神裂火織編
第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ⑤
「たとえ億万長者になったって、世紀の大発見をしたって、至高の芸術品を作り上げたとしたって、そこに生きがいがなければどうしようもない。……ま、そんな人間になった事はないから、ただの想像だけど。でも分かるよ。私は生きがいを求めていた。多分それが、エーラソーンさんだったんだと思う」
「ですが、それが
「あはは。それはもうちょっと後。何度も施設を脱走して深夜の街をうろつく危なっかしい私は、結局、エーラソーンさんに預けられる事になった。彼は児童福祉施設に身分を提示して、特別な許可をもらっていたみたいね。全て幼い私の
ここまでの話を聞くと、エーラソーンは偶然人身売買の魔手から少女を救い、以降はその
「同じだよ。生きがいの問題。そしてエーラソーンさんは気づいていた」
セアチェルはやや意味不明な事を言った。
彼女自身もその事に気づいたのだろう、補足するように言葉を重ねる。
「誓って言うけど、エーラソーンさんは
「では、どうして……?」
「言ったでしょう。エーラソーンさんは気づいていたって。さっきの話を聞いて、おかしいって思わなかった? 何度も何度も何度も何度も施設を脱走したって言ったけど、施設の人達だって馬鹿じゃないもの。最初の一回はともかく、そうそう簡単に続けて脱走できると思う? エーラソーンさんって、
「……、」
「お互いは対極。そしてエーラソーンさんは、私が生きがいを求めている事も知っていた。多分、ここで拒否すれば『生きがい』を求める私は、この家を抜け出して再びどこかへ脱走してしまう事もね。……私を安全に
とはいえ、魔術の基礎も学んでいない
かと言って、突っぱねる訳にもいかない。そんな事をすれば、セアチェルは『生きがい』を求めてどこかへと消えてしまうだろう。過去に繰り返し児童福祉施設を抜け出した経験を持つ少女だ。その資質を見抜いたからこそ、エーラソーンは決して油断をしなかった。夜の街に消えたセアチェルが、
「エーラソーンさんは、どうにかして私を魔術や
「ええ」
「別にエーラソーンさんに生活面でお世話になっている訳じゃない。でもエーラソーンさんの家にも定期的に通っている。
「……、」
セアチェルは『させてもらう』と言った。無理矢理にではなく、自らの意思で志願しているのだ。
「もう習慣なんでしょうね。あったら
何となく、
エーラソーンがセアチェルの言う通りの人物だとすれば、自分の利益のために民間人を巻き込む事など許さないはずだ。それでは、そもそも一番初めに人身売買の魔手からセアチェルを救った意味すらなくなってしまうのだから。
そんな彼は、セアチェルに自分の仕事を手伝わせて『生きがい』を注入するためとはいえ、唯一できる業務内容……耐久テストの実験台にしてしまう事に、胃袋を絞られるような
そう。
「自分の脚で消えたのか、他人の手で消されたのかは知らないんだけどさ」
セアチェルはどこか
そのそっけない言葉は、逆にエーラソーンに対する信頼のようにも聞こえた。
「さっさと帰って来て、私に『生きがい』を与えてくれないと困ってしまうのよね。私は一ヶ所には
6
一通り調査と聞き取りが終わった
「……何を車の前で固まっているのですか?」
「見ろよ
「必要ならイギリス
「アホ。俺はオメーと違って正規要員じゃねえの。ただのジーンズショップの店主さんなの。だから申請なんかできねえの」
店主は罰金の請求書をポケットにねじ込む。
思わずといった調子でため息が
「ったく、オメーは日々の労働に対してイギリス国民の血税から月給が支払われて、事件解決に応じてさらに追加ボーナスまで出てくるってんだからお気楽だよな。こっちはボランティアだぜ無給だぜ。こうしている今も店の方にゃ
「……そう言われると心苦しいのですが……」
「なら何かくれよ事件解決するとチューしてくれるとかよーっ!!」
「減らず口を聞いたらキックとかでよろしいでしょうか?」
絶対に損してるよ俺、などとブツブツ言いながら店主は運転席のドアを開ける。
「おっと。そっちはエーラソーン宅からお借りした、不気味な
「? では、ツアーガイドはどうするんですか?」
「一足先に帰りやがったよ。ロンドンの
そうですか、と
見た目クラシックカー、でも中身は電気自動車な車が滑らかに発進した。
「お嬢ちゃんはどうだった?」
「ええ、まあ。少なくとも、
「だろうな」