第1話 正しい太陽 ②

 サラリーマンは女の子のベージュの長いかみつかんでまわしている。


「このかみがた、この顔、俺は一回見た女を忘れないんだよ!」

ちがうって、何回言ったら分かるの、私じゃない!」

「?!」


 この声、さっきまで学校でいつしよにいたよしさんに似ている。

 その女の子はベージュのロングのふわふわヘアで、派手なメイクでアイシャドーも口紅もばっちりってある。白のVネックのニットを着ていて、水色のスカートはめちゃくちゃ短い。

 細いストラップでなんとか足にくっ付いているハイヒールは、男にかみつかまれてふらふらしている。

 学校のよしさんは、くろかみのセミロングで制服は標準でくずしゼロ。

 ……いや、さすがにちがうわ。声が似てるだけの別人だ。

 信じられないけど、声はさっき聞いたばかりだから覚えていて、なんだか引っかかる。俺はこの町でバイト歴が長く、女の子の変身を見破るのは得意だ。ビルのすきから女の子をよく観察する。


「おいこっち来いよ、取られた金お前から取り返してやる!」


 サラリーマンは女の子のうでを引っ張ってまわす。

 俺がビルのすきから見ている間も、ふたりのとなりを色んな人たちが通り過ぎていくけど、だれも興味を持たない。俺だって聞いたことがある声だから立ち止まっただけで、本当ならもうバイト先にもどってる。


ちがうって言ってるでしょ! さわらないで!」


 女の子が悲鳴を上げる。……やっぱり声はよしさんに似てる。でも……でも……。

 俺は周りをわたす。だれか助けてやれよ。てか、ぐうぜん警察が通らないかな。

 ……いや、警察がこんな小さなケンカにかいにゆうすると思えない。バイト先の店長にれんらくしてきてもらったほうが良くないか? だって俺みたいな弱いヤツ、役に立たないし。下手にかいにゆうしてアイツが逆上したらさらやつかいだ。

 俺がやらなくても……俺じゃなくても良いんじゃないか。

 他にだれか適任者がいるだろ? もっと身体からだの大きな大人が助けるべきなんだよ。

 俺なんてなにもできないし。それに声が似てるだけでよしさんじゃないかもしれないし。

 ブツブツと言い訳を探しながら、本音はひとつ。足がすくんで動けない。

 サラリーマンが女の子のうでつかんだ。


「こっち来い!」

「行かない!」


 そうさけんだ女の子の長いベージュのかみれて、その下に黒いかみがチラリと見えた。ウイッグをかぶってる。ウイッグをかぶる時は地毛を押さえるために専用のネットをかぶるんだけど、男に引っ張られてそれもズレてきてる。中の地毛は黒い……つまり本当によしさんが変装してる確率が高い。俺は確信を持ち、親指に巻いてあるバンドエイドを強くにぎった。

 ……あのくつる方法。

 いけ! 自分の中に気合いを入れてかげから飛び出して、よしさんの手を引っ張った。


よしさん、こっち」

「!! えっ、だれ?! えっ、うそつじくん?! なんで、えっ?!」


 つじくんと呼ばれて、本当によしさんだったとおどろきつつ安心した。でも今は説明してる時間がない。

 俺はよしさんを先導してビルのすきに入った。よしさんはハイヒールをカンカンいわせながら俺のあとを付いてくる。


「まてこらあああ、そいつに用があるんだよ!」


 ぱらいサラリーマンが追ってくる。俺たちはビルのすきをぬって走る。右折して、左折して……それでもサラリーマンはあきらめずに追ってくる。

 ってんのに元気だな。俺の後ろを走っているよしさんは必死だ。そりゃハイヒールで全力しつそうだれだってつらいだろう。走りながら生ゴミだらけのゴミ箱をばして道をふさぐと、中からゴキブリとネズミが大量に走り出した。男がそれをけている間に目の前にあったビルの階段をがり、とある部屋のドアノブをもんにんしようで開けて入る。

 よしさんがドアの前でさけぶ。


「えっ?!」

「いいから入って」


 俺はよしさんを中に入れて中からかぎをして、ドアの前に座り込んだ。

 背中のドアをゴンゴンゴンゴンばす音がひびく。


「おいこら出てこい、ここにげ込んだのは分かってるんだぞ、くそ女、お前が連れてった店のせいで俺は会社クビになったんだ!」

「……ぼったくりに連れて行った……とか?」


 はあ、はあ、と横で息をしているよしさんに向かって俺はおずおずと聞いた。

 よしさんはあらい息をきながら首をぶんぶん横にった。

 ぼったくりに連れて行く……学校での優等生キャラからすると、あり得ない。でも……この服装のよしさんならアリかも知れない。

 他人のそら似の可能性80%、本当にデートクラブとかでバイトしてて、気がつかずにぼったくりに連れて行った可能性20%。会計時に女子は裏口からげて、秘密にされてることもあるから、本人が知らずにやってる時もある。

 俺たちの背中ではゴンゴンとドアをばすサラリーマンがさけんでるので、俺は少しだけ身体からだよしさんに近づけて話す。


「……プリント分け手伝ってくれてありがとう。おかげでバイトに間に合った」

「それで助けてくれたのね。でもこれ助かったって言えるじようきようかな? あ、私学校と外でキャラちがうから、びっくりさせてごめんね。もうバレちゃったし開き直っちゃう、ていうかよく気がついたね」


 そう言ってよしさんは顔をくしゃぁとして笑った。

 クラスの真面目美少女のくしゃくしゃがお……こんなじようきようなのに「よしさん、こっちのが全然わいいな」と思ってしまった。

 でもまあ確かにその通り。のんびり話しているが背中のドアはドコドコられている。俺はスマホを開いて時間を見た。


「もうすぐ来ると思う、けど」

「え?」


 俺たちがだまってドアの前に座っているとカンカンカン……と階段を上ってくる音がひびいた。そしてドスがいた低い声がせまおどひびく。

 ……助かった。その音に俺は心の奥底からあんした。


「おいテメー、うちの店の女の子に何の用だあああ?!」

「えっ、ちがいますよ、俺をだました女がここにげ込んだんスよ!」

「みんなそう言うんだよ、こっち来いや!」

「ひえええ、うわああああ……!!」


 ドアをっていた音とさけごえが遠ざかり、静かになった。

 俺は立ち上がって部屋の中を歩き、通路側の窓を開けた。遠くのほうにお兄さんたちに連れて行かれるサラリーマンの姿が見えた。

 もうだいじようだ。お兄さんたちがガッツリしぼってくれるはず。

 良かったと外を見ているとうでにむにゃりとやわらかい感覚。

 んん? 横を見るとピンク色のかみの女の子が目をかがやかせて立っていた。


あきだあ~。またバカが来てたの? ね、私のブラジャー知らない? また無くなったの」

「!!」


 むにゃりとしていたのは、ブラジャーをしていない胸だった。ペラペラなキャミソールなので、くびがばっちりけて見える。だから高校生の前でその姿はやめてほしい。俺は目をそらしてきわめて冷静をよそおって、


「ミナミさん、ブラはいつも洗面所に干してますよね」

「あー、忘れてた、ごめんごめん~~」

「あと部屋の中、ノーブラでふらふらするのやめてください。きんきゆうなん所として指定されてる場所なんで男も入りますよ」

「入れる人なんて決まってるじゃん~~」

「それでもやめてください。あの、そろそろ時間なんじゃないですか? 行った方がいいと思います!」

「この子新人ちゃん? どこのお店? わいい、若いね~、また会おうねー!」