第二章 佐天涙子のドロドロ血祭りパラダイス☆ ②

 ずっと白目モードだと目玉が乾いて仕方がないので、てんは適当なタイミングでしれっとりようつむっておく。目の前が真っ暗になってしまいういはるの慌てふためく顔が見えなくなってしまうが、背に腹は代えられない。バレてしまっては元も子もないのだ。

 てんるい、完全に死亡。


『さっ、てんさん? ちょっと待ってくださいてんさん、これって一体何なんですか!?』



(まあーこんな感じかな? くっくっくっ、ういはるがケータイ取って救急車を呼ぼうとしたら起き上がろう。がばっとな! まだまだこんなものじゃ済まさんよ、ゾンビモードてんさんが二段構えでういはるを飛び上がらせてあげるからねっ!!)


 そんな風に思っていた。

 つむっていた訳だから、横倒しのままのてんには何も見えていなかった。

 だから、ただその声色だけが彼女の耳に滑り込んできた。


「はあ……」


 とにかくういはるかざは至近でこうつぶやいたのだ。


「……ま、死んでしまったのならいつまでもこうしてはいられません。壁で囲まれたがくえんじゃ死体を埋めたり沈めたりしても安全は確保できないんですから、いつもの方法で四九キロ分の人肉をテキパキ消していかないと」


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………んう?

 横倒しになったまま、てんるいは動けなかった。


(て、ててていうか、なに、なんでこんなに冷静?)


 いつもの? テキパキ処理???

 特に望んでもいないのに倒れた少女は自家生産の金縛りモードに突入していく。


(あうっ、そうか『定温保存サーマルハンド』……。確かういはるの能力は手で触れたものの温度を一定に保つ、だっけか。うそお、まさか自分の体温をエアコンか何かで調整してそのままキープする事でテンションのブレを殺しているって話!?)


 極度に興奮すると体温が上がる。厳密な数値や研究結果を知らずとも、経験だけなら小さな子供でも分かる現象だ。

 では、逆に『強制的に』温度を一定に保つ能力があったら?


(えと、でも何でそんな物騒な使い方に慣れてんの……?)

「……、」


 理解しがたい状況への突入によって、てんの中で体の信号のやり取りがバグでも起こしたらしい。床に投げ出したままの手足はもちろん、まぶたや唇さえ己の意思で動かす事ができなくなる。


「こんな事なら『前』に使った機材は処分するんじゃなかったな……。一人も二人も手間は同じなんだから、ついでにコレもぐしゃっと潰せたら手間が省けたのに」


 何だ?

 それにしたって何なのだこの状況は!? 『前』って何よッ!?


「『前』の洗剤はまだ余っていましたよね……。あれもこれも。血、汗、唾液、涙、後はじゆうたんうらにまでみた時はこれ! のりせんぱいの『透視能力クレアボヤンス』対策にはずばーん! カーボクリーンで完璧です!! あー、水や浮力を操る能力があったらもっと簡単なんだけどナー?」


 本当にすぐそこに立ってこちらを見下ろしているのはういはるかざなのか。特殊メイクで顔を変えた別人とか、頭のアレに体を乗っ取られているとかではなく!!!???


(う、ういはるかざり。逆さに読むとなんか別の意味とか出てきたっけ? ソウブンゼとかタレサマダとか)


 これはこじれたらヤバい話だ。

 冗談が冗談で通じる間に、さっさと身を起こして謝った方がい。

 てんるいは決断した。確かに自分の意思で決めたのだ。

 そうしてまぶたける三秒前の出来事だった。


「いやあーそれにしても参りましたっ☆」


 びくっ!! と自分の肩が震えていないか心配で仕方がないてん

 恐ろしいほどすがすがしい声でういはるは一人、こうつぶやいたのだ。

 イタズラを仕掛ける時に独り言や鼻歌が多くなるのは、『冗談』の色を強くして無自覚な罪悪感を薄めるための心理的防御、だったか。


「……『こんな事』、何度も何度もやらかしているなんて外部に知られたら、それだけで死体の数が増えてしまいますからねえ。今さらうっそーとか言い出したら、ここでもう一回念入りにてんさんを殺さなくちゃならないところでしたし」


 うっそー、の『う』の口になったまま、てんの唇からは何も出ない。


(違うもん逆さに読んだらとか何度も読んだらとか生易しいのじゃねえ、こいつ名前オチの都市伝説で言ったらヒサルキとかそっち系かッ!?)


 まぶただって開かない。

 金縛りの密度みたいなものが、二回りくらい分厚くなるのが自分で分かる。


(と)


 意図して呼吸を静かにする努力が必要だった。そういえば汗とか大丈夫なのか。心臓は勝手に暴れているけど、この音は向こうに聞こえていないだろうか?


(とりあえずあたしの体重は四九キロではない訳だが、これはもうにこにこ笑顔のういはるさんから訂正のご許可をいただけそうな感じじゃない……ッ!?)


 バレてはいけない。

 てんるいがまだ生きていると同室のモンスターにられてはならない。

 しかしいつまでもこのままだと、お肉の処分が始まってしまう。

 その前に何とかしてういはるかざの目を盗み、支部から外に逃げ出さないと、手慣れた感じで人体一体分の質量がゴリゴリと消されてしまう……っ!!



 行ったり来たり、時折床で横倒しのてんるいの体をまたぐように移動したり。足音は音色だけではない、わずかにゆかきしませる重みの存在感がすごい。

 こっちはつむったままなので、余計に想像力が働いておっかない。

 ういはるかざの動きで部屋の空気が揺らぐだけで、てんはもう目尻から涙が浮かびかねない。だけどそんな事をやってしまったら、まだ生きている痕跡をういはるに目撃されたら、それだけでジ・エンドだ。

 出られない。部屋から外に出られない。隙間女というよりも、どっちかというとベッドの下のおのおとこてきだまいになってきた。

 幸い、ういはるは呼吸や脈拍を測る素振りは見せなかった。

 手持ちのパーソナル医療キットで雑に計測して後はほうったらかし。応急手当てやしんぱいせいといった希望を込めたてきな行動も一切してくれない。

 もう最初から死んでいる前提だし、何があっても迅速に消し去る方向らしい。

 とすとすとす、と足音の重みがてんから遠ざかった。しかし部屋の中には人の気配は残留している。目を閉じたままだと怖いが、薄目を開けてバレるのも怖い。今の音だってこちらを試しているだけかもしれない。薄目を開けた瞬間、すぐ隣に寝そべるういはるの顔とばっちり目が合ったらどうしよう……? てんるいの背中一面で、気持ちの悪い汗がぶわっと噴き出る。

 都市伝説豆知識なんていざという時には役に立たないものだ。自作のくねくね体操を踊ってもういはるかざの精神がぶっ壊れる訳じゃなさそうだし。

 動くべきか、とどまるべきか。

 というか、ここでてんがいくら悩んだってそもそも絶対の正解なんてないだろう。あるのは当人の選択だけだ。

 そしてこういう時、流行を追いかけてウワサにうるさいてんるいは情報収集して安心を得ようとしたがる。

 決断は一つだった。


「くっ……」


 こんしんの力を込めて、ゆっくりと己のまぶたをこじ開けていく。

 実際には一ミリあったかどうかも分からん薄目だが、てんにとっては自分の筋肉を引き千切るほどの決意があった。

 横倒しになった視界。

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