神裂火織編

第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ⑥

「分かっていたんですか?」

「何となくだが」


 店主はハンドルを操りながら、適当な調子で答えた。


「ホントにヤバかったら、体のどっかに傷の一つぐらいあるだろ。服の下の傷をかばっているような素振りもなかったし。それに、エーラソーンについて言及している間も、目が泳いだり言動に変化があったり……なんて事はなかった。極端に追い詰められた人間ってのは、そういう所に気を配っている余裕はないものなんだよ」

「エーラソーンの自宅から、何か足取りのヒントは見つかりましたか?」

「それが分かってりゃあ、後部座席を革製品で埋め尽くす必要もねえだろ。俺はこれからあいつの魔術的な仕組みを徹夜で調べなくちゃならねえんだぜ」

「ですよね」

「ただ、逆に不思議ではある。ヒントがゼロってのは、連絡先や行き付けの店、知り合いのアドレスなんかが全く見当たらないって事だ。妙な話だろ? どんな家だって、電気や水道、ガス会社の電話番号ぐらいは控えているもんだぜ」


 店主は適当につぶやいて、


「やっぱり、エーラソーン本人が、しつそうまえに自分で消していったのかね」

「あるいは、不法侵入した第三者が片っ端から消去していったという可能性もあります」


 途中で晩飯でも食って行こうか、などと言った店主だが、そこで二人の会話が途切れた。原因はかんざきの携帯電話の着信音だ。

 しばらく話を聞いていたかんざきは、やがて携帯電話の通話を切った。


「何だった? 俺が聞いておくような話か?」

「ええ。少し寄り道をしていただけますか」

「何だよ?」

「目撃情報です。エーラソーンしつそうちよくぜんに、彼と接触していた魔術結社の情報が手に入りました」




『ええっ!? それで、かんざきさんを一人きりで向かわせてしまったんですか!!』


 携帯電話越しに、ツアーガイドの少女がそんな事を言ってくる。

 ジーンズショップの店主は路肩に車をめ、一人でハンバーガーを頰張っている。彼女の言う通り、かんざきは車内にいなかった。すでに魔術結社の本拠地へと突入している。

 店主はリング状のドリンクホルダーにアイスコーヒーのボトルを突き刺しつつ、


「だって、ついてくんなって言うんだもん」

『だもんじゃないですよ!? かんざきさんは女の子ですよ? それもナイスバディのエロエロ女の子ですよ!! それをたった一人で魔術結社の隠れ家に向かわせるなんて!!』

「そうだよなぁ。やっぱかんざきってエロいよな」

『そこじゃなくて!! 捕まっちゃったらどうするんですか!?』


 ぎゃあぎゃあという甲高い声を聞きながら、ジーンズショップの店主はフロントガラスの向こうを見た。エーラソーンしつそうちよくぜんに接触していたという魔術結社さんの本拠地は、ロンドンから少し離れた所にある、サッカー場の跡地だった。買い手のない施設の末路なんてこんなものである。おそらく、現代の魔術師は選手控室とかでこそこそと星の位置を計算したり赤く塗ったつえに磁石を挿して火の象徴武器シンボリツクウエポンを作ったり、まぁ色々やっているのだろう。


「オメーさ。かんざきが『聖人』だって話は知ってる?」

『世界で二〇人もいない、特殊な性質を持った人間でしょ。確か十字教の「神の子」と似た身体的特徴を持つ人間で、だからこそ、処刑場の十字架に似せて作られた教会の十字架に力が宿るのと同じく、「神の子」に似た聖人には「神の子」の力がある程度宿るとかっていう』


 ツアーガイドはぷんすか怒りながら、


『でも、そんな性質だの何だのはどうでもいんです! かんざきさんが女の子だっていうのに変わりはないんです! あなたは英国紳士の一人としてかんざきさんをエスコートするべきなんですっ!!』


 へぇーそう、と店主は適当な調子で受け流した。


「じゃあかんざきが、拳銃の弾を目で見て避けられるって話は知ってるか?」

『……はい?』

「雷と同じなんだと」


 店主はあきれたようにいきく。


「拳銃が発射されると、銃口からマズルフラッシュの火花が散るだろ。光と弾の速度は一緒じゃない。光の後に弾が来る。だからかんざきは銃口の光を見てから首を振れば、その後にやってくる弾丸を回避できるんだとよ」


 そんな風にうそぶいた時だった。


 ゴバッ!! と。

 唐突に、目の前のサッカー場が半分ほど崩れ落ちる。


 階段状の観客席と外壁を兼ねる曲線の構造物が、一気にまとめて突き崩された。もうもうと立ち上るふんじん、ガラガラと飛び散る建材、そして響き渡るごうと悲鳴はここを本拠地にしていた魔術師のものか。店主の顔に心配そうな色はなかった。どう考えても、今のはかんざきによる奇襲作戦が成功したものだ。


「聖人ってのは音速で動いて爆撃機を両断するような連中だぜ」


 退屈そうな調子で、ジーンズショップの店主は言う。


「そんな怪物ってのはよ、女の子どころか人間としてカウントして良いものなのかよ?」



 かんざき、ツアーガイド、店主の三人は、ジーンズショップへと戻ってきた。時間はもう遅い。日付が変わろうとしている時間帯だ。


こうそくの魔術的な調査は俺の仕事じゃなかったっけ?」

「できる仕事は分担しましょう」


 かんざきはサラリとした口調で即答する。


「結局、襲撃した魔術結社の連中は詳しい事は知らないようでしたし」


 すると、ツアーガイドが不思議そうにくびかしげた。


「あれ? 連中は誰かに依頼されて、エーラソーンをどっかに運んだんじゃありませんでしたっけ。となると、やっぱり他人の手でさらわれたって事なんじゃあ……」

「謎の依頼人がエーラソーン本人だった可能性を否定できません」


 かんざきは遅めの夕飯であるおむすびを口に含みながら言う。


「確実な情報以外は保留にしましょう。今はこちらのこうそくについて魔術的に調査し、何らかの情報が埋め込まれていないかどうかを一刻も早く確認するべきです」


 ショップの半分ほどのスペースは、店主の作業場になっていた。傷んだ商品のしゆうぜんを行ったり、往年の名作のレプリカを作ったり……後は、魔術的な衣類の分析作業を行うための施設といった具合だ。

 こうそくの数は大小合わせて三〇〇程度。赤や黒の革でいろどられたものは、全身を覆うライダースーツのような物から、くちふささるぐつわのような物まで様々だ。

 店主は型紙に使う薄くて大きな紙を、作業用のテーブル一面にくと、適当にこうそくの一つを手に取った。左右のブーツを一つに結んだような、足をこうそくするためのものだ。それを型紙の上に置く。


「まずは、俺の使ってる方式で解析できるかどうか、テストをしねえとな」

「どうやって解析するんですか」


 ツアーガイドが疑問を口にすると、店主はテーブルの四隅にランプを置いた。さらに一本のナイフを取り出すと、型紙の中央に軽く突き立てる。四隅のランプは四つの影を生み、ナイフを中心とした黒い十字架を生み出す。

 それを見ながら、かんざきは尋ねた。


「『乾杯』で行くんですか?」

「それが一番手っ取り早い」

「え? え?」


 置いてきぼりなツアーガイドを放って、店主は戸棚にあったグラスを適当につかむと、その中に飲みかけのミネラルウォーターを注ぐ。


「『乾杯』のルーツは毒味みたいなもんだ。ヨーロッパじゃ、あなたのグラスには毒は入っていませんって証明するための手順として行われていたんだな。何しろ、相手のグラスに毒が入っていれば、自分でそれを飲む事になるんだから」


 店主はミネラルウォーターを注いだグラスを、テーブルに立てたナイフの柄へ近づけ、


「ここから、『乾杯』には相手のたくらみを見抜くという意味が付加される。さらにグラスを十字教の聖杯に対応させようか。注がれるのは『神の子』の血、それはあらゆる傷をいやし人を真実へ近づける。この聖杯を使って『乾杯』すると……」


 カキィン、とすずやかな音が鳴った。

 店主がグラスとナイフの柄をぶつけたのだ。


「こうなる訳だ」


 直後。

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