第三章 黒い陰謀と障壁の消失 Enemy _Use_XXX. ⑱

 屋上の縁にめてあったVTOL戦闘機がギシギシときしんだ音を立て、ついさっきまでおか自身が乗り込んでいたドクターヘリが衝撃に耐えられずに横転していく。おそらくは一〇〇度の壁など数倍単位でとっくに超えている。生身の人間が準備もなく接触すれば、スチームオーブンに生きたまま放り込まれるのと同じ目に遭う。


。PbとFeの間、すなわち経路8に架空の端子を設けよ」


 清浄な風が渦を巻き、爆発を生み出したおかのりだけが涼しい顔をしてその場に立っていた。

 いいや、


「……なるほど。これが聞きしに勝る幻想殺しイマジンブレイカーか」

「ッ!!」


 二人の少女達を守るように右手をかざしながら、かみじようみしていた。

 規格外だ。

 大人が能力を使っているだけでもルール違反なのに、さらに火、水、風と系統の違う超常現象を立て続けに振りかざしてきた。能力は一人に一つが基本にして絶対。ならヤツはそのかせも『ついで』に破って、理論上不可能とされた多重能力デユアルスキルにでも目覚めているとでも言うのか!? あまりにも絶大な力を、自らの音声認識で切り分けてでもッ!!


「そんなに驚くような話かな」


 あっさりと、だった。

 踏み越えた者は小さく笑ってささやく。


「ただの最小衝突理論だよ」

「っ?」

「例えば窒素原子に強いアルファ線を当てれば陽子の数が崩れる。結果として生じるのは水素と酸素、まったく別個の元素だ。目に見える現象を操る程度、わざわざ『自分だけの現実パーソナルリアリテイ』に頼るまでもないんだよ」


 ならこれは科学の産物なのか。

 まだ、はんちゆうから出ていない?

 かみじようの頭はいよいよ混乱していくが、


「世界はいかに複雑であっても、切り詰めて考えていけば簡略化される。素粒子がいくつかの粒でしかないように。光が波と粒子の二局面しかないように。私はただ、その切り取り方を変える事で万物の組成から違った面を取り出しているに過ぎない。最小衝突理論を使ってな」

(いいや……)


 説明ができているようで、できていない。

 窒素の話と先ほど見た現象が、つながっていないのだ。無理に大きな箱の中に詰め込んではいるが、この分別方法は果たして本当に合っているのか?

 何か、別のものを間違った箱に詰め込んではいないだろうか。

 そもそも学園都市の超能力は目の前の光景に対し『自分の頭にしかない価値観』を通す事で、無理矢理に現実をズラす観測技術だ。

 一見すれば何でもアリのように聞こえるが、フィルターは一つだけ。だから火を操る能力者に水のフィルターはないし、水を操る能力者に風のフィルターはない。無理して二つを同時にそろえようとすれば、どっちつかずになって『ズレ』の幅は小さくなってしまい、まともな能力は発現しなくなる。

 そんな、音声認識如きで一回一回とっかえひっかえできるようなものではないのだ。三つ子の魂百までと言うように、『自分だけの現実パーソナルリアリテイ』はいつまでもついて回る。心を持つ当人さえも掌握できず、伸び悩む子供達だって多い。たとえ精神系最強の第五位だって、ここを自由に付け替える事はできないだろう。もしそうなら、彼女はもっと別の異名で呼ばれているはずだ。何しろそれに成功した時点で精神系一つにこだわる必要がなくなるのだから。

 つまり、


「……お前は、『自分だけの現実パーソナルリアリテイ』を使っていない?」

「何度もそう言っている」

「そういう意味じゃなくてっ! お前が自分で作った『箱』の話はどうでもい!!」


 箱は明らかに間違えている。

 でもその箱に入っているのは……超能力でも、ない?

 子供にしか使えないはずの超常を、大人が自由に使っている。一人に一つしか使えないはずの縛りも無視して、あらゆる系統を自在に振り回している。

 では、なかったのか。

 そもそも学園都市製の超能力ではなかった。だとすれば大人だの複数系統だのの制約は確かになくなる。だが、だとすれば。元素を切り分けて火や水を望み通りに操るというこの考え方は。

 最小衝突理論。

 そんな間違ったラベルの箱に突っ込んでしまったモノの正体は。


「すい、へー、りー、べー」


 声があった。ここまで状況が入り組めば、門外漢となってしまうはずの少女。白いシスター。それもまた、街に流れる雑多な何かを聞き取ってしまっただけか。

 だが、


「Au、Cu、Hg、Ag、Pb、Fe……」


 そんなさいなところからでも、結合する。

 あらゆる魔道書を網羅した少女のえいと。


「金は太陽、銅は金星、水銀は水星、銀は月。ううん、これは金属を操るプロセスじゃない。六、七、八、九、三、五。一〇のセフィラに当てはめて、それらを結ぶ二二のチャネルに触れ、の操作に挑んでいる……?」


 頭が空白で埋まるかと思った。

 でも、確かに。

 それなら、数々の異常事態に納得がいくのだ。大人であるはずのおかが超常現象を振りかざしているのも、学園都市の序列を無視してさかことを圧倒しているのも。

 ただ、分かっていても禁忌のはずだ。

 この街に暮らす人間が、それに触れて良いはずがない。

 かみじようには見えないところで、そういうルールが敷いてあったはずだ。ただし取り決めを作っていたアレイスター=クロウリーもローラ=スチュアートも、今となってはいなくなってしまったが。

 まさか。

 まさか。

 まさか。


使!?」


     13


 状況は最悪だった。

 だけどかみじようとうにも退けない理由があった。

 ここに来る前。

 確かに交わした言葉があったのだ。



『……あのね、ミサカのお話を聞いてくれる?』



 荒唐無稽な話だった。

 現実として目の前にクローン人間の少女がいる。彼女達が関わった、二万人もの生命が殺されようとしていた『実験』を知っていきどおり、命懸けで食い止めた事も。それでもかみじようとうにとって、学園都市の『暗部』とはわずかにへんりんのぞむ程度のものであり、具体的な実感の伴う世界の話ではなかった。

 それを、潰す。

 全部なくすと言われても。



『ミサカのお願いを聞いてくれる?』



 しかし本当の意味で重要なのは、実はそこではなかったのかもしれない。

 さらわれて、意識を失い、手足にはまざまざと拘束時につけられた青あざを残す一人の少女。そんな打ち止めラストオーダーが自分の肌をさすり、おびえ、泣き喚くよりも先にこう言ったのだ。

 だから、ここに二択は必要ない。

 選択肢は一つあれば良い。



『あの人を助けるために戦ってくれる? ってミサカはミサカはお願いしてみる!』



 何が救いになるかなんて、かみじようには分からない。

 ここで一二人しかいないクソ野郎、統括理事に勝ったとしたって、一方通行アクセラレータは自分の意思でてつごうの中に入るだけだ。控えめに言って、それは正しいかもしれないけど幸せな人生ではないはずだ。もしも一人でも本気で止める人がいたならば、そういった選択はしなくても良いのではないか。かみじようはそんな風にさえ思ってしまう。

 けど。

 だけど。

 答えが分からないのなら安易に否定してもならないと彼は思っていた。これは一人の人間が自分で見つけ出した道であって、その小さな芽は簡単に潰してはならないと。あるいは誰かが引き止めればそこでおもとどまったかもしれない。だけど止めてしまう事で、寸断されてしまう未来もある。

 簡単な道には進まないという覚悟は受け取った。

 ならば例外はナシだ。

 かみじようとインデックスには彼らの道があるように、一方通行アクセラレータ打ち止めラストオーダーにだって彼らの道があるのだろうから。

 それに、簡単ではないだろうが難しく考える必要もない。

 ただ目の前にてんびんを一つ置いてみれば良い。

 ここで一回だけ勇気を出して、残りの人生は胸を張って生きていくか。あるいは、ここで一回だけ安全を取って、残りの人生は背中を丸めて生きていくか。

 どっちがい?

 決まっていた。


『その、まあ、何だ。うーん、じゃあこうしようぜ』


 だから少年は笑って言った。

 ここで笑える誰かになりたいと、そう思ったから。



『今から黒幕んトコ行って全部ぶっ潰してくるから、結果を待ってろ』



 その口で言った約束をたがえるな。

 強大な権力に具体的な武力があれば、あらゆるルールを踏みつけにできる。

 だけど本当に本物の人間の強さは、そんな所では決まらない。

 今なら、つなげられる。

 一人の人間が自分で決めた『道』を。ただの少年の意地一つで。





守り抜け。

学園都市第一位の超能力者レベル5、なおかつ新統括理事長。

一方通行アクセラレータつむいだ、その夢を。








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