第一章 白井黒子は躊躇わない ⑥

 浴室全体が綿菓子みたいな真っ白の分厚い湯気で覆われていても、強烈なせんこうに対して目を守る遮蔽物としては弱い。そして『透視』を使ってしまった場合、のりはもろにせんこうを浴びる羽目になる。


「きゃああッ!!」

「分厚い雲の下、屋根伝いで商店街を移動している時、常に地上からこちらの位置を正確に捕捉しているはずのあなたが何度か不自然にわたくしの方を見ない事がありましたわね」


 目潰しの効果は一瞬だ。

 だからその間にしらはシャワーホースを振り回して、のりの首に巻きつける。

 見られても避けられない状況を、確定させる。


。分厚い雨雲や空気による光の減衰が一切ないあなたの場合、透視能力クレアボヤンス使用時に直接見上げるのは自殺行為なんでしょうけれどね!!」


 次の一撃がトドメになった。

 太いホースを飼い犬のリードみたいに思い切り引いてのりの首を手前に引きつつ、全体重をかけて半ば前へ倒れ込むような格好で先輩女子の顔のド真ん中へ容赦なく己の肘をたたむ。



 そしてしらくろはリビングで正座させられていた。

 ツインテールも制服もびっちょびちょで、派手な下着とか全部透けている。


「……あの、のりせんぱい?」

「なに?」


 予備のメガネに掛け直している人は何だか不機嫌そうだった。

 メガネ女子の顔の真ん中に全力の打撃を一発お見舞いする、という極限のやらかしをしてしまった後輩は恐る恐るといった感じで、


「確か勝負に勝ったら週末は自由にお休みできる報酬っつーか休日とは言葉の通り本来勝ち負けに関係なく誰でも休めるもんだろのはずなのに、わたくしはこんな事に……?」

「訓練中はがくえんの各種条例をきちんと守りましょうって最初に言わなかった? 住居不法侵入!!」


 顔を真っ赤にして真面目なメガネ女子は叫んでいたが、同室のルームメイトは気楽にけらけら笑っているだけだ。

 そしてどんな形だろうが勝利は勝利。

 のりは見た目だけなら怒っているが、勝敗までくつがえしての没収試合は流石さすがに大人気ないという自覚があるのだろう。言葉以上にゲンコツなどが飛んでくる事はない。

 勝ったのだ。

 勝って自由を獲得してしまったのだ、しらくろというケダモノは!

 もう誰にも彼女を止める事はかなわない!!


(これで邪魔する者はもういない。さあさあ待っていてくださいましねお姉様……。どぅるははは!! 一〇八の素敵なトラップが待ち受ける完全密室DIY夢のサバイバルラブルームがわたくしとお姉様を待っているうーっっっ!!!!!!)


 ぼたたっ、と何かがこぼれた。

 膝の上に落ちた色彩は赤かった。


「あ、あら? しらさん、ちょっと待って鼻血が出ているんだけど。それも猛烈な勢いで!!」

「いいえお気になさらず。これはちょっと形にできない頭の中の妄想がエキサイティングし過ぎただけで……」


 と、なんか長い髪のルームメイトが何か疑うような瞳をメガネ女子に向けて、


、あなたこの子に何したの?」

「ああ、やっぱりさっき顔の真ん中に膝を入れたのがまずい事になっているんじゃあ……」

「そりゃダメだわ。の膝は体重差三倍の筋肉マッチョでも一撃KOする最終兵器だって自覚を持ちなさいよ。ほら我流の総合系を極めてストリートの殺人マシンに化けたあいつとか、ステロイドの使用がバレて角界追放された相撲系のそいつとか」


 ……このカタブツ巨乳先輩の過去は一体何がどうなっているのだ? だんだん本気で心配になってくるしらくろだったが、そこで先輩方の矛先がこっちに向いた。

 ていうか変なあせりの笑みが浮かんでいる。


「し、しらさん。今からちょっと病院へ行きましょう? 今日は土曜日だけど午前中なら診てくれる所はあるでしょうし」

「ちょ、まっ、お気になさらずと言っているでしょう!? これはとかじゃなくて、どこにでもあるありふれた健全でスケベな妄想でございます!!」

……。これは救急車呼びましょうか? ちょっと言動がおかしな事になっているし、この子、脳のお加減が物理的に心配だもの」

「しれっと無礼を極めておりますわね謎のルームメイト!?」



 消えた。

 逃げ出した。

 やる事はやったのだからこれ以上付き合う義理なんかない。そして『空間移動テレポート』をめないでいただきたい。頭の中の演算さえ邪魔されなければ、どんな状況であってもしらくろを拘束しておく事など不可能なのだ。

 向かう先は一つ。

 誰が何と言おうがのりは倒した。金曜の夜は使ってしまったが、土曜と日曜はこっちのものだ。


「ふ、ふふふ」


 もう誰にも邪魔させない。

 大丈夫。

 ついてる。追い風が背中を押してくれている。何か巨大な運命的なものがしらくろを呼んでいる。愛の力は無限大なのだ。今ならたとえ航空燃料がたっぷり詰まったタンクローリーとか真正面から突っ込んできたって普通に両手で受け止められる!! これぞ天啓、少女はもう神がかっている。今日こそ絶対にゴールインできる。そんな確信で胸が満たされて仕方がない。そして少女はとくした。そう、これがパワー。極彩色の愛ィいいい……ッッッ!!!!!!


「うへへ待っていてくださいませお姉様もはや誰にもわたくしを止める事ができませんわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「ほうしら。寮の門限をぶっちぎったばかりか正面から朝帰りとは随分余裕だな?」


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「あの」

「遺言か?」

「寮監サマ。何がどうなってこんな仕打ちに結びついたのでしょう???」

「それは大変ユニークな遺言だ、墓には刻んでやるから心配するな」


 待ってほしい。

 ちょっと待ってほしい!!

 今の今まで不眠不休でこっちはやりたくもない風紀委員ジヤツジメントの活動をずっとやっていたというのに、何でラスボスを倒した後にこんなとんでもねえドM仕様なダウンロード専売凶悪シークレットボスの寮監サマが仁王立ちで待っているというのだ!? 何だ、今日の星占いはどうなっている? これはもう物理最強メガネが立ち塞がる呪いでもかかっているとでもいうのか!!!???

 そしてしらくろは己のポケットに意識を集めた。

 より正確には携帯電話。


「しっ、しまったア!? そういえばアカウントクラッシュしたままほうったらかし……。ふぬお、寮監からの最後の警告メールが受信もできずに放置されていたとでもいうんですのお!?」

「寝言はいから事実だけ見ろしら


 寮監のメガネが輝いていた。

 これはダメだ、『空間移動テレポート』があっても逃げられない。

 能力など一切ない。それでもあらゆるときだいせいが恐怖を抑えきれない究極のモンスターの輪郭が大きく膨らんでいく。そんな幻覚さえ見える。

 最後にこうあった。


「お前はここで終わりだ」

「それが教育者の口から出てくる台詞せりふですのおッッッ!!!???」

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