第四章 異世界交流、その始点 “R&C OCCULTICS Co.” ④

「もっと早く避難していれば、もっと日頃から警戒していれば、消防に迷惑を掛けず僕達私達の税金が無駄に使われる事もなかった。そんな風に、助かった人達は顔も名前も知らない赤の他人からねちねちねちねち糾弾された。……できる訳ない。あれは誰にも予見できない災害だったし、一〇〇人遭遇していたら一〇〇人が専門家に助けを求める事態だった!! そんなのプロの私が証明する!! なのにみんな耐えられなかったんだ。負うべき必要のない責任に押し潰されていった。私達がこの命を懸けて助けたはずの人達はしようすいしていって、やがては『失踪』していった! そのままの意味じゃないのは分かるよな? 四方を壁に囲まれ無数のレンズで埋め尽くされたこの学園都市で、どうやったら人間は消えられる!?」


 本当に醜いのは、表か裏か。

 あるいはその中間か。そもそも境目なんかどこにもないのか。


『暗部』という言葉は、かみじようも時々耳にする事があった。幸いにして、彼自身が直接まれる機会はそうなかったが。

 だけどおかの告げるそれは、今までの印象をくつがえすようであった。

 元来、闇はただ恐れるために存在するのではなく、人を優しく包み込んで安寧と眠りをもたらすためにある不可欠なもの。全てが情報化され周囲を壁に囲まれているため物理的に行方をくらます事もできない。そんないびつな街にとってはなおさら必要な存在だった。


「暗闇が必要だったんだ、逃げ場のないこの街には!! 誰の目も届かない、心と体の傷をゆっくりと癒やしてもう一度復帰するための暗い領域が。全部が全部なんて言わない。『暗部』が学園都市を支配するなんて話に興味はない。それでも、それでもだ!! こんなよどみの中でしか安心を得られない人達だって確かにいたんだよ!!」

『あの』アレイスターが設計した街なのだ。

 無駄で無為で無価値で無意味な領域が、あそこまでの規模で無秩序に広がるのもおかしな話だった。

 身分のせんかかわらず傷ついた全ての人を包み込む優しい静寂。しつけに全てを明るみに出そうとする強烈な人工の光から弱き者の心を守るヴェール。すなわち、。それをしき研究のかくみのとして使い始めた者達がいたのが、そもそもの間違いだったのか。

 何の落ち度もない打ち止めラストオーダーを狙い、追い詰められたまい殿どのほしの背中を押して、自分自身は決して手を汚そうとしなかった……ゆがんだ潔癖症。

 だけど、考えてみれば当たり前だった。

 誰にだって譲れないものの一つくらいはあったのだ。

 その男には元々、戦う手段なんてなかった。

 どれだけ鍛えたところで、必要と感じない技術を学ぶ機会はなかったから。彼はただ炎や煙の向こうで助けを求める声があったら、水面に沈もうとしている細い手が一本見えたら、それだけでどこにだって迷わず飛び込む事ができた。そんな自分を形作るために己の心身をギリギリまで鍛え上げてきた。

 でも、だからこそ彼は人の悪意をける方法を知らなかった。

 それで多くのものを失って。

 泣いて、嘆いて、怒り狂って。

 変わろうと思って、これまでとは違う方向にかじを切って、実際にこの街にのさばる悪意を食い千切り己の糧とするほどの何かに化けた。

 そこまでしても守りたかった、日陰の聖域。

 そんなものさえおびやかされて、一人の男はさらなる力へ手を伸ばしてしまった。


「だから私は守る」


 断言だった。

 この街の頂点グループに立つ統括理事。堂々たる一角が確かに宣言したのだ。


まばゆい光の当たらない、優しい暗闇で満ちた寝室を。不意の爆音で飛び起きる心配のない、静かなゆりかごを。ここまで落ちてきた者が、ここで引っかかって助かる事のできるセーフティネットを!! 小さな一角があれば良い。本当にこんな世界から消えてなくなりたいとまで思い悩む人達が、ゆっくりと時間をかけて己を見つめ直せる場所さえあれば。そんな『暗部』を守るためならば、私はいくらでも禁忌を犯す。科学などという言葉とは程遠い、悪鬼になっても構わないッ!!」


 そういう話があった。

 そういう風に『暗部』を見ている人がいた。

 真正面から言葉を受けて。

 かみじようとうには、その苦悩の一割だって実感を伴って理解してあげる事はできなかっただろう。一度は助けたはずの人達がのちのちになって次々と泥沼に沈められていくなんて、そんなどうしようもない苦悩はもはや想像の範囲を超えている。

 だけど。

 それでもだ。

 かみじようとうは目をらさなかった。そのまま言った。


「ふざけるんじゃねえよ」


 やはり、断言。

 ここまでの事情があるのだ。それをめて潰す側が、人に尋ねて迷いながらでは礼儀に反する。

 自分の言葉で、自分の行動で。

 かみじようとうおかのりに立ち向かわなくてはならない時がきた。


「……アンタ自分で言ったな、悪鬼になってもって」

「……、」

「つまり最初から分かっていた訳だ。悲劇をなくすって言いながら、自分自身は例外だって! 『暗部』を守るために打ち止めラストオーダーは犠牲になって、まい殿どのみたいな人間がずっともがいて苦しめられていく事も織り込み済みだって!! そんなの、何にも変わらねえよ。アンタは『暗部』をコントロールしているように思っているかもしれないけどさ、きっとじゃないんだ!! 振り回されているんだよ、すでに!! アンタ自身も悲劇を生み出す側に転落しているのがその証拠じゃねえかッッッ!!!!!!」


 本当に本当の『暗部』がどういったものか、かみじようには分からない。

 ひょっとしたらそれは、あの白い第一位の方が詳しいのかもしれない。

 だけどここにいるのはかみじようとうだ。

 彼が立ち向かわなくてはならない。不幸不幸と言っているが、かみじようはまだ幸運だった。『暗部』に染まらずに済んだ少年だからこそ、外から眺められる異変があったのだから!!


「……今日、『暗部』はなくなるかもしれない」


 見据えろ。

 睨み返せ。

 自分自身の疑問を信じろ。こんなのはスケールの大小で結論が変わる話じゃない。ここまで一体何を見てきた? 統括理事・おかのりの結論が正しかったなんて、そんな言い分なんか絶対に認めるな。


「だとしたら統括理事のアンタがするべきは、『暗部』にしがみつく事なんかじゃない。『暗部』がなくてもみんなを守れる学園都市を作り直す事だったはずだ!! だって、アンタの言っている事には根本的な解決がない。どう考えたって話の中心は『暗部』の存続なんかじゃない! 炎や煙の中から助けられた人達が、苦しめられた分だけ幸せになれる世の中を作るところにあった!! 俺みたいなガキにとっては夢物語であったとしても、実際に統括理事まで上り詰めたアンタにならできたかもしれなかった!! 違うのかよ!?」


 少年には金や権力なんかない。

 こんな怪物、そもそも立ち向かえているように見えているのがもうおかしいのかもしれない。

 だけど、


「逃げるなよ、おか


 一対一だ。

 街に住むだけのちっぽけな少年が、支配者たる統括理事に牙をく。

 ここはそうしてやらないと、絶対にダメだ。そう分かっていたから。


「アンタは暴力になんか逃げちゃいけなかった。まして魔術なんて反則にすがっちゃならなかったんだ、絶対に。本当に必要だったのは、暴力くらいしかカードがない、こんなクソガキにはできない地道な努力だった。何のドラマにもしようがない、だけど確実な一歩一歩の積み重ねだったはずなんだ! そうすりゃ違った形になっていた。大人のバランス、見えない力? アンタがその気になれば全部見えるようにできたろ!! 落ちてきた人達を拾い上げるにせよ、これ以上下に落ちないように受け止めるにしても、こんな形のにはならなかったはずなんだ!!」


 そうか、とおかつぶやいた。

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