第1話 正しい太陽 ③

 ミナミさんはよしさんの顔をのぞき込んでほほみ、去って行った。

 ……はあ。やっと本当に落ち着いた。

 きんきゆう事態で仕方なく入ったけど、やっぱりここは下着姿の女の子が居て慣れない。マジで無理すぎる。俺は熱くなったほおに手で風を送りながらよしさんの方を向き、


「ここはふうぞく店で働いてる子のひかしつなんだ。ヤベーヤツが来た時にげ込めるようにもんにんしようがんじようなドア、警備システムが付いてる便利な場所」

「……つじくん、なんでこんな所知ってるの?」

「ここら辺でバイトしててくわしいだけ。よしさんこそ、どうしてこんな所に……」


 そう言って横を見ると、よしさんのくつが目に入った。そのくつはストラップが外れてプラプラと宙にいていた。俺の視線に気がついたよしさんはくつを見て、


「あっ、留め具がない! どこで落としたんだろ」


 とさけんだ。ふたりで入り口や周辺を見たけど、留め具は落ちていない。

 よしさんはこわれたくつを持って「バイト先でくつを借りる」としようした。

 それでもここから歩いていくのさえ無理なように見えて、俺はその場から立ち上がって洗面所に向かった。そしてそこから数本の輪ゴムを持って、


「とりあえずこれで止めるとか……?」

「わ。助かる。もらって良い?」

「お弁当を止めてる輪ゴムが冷蔵庫の上にため込んであるの知ってたから」

「ありがとう。じゃあこれを頂いて……」


 よしさんはゆかにペタンと座り、足先を持ち上げてくつの中に入れて、くつ先から輪ゴムを入れてパチンと止めた。そして足だけ持ち上げてフイフイと動かした。


「……うん。だいじようそう」


 俺は短いスカートを穿いた状態で生足を持ち上げているのを直視できず、少しはなれた状態でそれを見守る。よしさんは「えい」と立ち上がり、まずまどぎわのほうに歩き、いて今度は俺のほうにトコトコと歩いてきた。そして目の前で立ち止まり、


「カポカポ言うけど、だいじようそう」


 と言ってがおを見せた。よしさんが歩いて連れてきた甘い香りが同時にふわりとただよい、ドキドキしてしまう。

 そしてゆかに置いてあったカバンを持ち、


「本当にありがとう。助けてもらってこんなこと言うのなんだけど……すごく意外。つじくん、学校で女の子と話してるのとか全然見ないし、こんな風に助けてくれる人だと思わなかった」


 実際、よしさんだと確信が持てなかったら、俺もスルーしようと思っていたわけで……ごこが悪くなり目をらし、


「……いや、うん。俺、学校で存在消してるし、なかぞのとしか話してないから」

なかぞのくんはここでバイトしてること知ってるの?」

「知らない。学校のだれにも言ってない。俺さ、ここら辺で働いてることだれにも知られたくないから。だからよしさんも秘密にしてくれないかな」


 俺は学校で目立つタイプではない。身長は背の順で真ん中、ぐせのひとつも付かないストレートなくろかみの、本当につうの男だし、中学で不登校になってから、学校で注目されるのが苦手になった。よしさんはゴムで何とかぶら下がっているくつらしながら、


「私も学校とちがって、こんな服装でウロウロしてること秘密にしてほしい」

だれにも言わないよ、約束する」

うれしい」


 とほほんだ。そのがおがあまりに丸くて学校と全然ちがって心臓がつかまれたみたいに苦しくなる。よしさんはカバンからスマホを出して、


「今日のお礼がしたいから、明日学校終わったら話さない? れんらく先教えて?」


 そういってよしさんは小さなカバンからスマホを出した。

 俺の心臓がバクンとねた。正統派美少女のよしさんとれんらく先をこうかん。マジで?

 でもまあ教えてと言われるなら……と俺はスマホを取り出した。よしさんは、


「LINEでもいい? インスタはログインばれるから、学校出たら落としてるの」

「ああ、だいじよう


 俺たちはLINEをこうかんした。よしさんはカバンからい・ろ・は・すのオレンジ味を出して一気に飲んで口元をいた。


「じゃあ明日学校で。あ、でもここで会った事はちゃんと秘密にする、絶対だれにも言わないから、ふたりだけの秘密ね。助けてくれてありがとう」


 そう言ってよしさんはとなりの通りに向かって走って行った。

 俺はLINE画面にあるよしさんのアイコンを見てニヤニヤしてしまった。

 母さんとバイト先の人としかいなかった友達らんに、よしさんがいる。よしさんは妹だろうか……そっくりでわいい女の子とふたりで写っている写真をアイコンにしている。こんなわいい子とふたりだけの秘密……。どう考えてもうれしくてニヤニヤしてしまう。……が、すぐに店長から電話がかかってきて走り始めた。配達ひとつに時間かけすぎた。

 走りながら俺は親指に巻いたバンドエイドにれた。実はクラスでホウキが折れた時、その折れたへんが指にさってをした。……少しこうかいしたんだ。グラグラしてた時に早く持って行けば良かったって。

 勇気を出して良かった。



「おはようあき。朝ご飯どうぞ」

「母さんおはよう」


 俺はカバンを置いてに座った。

 俺はパンにジャムをりながら横に座っている父さんのほうを見た。


「父さん、プリンター、直しといたよ。紙がグチャグチャになってまってた。サイズがちがうの入れただろ」

「あれ? なんかちがうのっ込んでた? いつもと同じ紙を入れたぞ」

「入ってたのB5だったよ。変なことせず、エラーメッセージちゃんと見てよ」

「へいへい」


 まるで悪びれない父さんにあきれながら俺はオレンジジュースを飲んだ。

 母さんは俺の前の席に座り、


「昨日もバイトに行ってたの? 部活入らないの? 四月なんだし入るならいタイミングじゃない? 走りたいなら部活で走ればいいじゃない?」

「いや、もう部活はいいよ。ちゃんとつうに学校行ってるからいだろ」

「そうだけど……」


 そういって母さんはコーヒーを口に運んだ。うちの母さんは近所のスーパーでパート、父さんはサラリーマンというつうの家庭だ。俺はこの家の一人むすで、正直何不自由なく育ち、中学では陸上部で走っていた。でも正直もう部活には入りたくない。陸上部だった時、とうさつ事件があり犯人として疑われた。

 真犯人がつかまりぎぬは晴れたが、学校がイヤになってしまった。

 母さんは最初こそ心配してくれたが、二ヶ月もすると勉強のおくれと、もう中三なのに高校はどうするつもりだと何度も聞くようになった。そして「これ以上学校に行かないとつうの人生が送れなくなる」と言い続けた。

 その時に母さんはすげー『つう』にしつしてることに気がついた。

 たぶん……ばあちゃんが関係してるんだと思う。

 ばあちゃんは母さんと正反対、とにかくエキセントリックな人で、それこそ不登校になった俺の首根っこつかんではん街に投げ込んだ人だ。

 ばあちゃんは、やることが全て派手で、中一の俺に「一生分のお年玉をやる」って百万くれたこともある。母さんはおどろいて返そうとしたが、ばあちゃんはゆずらなかった。

 いわく「この百万であきの人生の方向が見える」。よくわからないけど俺はその百万でずっとしかったパソコンと画像加工ソフトを買った。

 そのおかげでパソコンに強くなって、得してるのは父さんな気もするけど。

 つうの家庭の母さんと父さん、それにエキセントリックなばあちゃんとバイト先、俺はどっちもきらいじゃない。


「じゃあ行ってきます」

「はい、気をつけて。だいじよう? イジめられてない? 何かあったら早めに言ってね」

「……はいはい」