神裂火織編
とある魔術の禁書目録 外典書庫(1)
「大体の事情はこちらでも
「そうか」
彼はポツリと
「しかし、それでは足りない」
「自らの手で殺さなければ気が済まないという話ですか」
「違う。確かに、君にこの司教を預ければ、一応の解決はするだろう。しかしそれだけでは、裁かれない人間が出てくるというだけだ」
エーラソーンの言葉に、思わず眉をひそめる
もしや司教の背後にまだ別の黒幕がいるのか……とも勘繰ったが、直後にそういう意味ではないのだと気づかされる。
原因はエーラソーン。
彼は、自らの胸を親指で指し示していた。
「司教が失脚したとしても、まだ私が残っているだろう」
「まさか……」
「事情は『大体』知っている、と言ったな」
エーラソーンは静かに告げる。
「ならば、これは知っているか。
「……、」
「元々、この司教については殺しておくつもりだった。こんなヤツの負の
くそ、と
エーラソーンは、おそらく本当にあの少女を助けたかったのだろう。
人身売買の魔の手から
そして。
それら全てが腹黒い司教の思惑通りに演出された事も、最初から知っていたのだろう。
知って、変えようとして、やはり何も変えられなかったのだろう。
だからこそ。
本当の意味で、負の
エーラソーンという呪縛から、セアチェルの人生を解放させるために。
彼は、ついに行動に出た。
「笑える話だろう?」
エーラソーンは言う。
「
それは。
つまり、エーラソーンは自らの死をもって、セアチェルを完璧に救おうとしているのか。
おそらく、そうだ。
エーラソーンは始めから司教と戦う覚悟を決めていたし、その後実際にセアチェルと触れ合って、それがどれだけ
しかし、
「……確かに、セアチェルとあなたの関係は、どこかに
「……、」
「ですが、あなたが本当にそれを正したいのなら、本当の意味でセアチェルの人間性を……汚い所も醜い所も含めて『人間』である事を取り戻したいのなら、あなたはここで安易に逃げるべきではないはずです!! たとえ、それがどれだけ困難なものであっても、あなたはセアチェルが泣くような事をするべきではない!!」
エーラソーンは、わずかに黙っていた。
その指先の動きを注視しながらも、この相手とは刃を交えたくないと、
やがて、エーラソーンはポツリと言った。
「その涙が、第三者の手でインプットされたものであってもか」
「だとすれば、あなたの手で本物の涙にするべきです」
エーラソーンは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、巨大な
直後だった。
ギュンッ!! という
「エーラソーン!!」
「ここで私を殺さねば、この元凶は間もなく絶命するだろう」
言いながら、エーラソーンは両手でゆっくりと巨大な
だが。
追うか逃げるかの戦いならともかく、倒すか倒されるかの戦いでは、エーラソーンは何をどうやったって
あるいは、エーラソーンも気づいていたのかもしれない。
だからこそ、彼は沈痛な面持ちの
「私がいなくなったところで、面倒はあるまい。セアチェルの生活は大して変化していなかったはずだ」
「でしょうね」
「効率や能率の問題ではないんでしょう。たとえあなたや周りが何と言おうとも、あの子は今でもエーラソーンという男を待ってくれていますよ」
「……、」
ギリ、とエーラソーンの両手から
それでいて、やはり彼は己の信念に従い、最後まで止まる事はなかった。
二つの影が交差し、一つの
勝負の行方など、聞くまでもなかった。
12
破壊された正門から
「オメーも免許取る事考えたら?」
「……走った方が早いと思ってしまうと、どうも本気で挑戦する気が起きなくなるんですよね」
夜食でも買っていたのか、車内はハンバーガーやフライドポテトなどの、油の匂いが漂っていた。事実、ツアーガイドの少女は今もチキンナゲットを口に放り込んでいる。
ツアーガイドは手についたケチャップを
「エーラソーンは、これからどうなってしまうんですか?」
「さあな。何をどう
言いながら、店主はルームミラー越しに
顔はどこか楽しげだ。
行動を読まれているな、と
「確かに宗教裁判は避けられませんが、エーラソーンは司教が主導していた不当な人材確保の
ツアーガイドの少女はパッと顔を輝かせたが、
「救いとは、何なのでしょうね」
「知るかよ。それを実感できるのは俺達じゃねえ。本当に救いがあったかなかったか、それを判断できるのは当のセアチェルだけだ」
面倒な質問をされた店主は、ため息混じりにそう言った。
彼はハンドルを操りながら、付け加えるように告げる。
「俺達に分かるのは二つだけ。とりあえず、これ以上子供の不幸を利用したクソッたれな人材確保は行われないって事と、エーラソーンが戻ってくれば、セアチェルは今後も笑ってくれるって事だけさ」
その時、ツアーガイドの携帯電話が鳴った。
彼女は
二、三言葉を交わした彼女は、電話を手で押さえ、
「『
「だとさ」
ジーンズショップの店主は自動車のハンドルを指でなぞりながら告げる。
「救いが何かなんて分かりゃしねえが、それを俺達に求めているヤツはいるらしいな」