神裂火織編

第一話 拘束の行方 GLEIPNIR. ⑦

 ブワッ!! と型紙が光を放った。青白い光がナイフから型紙全体に広がり、何らかの設計図のような物を浮かび上がらせる。五ミリぐらいの文字がびっしりとあった。それは魔法陣『のような』物だった。左右のブーツを縫い合わせたような、足を戒めるためのこうそくには、これだけ緻密な魔術的記号が組み込まれていたのだ。


「成功しましたね」

「こいつははんようせいは高いんだが、それゆえに専用の妨害をかけられると使い物にならなくなるからなぁ。エーラソーンがこっちの分野にうとくて助かったぜ」


 店主がグラスを細かく回すと、その動きに呼応したのか、青い設計図の中から、特に重要な文字や図面だけが高速に赤く浮かび上がる。


「なるほど。確かにこいつは特注品だな。本来、大聖堂の扉に使うようなレベルのセキュリティを強引に組み込んでやがる。ここまでやったら人間を縛るなんてモンじゃねえぞ。このブーツだけでダムを一つまかなえるんじゃねえのか?」

「エーラソーンは、注文もないのに、これらのこうそくを特別に用意していたようですよね。その辺りがしつそうのヒントになっていれば良いのですが」

「そいつは、あれを全部解析してみねえと判断できねえな」


 店主は床の上に山積みにされた大小無数のこうそくを指差して、


「さて、俺の術式は目で覚えたな? だったら後は実践だ。手分けして朝までには終わらせようか」

「え? え?」


 と、うろたえたのはツアーガイドの少女だった。


「目で覚えたなって……あれ一回で同じ事をチャレンジしろって言うんですか!?」

「それ以外の何だってんだ」


 店主は不思議そうに眉をひそめ、


「魔術は知識と技術だぞ。かんざきの『聖人』みたいな特殊な例じゃない限り、方法さえ分かりゃ誰にでも使える代物でしかない。……おいおい、何のために偽装やいんぺいの動作も交えずに手の内明かしたと思ってんだ? いちいちレクチャーするのが面倒だから、手っ取り早く提示しただけだぞ」


 口をパクパクさせるツアーガイドだが、隣のかんざきは早くもナイフとグラスを手に取っている。駄目だ、とツアーガイドは思った。そもそもかんざきおりはスペックが違い過ぎて同意は求められない。


「……くそう。できるヤツはこうアッサリ言うんですよ」

「九九みたいなもんだと思えよ。そうすりゃできる」

「……だから、それができるヤツの言葉なんですってば」



 ツアーガイドの少女は、ほおふくらませる気力すらも失っていた。

 数時間が経過して、作業場にだるーい空気がただよってきている。

 マジュツ作業などという得体の知れない言葉を使っているが、ようは手先の細かい作業だと思えば良い。延々と終わらない、成果らしきものも出てこない、そんな作業が何時間も続けば息が詰まってくるものである。

 そもそも、三〇〇近くあるこうそくを、夜明けまでに全て解析するというのが、作業量として不可能だったりするのだ。

 一晩では終わらない。

 実際にやってみてそれが分かると、途端にツアーガイドの集中力が切れた。かんざきは相変わらず生真面目な顔で機械のように解析を続けているが、ジーンズショップの店主はツアーガイドと同じく、明らかにやる気のないモードになっているみたいだった。

 その内に、店主の方が音をあげた。


「だーくそっ!! こんなもん三人だけでやってられるかっ!!」


 実にくだらない理由で投げ出したものだが、くだらない理由で投げ出す事自体、魔術師も同じ人間である事の証明だと受け取れなくもない。むしろ、最初から今まできんいつな集中力で作業を持続し続けているかんざきの方が真面目すぎて怖いぐらいだった。


「分かったのは、どいつもこいつも大聖堂クラスのセキュリティを施された超強力なこうそくだって事だけっ!! エーラソーンの行方を知るための手掛かりになるような情報は一切埋め込まれていないし、こんなご大層なこうそくを作って何をいましめようとしていたのかも分からないままっ!!」

「ここのこうそくだけ切り離されて、例の少女を耐久テストに使わなかった理由は何となく分かりましたけどね」

こうそく一つでダムに匹敵する強度だからな。人間なんか縛ったら圧力でグチャグチャになっちまうよ。まさかと思うが、天使とか何とか、そういうもんを捕縛するつもりなんじゃねえだろうな」

「それにしては強度が低すぎますよ」

「サラリと返されると怖いんだが。……もしかしてかんざき、天使と戦った事ある?」

「あれは完全とは言えませんでしたので、厳密にはノーと答えさせていただきます」


 涼しい顔で言われて、店主とツアーガイドは思わず黙り込む。

 この女が言うと冗談なのかどうか、いまいち判断が難しかった。


「それにしても、大聖堂! 大聖堂! 大聖堂! だぜ!! あっちのかせもこっちのあしかせも片っ端から! 流石さすがロンドンとうのセキュリティにも関わってるエーラソーン様だ。採用している技術の一つ一つが無駄に豪華でクラクラするぜちくしょう! 解析する方の身になれってんだ!!」

「……、」


 と、その言葉を聞いたかんざきの手の動きが、ピタリと止まった。

 彼女は改めて解析した図面を見直し、それからいくつかのこうそくを規則正しく並べていく。


「なんて事ですか……」

「あん? どうしたかんざき

「これは、大聖堂の技術の一部を応用して作られたこうそくじゃありません」


 かんざきは複数のこうそくを並べた上で、改めて解析用の『乾杯』を行った。

 浮かび上がる図面は、無駄に重なったりはしない。

 まるでジグソーパズルのように、不自然なほどピッタリとはめ込まれていく。


「逆だったんです。こうそくのセキュリティを組み合わせる事で、既存の大聖堂と全く同じ設計図を作り上げようとしていたんです! そう、これから盗みに入るしきの見取り図を入手しておくのと同じように!!」

「オイちょっと待て。それじゃエーラソーンがしつそうしたってのは!?」

「襲撃するつもりなんでしょう。イギリスせいきようの大聖堂を。そのためにこうそくを納品するという名目で大聖堂を念入りに下見して、必要な準備を進め、それが完了したから行方をくらませた。相手は事前にこうそくを利用したせいこうなミニチュアを作って、あらゆるセキュリティを解析し尽くした職人です。おそらく弱点も知り尽くしている。勝機がなければしつそうなんてしないでしょうからね」

「そっ、それで!? 問題の大聖堂っていうのは、具体的にどこなんですか!!」


 ツアーガイドの少女が勢い込んだが、逆にかんざきは彼女の顔を正面からえた。


「あなたが行った所ですよ」

「え?」

「ロンドンにあるセントジュリアン大聖堂。……確か、そこの司教がエーラソーンしつそうを妙に気にして、ツアーガイドに報告を求めていましたね」

「なあかんざき。それって、まさか……」

「ええ。どうやらこの二人には、何らかの因縁があるようです」


10


 セントジュリアン大聖堂。

 その正面を守っていた二人の警備は、決して気をゆるめていた訳ではなかった。深夜三時という時間であっても、いや警備の特性上そういう時間帯の方が、普段以上に気を引き締めていたはずだった。

 だからこそ、彼らは早急に異変に気づいた。

 最初は、二メートル以上の巨大なおのを持つ男に対して。次に、そのおのには魔術の術式に扱うための道具……れいそうとしての役割がある事に対して。

 特に後者については決定的だった。『警備する者』としての領分を超える───つまり、相手に仕掛けられる前に───こちらから殺しに行く決断をするほどに。

 しかし。

 男……エーラソーンの方は、そうした態勢を全くめていなかった。

 ただ真正面から近づき、巨大なおのを振り下ろす。

 ドッ!! という重たい音が響き渡った。

刊行シリーズ

とある魔術の禁書目録 外典書庫(4)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(3)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある暗部の少女共棲(3)の書影
とある魔術の禁書目録外伝 エース御坂美琴 対 クイーン食蜂操祈!!の書影
創約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある暗部の少女共棲(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある暗部の少女共棲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある科学の超電磁砲の書影
創約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(2)の書影
創約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)の書影
創約 とある魔術の禁書目録の書影
新約 とある魔術の禁書目録(22) リバースの書影
新約 とある魔術の禁書目録(22)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(21)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(20)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(19)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(18)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(17)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機の書影
新約 とある魔術の禁書目録(15)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(14)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(13)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術のヘヴィーな座敷童が簡単な殺人妃の婚活事情の書影
新約 とある魔術の禁書目録(11)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(10)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(9)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(8)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(7)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(6)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(5)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(4)の書影
新約 とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録SPの書影
新約 とある魔術の禁書目録(2)の書影
新約 とある魔術の禁書目録の書影
DVD付き限定版 アニメ『とある魔術の禁書目録』ノ全テ featuring アニメ『とある科学の超電磁砲』の書影
とある魔術の禁書目録(22)の書影
とある魔術の禁書目録(21)の書影
とある魔術の禁書目録(20)の書影
とある魔術の禁書目録(19)の書影
とある魔術の禁書目録(18)の書影
とある魔術の禁書目録(17)の書影
とある魔術の禁書目録SS(2)の書影
とある魔術の禁書目録(16)の書影
とある魔術の禁書目録(15)の書影
とある魔術の禁書目録(14)の書影
とある魔術の禁書目録ノ全テの書影
とある魔術の禁書目録SSの書影
とある魔術の禁書目録(13)の書影
とある魔術の禁書目録(12)の書影
とある魔術の禁書目録(11)の書影
とある魔術の禁書目録(10)の書影
とある魔術の禁書目録(9)の書影
とある魔術の禁書目録(8)の書影
とある魔術の禁書目録(7)の書影
とある魔術の禁書目録(6)の書影
とある魔術の禁書目録(5)の書影
とある魔術の禁書目録(4)の書影
とある魔術の禁書目録(3)の書影
とある魔術の禁書目録(2)の書影
とある魔術の禁書目録の書影