神裂火織編
第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ③
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ロンドンの中心部からやや外れた所に、帽子やコート、靴、カバン、ベルト、その他ありとあらゆる革製品を取り扱う店舗が集まる職人街がある。一つ一つの店舗はファストフード店よりも小さいが、その半数近くが
黒くて丸い、紳士の革靴のような小さな自動車の助手席に座るツアーガイドが、運転席でハンドルを握るジーンズショップの店主に質問する。
「店主さんは、この一角には憧れないんですか?」
「俺は革製品には興味ないの」
見た目は二〇世紀初めのクラシックカー、でも中身はエコロジーな電気自動車を操る店主は、ルームミラーにチラリと視線を投げる。
店主は後部座席の
「にしても、その
「作戦指示書にもありましたが、エーラソーンは
「おいおい」
店主は
「昨日も直接やり合ったんだろ。もう決まりじゃねえか。
すると、ツアーガイドは手帳をパラパラとめくり、
「一応、エーラソーンの個人的な思想は人を殺さずに事を収めるための手法の確立らしいですけどねえ。犯人が下手に暴れなければ、こちらも命を奪う必要性がなくなる訳ですし」
「あのふざけた強度で? 廃車をスクラップにするための大道具ですって言われた方が、まだ説得力があるぞ。とにかく、エーラソーンは自発的に消えた。しかも、何かよからぬ事を企てている。そういう方向じゃねえの?」
「
「何者かに操られている可能性もありますし、人質などを取られている可能性も否定はできません。先入観は捨てて、全ての可能性を考慮しましょう」
真面目くさった顔で答える
「な、何ですか?」
「いや、書類上の建前としちゃ十分じゃねえのか」
店主は笑みを崩さずに言う。
「本音としちゃ、突然妙な動きを始めた赤の他人エーラソーンの
「……、」
「あのー、心温まるボランティア精神たっぷりのシーンをぶち壊すようであれなんですけど、ちょっと現場に着く前に耳に入れておいていただきたい情報がありまして」
「何だよ?」
「ええと、例のエーラソーンなんですが……。どうも、自作した
「……心温まる展開にはなりそうにねえな。ぶっちゃけ、もう帰りてえ」
「現場はすぐそこですよ」
「ここまで来たからには、何かを
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小さな家だった。
仕事場としても使っているのなら、居住スペースはさらに狭いはずだ。あるいは、エーラソーンという職人には仕事とプライベートの区別がなく、自分の周りには常に仕事がないと逆に気が休まらない人間なのだろうか。
「くそ、駐車できるようなスペースがねえな」
「家の前に
「最近の駐禁は
とはいえ、職人街の通り全体が似たような感じで、時間ごとの駐車場などがある様子もない。仕方がないのでエーラソーンの自宅前の路肩に
車を降りた
「オーブンにこびりついた焦げから暖炉の中の灰まで
後からやってきた店主が、うんざりした調子で
「優れた皆様がすでに頑張っているじゃねえか。俺達にやる事なんてあるのか?」
「こちらへ」
と案内したのは、ツアーガイドの少女の方だった。
エーラソーンの邸宅は二階建てだったが、さらに屋根裏部屋があるようだった。簡素な
「まさか、例の実験台の女の子が閉じ込められているとかって言うんじゃないだろうな?」
「そこまでヘビーじゃないですけど、ちょっと覚悟はしてください」
三人は
意外に広い空間だった。他の部屋は決められた空間を壁で仕切っているのに対し、この屋根裏部屋には内壁がないからだろう。ただし、あまり
一応採光用の窓はあり、ある程度の光は差し込んでいた。
そして、その光に照らし出されていたものは……、
「クソッたれ。さっきから変な匂いがすると思ったら、革の匂いか」
「革製品を手入れするための油の匂いかもしれませんね」
「どっちにしても同じ事だ。ちくしょう、ボンデージの宝庫じゃねえか」
感じとしては、店主が営んでいるジーンズショップと似たようなものかもしれない。ある一定の空間を最大限に利用するため、天井近くの高さに鉄パイプが張り巡らせてあり、そこにハンガーで様々な『服』が引っ掛けてあった。
ただし、ここにあるのは年代物のジーンズではなく、最先端の魔術記号を盛り込み、装着者の自由を物理的・魔術的に封じる
赤や黒の革製品を眺め、
「こんな所に招待して、私達に何をしろと?」
「ここにあるのは少女を使った『実験』を行う前の品だそうです。さらに、イギリス
「……趣味の一品だっつーのか?」
「そこまでは判明していませんが、ここの
ツアーガイドは軽く肩をすくめて、
「
「いえ。ここは私よりも、あなたの領分じゃないですか?」