神裂火織編
第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ②
エーラソーンは魔術的な
とっさに自分の背中へ意識が向いた。
しかし手を伸ばしても、そこには何の感触もなかった。
ハッタリ。
エーラソーンは
死角から死角へと隠れながら移動しているのか、それとも何らかの特殊な移動手段を使う瞬間を
「くそ……」
人の身動きを封じる専門家は、そこから抜ける事も得意としているのかもしれない。
2
『捜査の依頼内容を説明させていただきます』
と、ジーンズ専門の小さな古着屋で、レジカウンターに肘をついて退屈そうな顔をしていた二〇代の男の店主は、カウンターに広げられた羊皮紙から顔を上げた。パルプすら使っていない中世の頃の古い紙からは、何やらひとりでに光が放たれ、小さな3D地図みたいなものが浮かび上がっている訳だが、店主が気にしている様子は全くない。
くっだらなさそうな表情の若い店主は、
「……で?」
「いやそのええと、で、と言われちゃってもですね。私も別に好きでやっている訳じゃなくて、イギリス
「おいおい、ツアーガイドさんよ」
ジーンズショップの店主はカウンターに置かれた羊皮紙を人差し指でカツカツと
「ここがどこだか分かってる? 俺の職業何だか分かってる? やめてよー。確かにロンドンってのは女の子に声をかければ、一〇〇人に一人ぐらいは魔術師だったりするような街だけどさ、連中のいざこざなんて知った事じゃないんだって。まして『
「あれー? ここの店主さんって魔術師・
「……ねえ何そのステキな二面性? 人をドラマや映画に出てくるくだらん暗殺者みたいに言わないでくれないか。それだとジーンズ売ってる方が
はー、とツアーガイドの少女はやる気のない調子で
「……本職だったんですか? あんまり売れているようには見えないんですけど」
「店主の目の前でそれを言うかね。しかし実は本当に売れているのだよ。この前インターネットの通販サイトを開設してだな。日本の女子中学生とかからも注文が来ているんだぜ。英文法が怪しすぎて何を注文したいのか理解するのに時間がかかったがな」
日本語でそのままメールしてくれた方が楽なのにな、と店主は
店主はモバイルで注文状況を確認しているらしく、ツアーガイドにチラリと見せた画面には、例の中学生と
どうやら本当に商売しているらしい。
ツアーガイドはその事に本気で驚いていたが、これ以上その感想にこだわりすぎると店主の機嫌を損ねるかもしれない、と判断する。
そこらの学校の教室の半分にも満たないほど小さな空間の至る所にスチール製のパイプが走っていて、そこからハンガーで各種のジーンズが
と、今まで
ロンドンでは珍しい、黒髪の東洋人だ。
ポニーテールに束ねた髪は、それでも腰まで届いていた。格好は半袖のTシャツを腹の所で絞るように縛ったものと、片足だけ
先ほどツアーガイドの話に出てきた魔術師・
「私としてもパートナー扱いは不本意ですが、上の決定ですから仕方がありません。文句があるなら上に直接掛け合ってください」
「オメーみたいな『聖人』を投入する規模の作戦なんだろ? ヤベーのは目に見えてんじゃねえか。どうしてそんなトコに民間人の古着屋さんを引きずり込むかね」
「ですから、文句は上に掛け合ってください」
「どこだよ上って。っつーか、どうせ本気で掛け合おうとしても、部外者が
「分かっているなら駄々をこねていないで、迅速に協力してください。……そうですね。仮に仕事が成功したら、通常報酬の他に、そこのショーケースの中にある、馬鹿高いだけでいかにも売れなさそうなジーンズを一着買ってあげますから」
「やだ。オメーにはもう売ってやんないって決めてんだ」
「
理不尽な扱いを受けて叫ぶ
「オメーはそうやって、すぐジーンズをジョキジョキ切っちまうからもう売らない」
「うっ、おかしいですか? これは術式の構成上必要なデザインなんですが。……そっ、それに、
「ハカマが着たいんならそれをジーンズに求めるなよっ!! いいか、俺はストーンウォッシュとかカットジーンズなんてもんが世界で一番嫌いなんだっ!!」
「一番なのに二つありますが」
「そういう減らず口も大嫌いだ」
店主はぷいと顔を横に向け、
「長い間着こなしている内に、自然に
そんなものですか、とションボリする
一方、相変わらずジーンズの価値などサッパリなツアーガイドは、Tシャツを盛り上げる
「歩んできた歴史の道のりで決まる……。そっか、つまりブルセラみたいなもんですね」
「ぶっ殺すぞオメーッ!!」