」


 鼻で笑っていた。


「これで君達を殺さなくてはならない理由ができてしまった。下手にのぞまなければ、こんな目に遭わずに済んだというのに。……まあ、子供の死を押し付けた方が暇な民衆を動かしやすくはあるけど」

「どうやって? こっちは一応第三位よ。真正面から鉛弾撃ち込まれた程度でどうにかなるなんて思っていないわよね」


 質問に、むしろおかはキョトンとしていた。

 ストレッチャーに腰掛けたまま彼は首をかしげて、そして言った。


「例えば、こう」


 グァバッッッ!!!!!! と。

 恐るべき爆発がもう一度、今度はさかこと目がけてピンポイントで襲いかかった。


 とっさの事で、ことは反応できなかったはずだ。

 インデックスが慌ててその腕を両手で引っ張り、かみじようが右のてのひらを大きく突き出していなければ、ここで少女の肉体は原形もとどめずに吹き飛ばされていたかもしれない。

 しかし、何だ?

 今のは何だ!?

 武器らしいものは何も持っていなかった。それでも確かに現象は起きた。


「ッ、下がって!!」


 今度の今度こそ。

 さかことは右手の親指にゲームセンターのコインを乗せた。

 超電磁砲レールガン

 学園都市でも七人しかいない超能力者レベル5、その第三位の代名詞。絶大なローレンツ力を利用して音速の三倍で金属塊を射出するそれを生身の人間に直撃させれば何が起きるかは明白だが、そんな前提さえ少女の頭から飛んでいたのかもしれない。目の前にいるのは、それほどまでに危険な相手であると。

 間違ってはいなかっただろう。

 それでもまだ足りない、という程度の問題さえ発生していなければ。


「AuとCuの間、すなわち経路14に架空の端子を設けよ」


 キィン!! と。

 甲高い耳鳴りと共に、

 一二人のエリートたる統括理事、躊躇ためらいのない分だけ彼の方が一瞬だけ早かった。

 わずか一言、



 キュガッッッ!!!!!! と。

 今度こそ。

 今度の今度こそ、音よりも早く飛来した何かがさかことの魂を打ちのめした。

 消失したのだ。

 一体、音声認識で何を実行したのか。親指の上に乗せ、まさに今絶大な火力となるはずだったゲームセンターのコインが……ばくだいな何かを受けてオレンジ色に溶けたのだ。

 飛来した『何か』はことの頬のすぐ横を突き抜け、空間を焼き焦がしていた。

『何が』飛来したのかは、はたで見ていたはずのかみじようにも捉えられなかった。


(……何が)


 

 


(一体何が起こったんだッ!? 統括理事は、少数で学園都市を管理する『大人達の枠組み』は、こんなレベルで俺達の頭を押さえ付けるテクノロジーを隠し持っているっていうのか!?)

「さて」


 ストレッチャーから影がゆっくりと立ち上がる。今度の今度こそ。手首の高級そうな腕時計を外して傍らに預け、女医から受け取ったジャケットに腕を通していく。

 誰も。

 何もできなかった。

 一歩、怪物が気軽にドクターヘリから降りてくる。

 音声一つで見えざる何かを掌握し、不可侵の何かを引きずり回し。子供の理論を振りかざす未熟なかみじようたちがその暴力によって鼻っ柱を折られるまで、そちらのルールで遊びに付き合ってやると言わんばかりに。

 科学が。

 この男の科学が、見えない。


「……何をした?」


 右手を構えたまま、かみじようあつに取られていた。

 正体不明の攻撃もそうだが、先ほどの一発に関しては。つまり、それが何であれ、おかのりが使っているのは異能の力だ。

 まい殿どのほしはあれだけの力を持っていながら、何故なぜ闇の中でもがいていたのか。

 分かってきた気がした。少なくともおかのりは、飼い犬に手をまれる程度の実力の持ち主ではない。こいつなら力業で超能力者レベル5の頭を押さえ付けて鎖でつなぐ事すら可能なはずだ!

 若き統括理事は肩をすくめて、


「自分は平気な顔して殴りかかってくるのに、こちらには一切抵抗をするなって?」

「アンタ一体何をした!? !!」


 学園都市の怪物は、大きく分けて二つに分類される。

 一つ目は一方通行アクセラレータさかことのような高い能力を自在に振りかざす子供達。

 二つ目は外の世界より三〇年以上進んでいると言われる科学技術を軍事転用した次世代兵器で身を固めた大人達。

 だがこいつは違う。おかのりはそのどちらでもない!?


「簡単な話だよ」


 両腕を緩く広げて、むしろ相対する敵を歓迎するような格好でおかささやく。

 そう、


。AuとCuの間、すなわち経路14に架空の端子を設けよ」

「ッ!?」


 ごう!! とくうから生み出されたばくだいな炎がその右手で渦を巻いて集約される。

 能力、


「……じゃないッ!?」

。HgとAgの間、すなわち経路20に架空の端子を設けよ」


 今度は左手。一体どれほどの水を凝縮して圧力を高めているのか、ぎぢぎぢみぢみぢと古いロープがきしむような音すら響かせて、水の塊がてのひらの辺りに集まっていく。

 まずい。

 何だか知らないが、あれはまずい!!

 そしておかのりは気軽に動いた。右と左。双方の手を胸の前で軽く合わせたのだ。まるで聴衆の注目を集めるため、一回だけてのひらたたくように。

 宣告があった。


「両者は異なるが本質においては等号である。すなわちここに新たな解を導くための合成を実行せよ」


 それだけで。

 恐るべき水蒸気爆発がさくれつし、三秒でとりにくを真っ白にでる蒸気が屋上一帯を埋め尽くす。

刊行シリーズ

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