神裂火織編

第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ⑤

「たとえ億万長者になったって、世紀の大発見をしたって、至高の芸術品を作り上げたとしたって、そこに生きがいがなければどうしようもない。……ま、そんな人間になった事はないから、ただの想像だけど。でも分かるよ。私は生きがいを求めていた。多分それが、エーラソーンさんだったんだと思う」

「ですが、それがこうそくの耐久テストに結びつくものなんですか?」

「あはは。それはもうちょっと後。何度も施設を脱走して深夜の街をうろつく危なっかしい私は、結局、エーラソーンさんに預けられる事になった。彼は児童福祉施設に身分を提示して、特別な許可をもらっていたみたいね。全て幼い私のもくどおり。で、エーラソーンさんに引き取られた。まぁ厳密には、彼の家の近くにある老夫婦の家にだけど、『つながり』は確立できた」


 かんざきは眉をひそめた。

 ここまでの話を聞くと、エーラソーンは偶然人身売買の魔手から少女を救い、以降はそのあつかいに困っていたように感じられる。少なくとも、自身の仕事の実験台として利用する、という思考とは切り離されているように思えるのだが……。


「同じだよ。生きがいの問題。そしてエーラソーンさんは気づいていた」


 セアチェルはやや意味不明な事を言った。

 彼女自身もその事に気づいたのだろう、補足するように言葉を重ねる。


「誓って言うけど、エーラソーンさんはこうそくに……というより、魔術について隠そうとしていた。でも私はすでに知っていた。というより、人買いから『不思議な力』で助けられた訳だしね。そして手伝いを申し出た。当然、エーラソーンさんは拒否したよ。決まっているよね。当時の私はまだ一〇歳だもん。普通の大人なら、そんな子供に革のこうそくなんて見せたがらないよ」

「では、どうして……?」

「言ったでしょう。エーラソーンさんは気づいていたって。さっきの話を聞いて、おかしいって思わなかった? 何度も何度も何度も何度も施設を脱走したって言ったけど、施設の人達だって馬鹿じゃないもの。最初の一回はともかく、そうそう簡単に続けて脱走できると思う? エーラソーンさんって、こうそくの……『捕まえる』専門家でしょ。だからこそ、私自身すら気づいていなかった事に気づいたのよ。つまり……私には、あらゆる状況から『抜け出す』ための資質が備わっているって事に」

「……、」

「お互いは対極。そしてエーラソーンさんは、私が生きがいを求めている事も知っていた。多分、ここで拒否すれば『生きがい』を求める私は、この家を抜け出して再びどこかへ脱走してしまう事もね。……私を安全につなめるために必要なものは、極めて簡単よ。エーラソーンさんが自分の仕事を手伝わせ、私に『生きがい』を与え続ければ良い」


 とはいえ、魔術の基礎も学んでいないしろうとの少女に、ロンドンとうを始めとする、プロの魔術師を閉じ込めるための専用の施設に使用されるような錠前やこうそくなどの製造を手伝えるはずもない。下手に魔術作業に触れさせれば少女自身を危険にさらすし、下手な物を提出すればこうそくせつのセキュリティを弱め、さらに重大な結果を招く可能性もある。

 かと言って、突っぱねる訳にもいかない。そんな事をすれば、セアチェルは『生きがい』を求めてどこかへと消えてしまうだろう。過去に繰り返し児童福祉施設を抜け出した経験を持つ少女だ。その資質を見抜いたからこそ、エーラソーンは決して油断をしなかった。夜の街に消えたセアチェルが、こうむるはずのない犯罪の犠牲者になるのを防ぐために。


「エーラソーンさんは、どうにかして私を魔術やこうそくから遠ざけようとしたみたいね。もっと、まっとうな『生きがい』を用意したかったのかしら。でも、何をやっても変わらなかったわね。私は老夫婦の家に引き取られたって言ったよね」

「ええ」

「別にエーラソーンさんに生活面でお世話になっている訳じゃない。でもエーラソーンさんの家にも定期的に通っている。こうそくの耐久テストをさせてもらうためにね」

「……、」


 かんざきはわずかに黙る。

 セアチェルは『させてもらう』と言った。無理矢理にではなく、自らの意思で志願しているのだ。


「もう習慣なんでしょうね。あったらうれしいんじゃなくて、ないと苦しいもの。私の『生きがい』は、すでに魔術とこうそくで固定されてしまっている。……ふふ、どちらにしても、自分の手で作る事もできないくせにね」


 何となく、こうそくしよくにんの苦悩が見えてきた気がした。

 エーラソーンがセアチェルの言う通りの人物だとすれば、自分の利益のために民間人を巻き込む事など許さないはずだ。それでは、そもそも一番初めに人身売買の魔手からセアチェルを救った意味すらなくなってしまうのだから。

 そんな彼は、セアチェルに自分の仕事を手伝わせて『生きがい』を注入するためとはいえ、唯一できる業務内容……耐久テストの実験台にしてしまう事に、胃袋を絞られるようなおもいでいただろう。だが同時に、何度も何度も何度も何度も児童福祉施設を脱走してでも追い求めてくれた事に、慣れない状況に振り回される事に、心のどこかで楽しんでいたのかもしれない。

 そう。

 こうそくしよくにんエーラソーンが、少女に何も言わずにしつそうするまでは。


「自分の脚で消えたのか、他人の手で消されたのかは知らないんだけどさ」


 セアチェルはどこかごとのように言った。

 そのそっけない言葉は、逆にエーラソーンに対する信頼のようにも聞こえた。

 しくも、見えない何かでつながり、いましめている物があるかのように。


「さっさと帰って来て、私に『生きがい』を与えてくれないと困ってしまうのよね。私は一ヶ所にはとどまれない人間だからさ。エーラソーンさんを自分で捜しに行く、なんて大義名分を肯定したら最後、もう二度とこの国には戻ってこないような気がするのよ」



 一通り調査と聞き取りが終わったかんざきは、ジーンズショップの店主の車をめた所まで戻ってきた。一度ロンドン中心部へ帰ろうと思っていたのだが、


「……何を車の前で固まっているのですか?」

「見ろよかんざき。このワイパーに挟まったいらたしい紙切れを。ちくしょう、やっぱ駐禁に引っかかっちまった」

「必要ならイギリスせいきように請求しますか?」

「アホ。俺はオメーと違って正規要員じゃねえの。ただのジーンズショップの店主さんなの。だから申請なんかできねえの」


 店主は罰金の請求書をポケットにねじ込む。

 思わずといった調子でため息がれていた。


「ったく、オメーは日々の労働に対してイギリス国民の血税から月給が支払われて、事件解決に応じてさらに追加ボーナスまで出てくるってんだからお気楽だよな。こっちはボランティアだぜ無給だぜ。こうしている今も店の方にゃまった注文書の山が増えていく一方だよ」

「……そう言われると心苦しいのですが……」

「なら何かくれよ事件解決するとチューしてくれるとかよーっ!!」

「減らず口を聞いたらキックとかでよろしいでしょうか?」


 絶対に損してるよ俺、などとブツブツ言いながら店主は運転席のドアを開ける。かんざきも後部座席に乗り込もうとしたが、そこで店主から待ったがかかった。


「おっと。そっちはエーラソーン宅からお借りした、不気味なこうそくコレクションがどっさりだ。オメーは助手席の方に回れよ」

「? では、ツアーガイドはどうするんですか?」

「一足先に帰りやがったよ。ロンドンのセントジュリアン大聖堂に、この件について報告しなくちゃならないんだと。どうやらそこの司教さんがエーラソーンしつそうねんされているんだそうだ。まぁ、エーラソーンの知識や技術の使い方次第では、魔術的なろうごくが次々と開け放たれるかもしれないんだから、無理もないけどな」


 そうですか、とつぶやきながら、かんざきは助手席の方へ回り込んだ。相変わらず、二メートル近い刀は車内に入らないのでサーフボード用のケースに収めて車の屋根に積んである。

 見た目クラシックカー、でも中身は電気自動車な車が滑らかに発進した。


「お嬢ちゃんはどうだった?」

「ええ、まあ。少なくとも、ぎやくたいなどの最悪な状況ではなかったようです」

「だろうな」

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