神裂火織編
第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ⑥
「分かっていたんですか?」
「何となくだが」
店主はハンドルを操りながら、適当な調子で答えた。
「ホントにヤバかったら、体のどっかに傷の一つぐらいあるだろ。服の下の傷を
「エーラソーンの自宅から、何か足取りのヒントは見つかりましたか?」
「それが分かってりゃあ、後部座席を革製品で埋め尽くす必要もねえだろ。俺はこれからあいつの魔術的な仕組みを徹夜で調べなくちゃならねえんだぜ」
「ですよね」
「ただ、逆に不思議ではある。ヒントがゼロってのは、連絡先や行き付けの店、知り合いのアドレスなんかが全く見当たらないって事だ。妙な話だろ? どんな家だって、電気や水道、ガス会社の電話番号ぐらいは控えているもんだぜ」
店主は適当に
「やっぱり、エーラソーン本人が、
「あるいは、不法侵入した第三者が片っ端から消去していったという可能性もあります」
途中で晩飯でも食って行こうか、などと言った店主だが、そこで二人の会話が途切れた。原因は
しばらく話を聞いていた
「何だった? 俺が聞いておくような話か?」
「ええ。少し寄り道をしていただけますか」
「何だよ?」
「目撃情報です。エーラソーン
7
『ええっ!? それで、
携帯電話越しに、ツアーガイドの少女がそんな事を言ってくる。
ジーンズショップの店主は路肩に車を
店主はリング状のドリンクホルダーにアイスコーヒーのボトルを突き刺しつつ、
「だって、ついてくんなって言うんだもん」
『だもんじゃないですよ!?
「そうだよなぁ。やっぱ
『そこじゃなくて!! 捕まっちゃったらどうするんですか!?』
ぎゃあぎゃあという甲高い声を聞きながら、ジーンズショップの店主はフロントガラスの向こうを見た。エーラソーン
「オメーさ。
『世界で二〇人もいない、特殊な性質を持った人間でしょ。確か十字教の「神の子」と似た身体的特徴を持つ人間で、だからこそ、処刑場の十字架に似せて作られた教会の十字架に力が宿るのと同じく、「神の子」に似た聖人には「神の子」の力がある程度宿るとかっていう』
ツアーガイドはぷんすか怒りながら、
『でも、そんな性質だの何だのはどうでも
へぇーそう、と店主は適当な調子で受け流した。
「じゃあ
『……はい?』
「雷と同じなんだと」
店主は
「拳銃が発射されると、銃口からマズルフラッシュの火花が散るだろ。光と弾の速度は一緒じゃない。光の後に弾が来る。だから
そんな風に
ゴバッ!! と。
唐突に、目の前のサッカー場が半分ほど崩れ落ちる。
階段状の観客席と外壁を兼ねる曲線の構造物が、一気にまとめて突き崩された。もうもうと立ち上る
「聖人ってのは音速で動いて爆撃機を両断するような連中だぜ」
退屈そうな調子で、ジーンズショップの店主は言う。
「そんな怪物ってのはよ、女の子どころか人間としてカウントして良いものなのかよ?」
8
「
「できる仕事は分担しましょう」
「結局、襲撃した魔術結社の連中は詳しい事は知らないようでしたし」
すると、ツアーガイドが不思議そうに
「あれ? 連中は誰かに依頼されて、エーラソーンをどっかに運んだんじゃありませんでしたっけ。となると、やっぱり他人の手でさらわれたって事なんじゃあ……」
「謎の依頼人がエーラソーン本人だった可能性を否定できません」
「確実な情報以外は保留にしましょう。今はこちらの
ショップの半分ほどのスペースは、店主の作業場になっていた。傷んだ商品の
店主は型紙に使う薄くて大きな紙を、作業用のテーブル一面に
「まずは、俺の使ってる方式で解析できるかどうか、テストをしねえとな」
「どうやって解析するんですか」
ツアーガイドが疑問を口にすると、店主はテーブルの四隅にランプを置いた。さらに一本のナイフを取り出すと、型紙の中央に軽く突き立てる。四隅のランプは四つの影を生み、ナイフを中心とした黒い十字架を生み出す。
それを見ながら、
「『乾杯』で行くんですか?」
「それが一番手っ取り早い」
「え? え?」
置いてきぼりなツアーガイドを放って、店主は戸棚にあったグラスを適当に
「『乾杯』のルーツは毒味みたいなもんだ。ヨーロッパじゃ、あなたのグラスには毒は入っていませんって証明するための手順として行われていたんだな。何しろ、相手のグラスに毒が入っていれば、自分でそれを飲む事になるんだから」
店主はミネラルウォーターを注いだグラスを、テーブルに立てたナイフの柄へ近づけ、
「ここから、『乾杯』には相手の
カキィン、と
店主がグラスとナイフの柄をぶつけたのだ。
「こうなる訳だ」
直後。