「必要悪の教会」特別編入試験編

第一話 ②

「ここをクリアできれば、晴れてあなた達には『フリーパス』が与えられる手はずになっているはずです。ええ、報告会での演説? ま、そんなのは建前ですからね。実戦で使い物になると分かれば何でも使うのが我々『』ってヤツなんですよ」


 真っ赤な色の、スーツとドレスの中間みたいな派手な服を着たフリーディアは、しかしとしの頃はまだ少女と呼べる程度のものであり、店内ではやや浮いているように見えなくもない。が、基本的にイギリスは伝説的と呼べるほど酒と煙草タバコに寛容な国だ。一六歳でも条件次第でさけめるため、声を上げてまでとがめる者はいない。


「ああ、大丈夫大丈夫。ロンドンは世界で初めて、それはもう耐震基準なんて言葉ができる前から地下鉄のトンネルを掘りまくった街ですから。あっちもこっちもミルフィーユみたいに線路が重なっていまして。ええ、今はもう使われていない路線や地下駅なんてのも、両手の指じゃ足りないくらいあるんです」


 彼女の声はけんそうに隠れる。

 これは魔術というよりは詠唱法の一つ、といった方が近いかもしれない。人間は、雑踏の中から特定の人物の声だけを拾って聞き取るものだ。逆に言えば、意識をらしてしまえばどんな声も雑音の中へと隠れてしまう。


『……、』


 何かしらの質問や反論が、数種類の男女の声で返ってくる。

 通信機器というよりはこつとうひん。テーブルの端に置かれた、ハンドバッグほどの大きさの、あめいろの木材と天鵞絨ビロードに包まれた機材の正体は古い鉱石ラジオだった。大英博物館で働く人間が見たら『殺してでも手に入れたい』と思いかねないほどの品である。

 もっとも。

 心臓部である『鉱石』は、全く別のものに差し替えている訳だが。


「『地下鉄迷宮』。……現代のダンジョンは得体のしれないどうくつじゃなくて、金属製のシャッターで覆われたコンクリートの階段が入口となっているって訳ですね」


 またもやいくつかの質問。

 フリーディアは赤身を寝かせて熟成させた牛肉から茶色いソースのついたナイフを離すと、銀色の先端でテーブルに置かれた数枚の写真を順番に差す。


(……やや震えるようなテノールがたてみやさい。丁寧なソプラノがいつかな。にしてもこいつら、ネイティブどころかもうロンドンの細かいイントネーションまで吸収しているのか……?)


 コンコン、とテーブル端の鉱石ラジオをナイフの先端で軽くつつく。

 心臓部には『持ち主を次々と殺す』として有名な貴金属が使われていた。因果をつないで人を殺す呪いは、無害化させれば便利な通信方式に早変わりする。もっとも、チューナーのバランスをわざと狂わせれば、即座に致死性を取り戻す仕組みなのだが。


(ちえ、しやくさわる東洋のインテリどもめ。ちょっとを足してやろうか)


 彼女も彼女で、『古い巨人』などと言われるのが死ぬほど嫌いな、典型的なこの街の住人らしい側面を持っていたりもした。

 もちろん、これは本来『保護観察』みたいなもので、テスト中に天草式の面々が行方をくらました場合などに速攻で行動不能に陥らせるための内緒のシステムだから、私用で勝手に被害を出して良いものではないのだが。

 大きなダイヤルを二回、三回と軽く小突きながら、フリーディアは唇をとがらせる。

 仕事は仕事だ。

 添え物のポテトにフォークをゆっくりと突き刺しながら、イギリスせいきようの試験官はこう続ける。


「シャッターの暗号は簡単な数価の変換で解ける程度のものです。地下駅構内の所定の位置に着くまで編入試験が始まりませんが、ここで手こずるようなら素直に回れ右する事をおすすめしますよ」



 いつたち、天草式の面々は封鎖された地下鉄駅の中へと踏み込む。

 特に通信機器をつけてもいないのに、ヘッドフォンをつけているように、体感的には頭の中心から女性の声が響いてくる。


『ミッション自体はシンプルです』


 今は使われていないはずだが、地下駅の通路には蛍光灯の白々しい光で満ちていた。やはり国家と結びついた宗教は違う。おんみつむねとする天草式の常識では、こんなに堂々と電気料金を誤魔化すのは自殺行為と言えた。


『その地下駅は複数の路線とつながっています。いずれもすでに廃止され、線路のレールも部分的に外してあるため、列車が通過する心配はありません』


 ふわふわ金髪の対馬つしまいつの方を見て、自分の唇に人差し指を当てた。

 蛍光灯をあてにするな、という事だろう。

 試験開始と同時に、いきなり暗闇に包まれる可能性も考慮した方がい。


『当然、「」が利用している以上、そのまま、って訳じゃありません。魔術を使っているもの、使っていないもの。有象無象のトラップがありますのでご注意を』


 なかなかに嫌らしい構成だった。

 いっそ『魔術的に高度で複雑なトラップが山ほど』と言ってくれた方がい。魔術には魔術で対処できる。が、一切合財魔力を使っていないものを混ぜられると、思わぬ『見過ごし』が発生するリスクが高まる。

 試験開始か、あるいは任意のタイミングで全ての照明を落とされれば、そのリスクも倍増してしまう。


「(……と、俺達をビビらせれば余計なタイムロスを狙える。ホントに『魔術以外のわな』があるかどうかは怪しいもんなのよ)」


 舞台は廃止された地下駅と入り組んだ複数の路線。

 配置された多数のトラップ。

 ……となると、所定の時間以内に迷宮を抜け、目的地まで辿たどけ、といった内容だろうか、といつは特別編入試験について簡単に推測する。

 甘かった。


『あなた達にはその地下鉄駅を中心に半径二キロにある全ての道をしていただきます。ええ、全てを。単純な道順はもちろん、トラップの配置、危険域、動力供給の経路に至るまで。その中を安全に歩くために必要なものを全て』

「……、」


 つまり。

 全てのわなを回避しろ、と言っているのではない。

 逆だ。

 全てのわなに引っかかった上で生還しろと言っているのだ。


『ちなみに採点は加点方式を採用します。つまり、安全のために必要な項目が図面に書き込まれていれば書き込まれているほど、点数は上がる。一定に達しない場合は残念ですが、我々はあなた達を受け入れる事はできません』

「悪趣味め……」


 ふわふわ金髪の対馬つしまが前髪をかき上げ、うめごえを発する。


『制限時間は開始より三時間。今回は集団戦を織り込んでいますので、人員の分配はそちらに任せます。大人数で確実にトラップを解除していくか、少人数で迅速に広範囲を捜索するか。方針も含めてそちらでどうぞ』


 教皇代理のポジションにいるたてみやは、無言で人差し指と中指を立てて軽く振る。

 背後にいた五〇人前後の男女が、音もなく二、三人ずつのグループへと分かれていく。

 いつはふわふわ金髪の対馬つしまについていた。

 たてみやは『頭の中の声』へ質問を発する。


「図面とやらは?」

『白地図なんて便利なものを渡すとでも? 自分で何とかしてください。紙の代わりになるものを探すもよし、スプレーで壁面に大きく描くもよし、頭の中で完璧に記憶するもよし。実戦は全ての準備を整えてもらってから始まるものではない、と学んでくださいね。他に質問は』

「いつ始まる」

『すぐにでも』


 答えがあった直後。

 地下駅全域の照明が一斉に落ち、一面に漆黒の闇が下りる。




』のフリーディア=ストライカーズは古い鉱石ラジオから聞こえてくる男女の声に耳を傾けながら、魚介系のピラフの皿にスプーンを突き刺していた。彼女も基本的にはパンやパスタの生活なのだが、『仕事』の前後に限っては何でもいからライス系を選ぶ。次の食事がいつになるか保証がないため、できるだけ腹持ちのいものを……というのが理屈ではあるが、実際にはゲンかつぎのジンクスみたいになっている方が大きい。


(……さて。ここから三時間が勝負か)


 基本的に今回の試験は全自動で行われる。

 フリーディアに任されているのは天草式のサポートや魔術的なトラップの管理ではなく、むしろ試験に参加する天草式の監視の方が強い。

 呪いの貴金属、なんて方式で通信ラインをつないでいるのもそのためだ。


(脱走が怖いなら、試験自体をイギリスの外でやりゃいのに)

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