神裂火織編

第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ③


 ロンドンの中心部からやや外れた所に、帽子やコート、靴、カバン、ベルト、その他ありとあらゆる革製品を取り扱う店舗が集まる職人街がある。一つ一つの店舗はファストフード店よりも小さいが、その半数近くがおうしつようたしの認定を受けた、服飾関係の業界人からはひそかに憧れられているエリアだった。

 こうそくしよくにんエーラソーンの自宅も、その職人街にあるらしい。

 しつそうした職人の足取りを追うため、かんざきや店主はまずその自宅から捜索する事にしたのだ。

 黒くて丸い、紳士の革靴のような小さな自動車の助手席に座るツアーガイドが、運転席でハンドルを握るジーンズショップの店主に質問する。


「店主さんは、この一角には憧れないんですか?」

「俺は革製品には興味ないの」


 見た目は二〇世紀初めのクラシックカー、でも中身はエコロジーな電気自動車を操る店主は、ルームミラーにチラリと視線を投げる。

 かんざきは多少居心地の悪さを感じているようだった。理由は腰に提げている刀がないからだろう。彼女のしちてんしちとうは二メートル級の得物だ。こんな小さな車には収まらないので、サーフボードのケースに収めて車の屋根に載せてある。……クラシックカーの見た目とサーフボードは全く似合わないが、後部座席から運転席まで刀が貫いているよりはマシだろう。

 店主は後部座席のかんざきに言う。


「にしても、そのしつそうしたこうそくしよくにん……何だっけ? エーラソーン? なんか話を聞いた限りだと、俺と同い年ぐらいのおっさんなんだろ。としして家出したオヤジの捜索なんて、真面目にやる気あんのかよ?」

「作戦指示書にもありましたが、エーラソーンはロンドンとうを始め、凶悪な魔術師のこうそくせつに関する機密情報を多く持っていますからね。自発的に消えたにしろ第三者に誘拐されたにしろ、その情報が外部へれる事はなんとしても避けなければいけません」

「おいおい」


 店主はあきれたように告げる。


「昨日も直接やり合ったんだろ。もう決まりじゃねえか。かんざきの交戦記録は見たけどよ、あいつが取り扱ってたれいそう……こうそくの質ははんじゃなかったぞ。人を縛るなんて次元じゃねえ。ありゃあ、そのまま骨格ごと粉砕しちまうレベルだ」


 すると、ツアーガイドは手帳をパラパラとめくり、


「一応、エーラソーンの個人的な思想は人を殺さずに事を収めるための手法の確立らしいですけどねえ。犯人が下手に暴れなければ、こちらも命を奪う必要性がなくなる訳ですし」

「あのふざけた強度で? 廃車をスクラップにするための大道具ですって言われた方が、まだ説得力があるぞ。とにかく、エーラソーンは自発的に消えた。しかも、何かよからぬ事を企てている。そういう方向じゃねえの?」

にせものかもしれません」


 かんざきは即答する。


「何者かに操られている可能性もありますし、人質などを取られている可能性も否定はできません。先入観は捨てて、全ての可能性を考慮しましょう」


 真面目くさった顔で答えるかんざきの顔を見て、店主は思わず笑ってしまった。


「な、何ですか?」

「いや、書類上の建前としちゃ十分じゃねえのか」


 店主は笑みを崩さずに言う。


「本音としちゃ、突然妙な動きを始めた赤の他人エーラソーンのあんが気になるって感じか? オメーは相変わらず、顔も名前も知らねえヤツのために戦える人間なんだな」

「……、」


 かんざきは調子が狂ったように黙って顔を窓の方へ向けたが、そこでツアーガイドの少女が申し訳なさそうによこやりを入れてきた。


「あのー、心温まるボランティア精神たっぷりのシーンをぶち壊すようであれなんですけど、ちょっと現場に着く前に耳に入れておいていただきたい情報がありまして」

「何だよ?」

「ええと、例のエーラソーンなんですが……。どうも、自作したこうそくの耐久試験用に、民間人の女の子を用意して『実験』していたみたいなんです。エーラソーンのしつそうに一番早く気づいたのは、毎度の『実験』のために彼の邸宅へやってきていた女の子らしくて……」

「……心温まる展開にはなりそうにねえな。ぶっちゃけ、もう帰りてえ」

「現場はすぐそこですよ」


 かんざきが後部座席から前方を指差しつつ、そんな事を言う。


「ここまで来たからには、何かをつかんでから帰りましょう」



 小さな家だった。

 仕事場としても使っているのなら、居住スペースはさらに狭いはずだ。あるいは、エーラソーンという職人には仕事とプライベートの区別がなく、自分の周りには常に仕事がないと逆に気が休まらない人間なのだろうか。


「くそ、駐車できるようなスペースがねえな」

「家の前にめちゃえば良いんじゃないですか?」

「最近の駐禁はこええの。ヤツら、この前の治安強化用の予算案が通らなかった腹いせに、駐禁メチャクチャ強化して足りない予算を補おうとしてやがんだよ」


 とはいえ、職人街の通り全体が似たような感じで、時間ごとの駐車場などがある様子もない。仕方がないのでエーラソーンの自宅前の路肩にめる店主。

 車を降りたかんざきが正面からエーラソーンの自宅に入ると、すでに調査活動を始めていた『』の同僚達数人が、軽くしやくしてきた。彼らは警察の鑑識同様、この邸宅に残されたわずかな痕跡を探し出そうとしているのだ。


「オーブンにこびりついた焦げから暖炉の中の灰まであさってやがる」


 後からやってきた店主が、うんざりした調子でつぶやいた。


「優れた皆様がすでに頑張っているじゃねえか。俺達にやる事なんてあるのか?」

「こちらへ」


 と案内したのは、ツアーガイドの少女の方だった。

 エーラソーンの邸宅は二階建てだったが、さらに屋根裏部屋があるようだった。簡素なはしが掛けられた先……天井の四角い穴の向こうに広がる暗い闇を見上げ、店主が嫌そうな顔になる。


「まさか、例の実験台の女の子が閉じ込められているとかって言うんじゃないだろうな?」

「そこまでヘビーじゃないですけど、ちょっと覚悟はしてください」


 三人ははしを使って屋根裏部屋に入る。

 意外に広い空間だった。他の部屋は決められた空間を壁で仕切っているのに対し、この屋根裏部屋には内壁がないからだろう。ただし、あまりい居住空間とも言えない。空間自体は広いのに、空気がよどんでいて居心地が悪い。

 一応採光用の窓はあり、ある程度の光は差し込んでいた。

 そして、その光に照らし出されていたものは……、


「クソッたれ。さっきから変な匂いがすると思ったら、革の匂いか」

「革製品を手入れするための油の匂いかもしれませんね」

「どっちにしても同じ事だ。ちくしょう、ボンデージの宝庫じゃねえか」


 感じとしては、店主が営んでいるジーンズショップと似たようなものかもしれない。ある一定の空間を最大限に利用するため、天井近くの高さに鉄パイプが張り巡らせてあり、そこにハンガーで様々な『服』が引っ掛けてあった。

 ただし、ここにあるのは年代物のジーンズではなく、最先端の魔術記号を盛り込み、装着者の自由を物理的・魔術的に封じるこうそくだった。短いベルトを巻いて作った簡単(に見える)なかせから、長いブーツを左右くっつけたようなもの、ダイバースーツのように全身をおおうものまで各種不気味なほどにそろっていた。

 赤や黒の革製品を眺め、かんざきはツアーガイドの少女に質問した。


「こんな所に招待して、私達に何をしろと?」

「ここにあるのは少女を使った『実験』を行う前の品だそうです。さらに、イギリスせいきようを始めとした『顧客』からの注文書には存在しない商品なんです」

「……趣味の一品だっつーのか?」

「そこまでは判明していませんが、ここのこうそくだけ切り離されている印象がありましたので。服飾関係のスペシャリストに意見を伺おうという訳です」


 ツアーガイドは軽く肩をすくめて、


かんざきさんは、日用品に込められた魔術的記号を組み合わせて術式を形成するプロで、その服装もそれなりの『意味』を構築しているでしょう? このこうそくに込められた魔術的な記号を洗う事で、何かそれっぽい手掛かりが見つかるといんですけど」

「いえ。ここは私よりも、あなたの領分じゃないですか?」


 かんざきは軽い調子で店主に投げた。

刊行シリーズ

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とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
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