第1話 正しい太陽 ④

 不登校になってからずっと送り出す言葉はこれだ。

 もうやめてくれと思うが、逆に「二度と不登校なんてならないでほしい」という願いがけて見える。不登校になる前はすいせんで高校に行くつもりだったけど、三ヶ月休んだことで消えた。

 決めた高校は電車で一時間かかる私立で、すいせんで決まりそうだった高校よりへん値も低く授業料も高い。めいわくかけたのはちがいないので、心配はなおに受け取ると決めている。


「チョリッス、あき。マジネムすぎ。配信おもしろくて気がついたら朝だった」


 登校すると、学校の箱で同じクラスの親友……なかぞのたつに話しかけられた。俺はうわきを出しながら、


「昨日大変だったんだぜ。うち先生に仕事たのまれてプリントごく

「いや、お前がそれを俺にたのんだとしても、俺は見捨てた。ゲームの約束してたし」


 なかぞのはキュインとウインクした。同時に天パの茶色のかみがモファとれた。

 コノヤロ……と思うが、まあ俺もたのまれたらバイトを理由にげる可能性が高い。

 なかぞのは同じ中学出身のゲーム好き。頭も言葉もチョロいが、とうさつ事件の時にたったひとり「あきがやるわけねーじゃん」と俺を信じてくれたヤツで親友だ。すいせんが消えたのは残念だけど、なかぞのがいるのは正直うれしい。

 後ろのドアから教室に入ると、一番前の席に座って本を読んでいるよしさんが目に入った。

 昨日の夜とは全然ちがう。ゆるく編まれた三つ編みをかたに乗せ、背筋をピンとばしている。

 このギャップにおどろかなかったかと言われたらもちろんおどろいたけど、夜の街では男が女に変身する世界だ。だから受け入れられたけれど、あの姿を見た後だと、学校の姿を見るほうがドキドキする。

 よしさんは声で気がついたのか、本を置いて俺の方をチラリと見て、目を細めた。

 ……おお。アイコンタクト。なんか秘密の関係って感じでドキドキする。

 するとすぐにLINEが入った。見るとよしさんからだった。


『待ってたよ、おはよう! 今日バイト前に話せる?』


 チラリと席のほうを見ると、よしさんは本を読みながら机の上にスマホを置いている。

 待っていた、俺を。

 スマホをにぎる手があせばみ、シャツでぬぐった。

 ざわざわとさわがしい教室の中。昨日までただのクラスメイトだった俺とよしさんがふたりだけの話題で話してるなんてだれも知らない。

 そんなのすげー興奮する。でも冷静な表情をよそおって、


『じゃあこの店で十七時に待ち合わせはどうかな。バイト先の近くなんだ。んで俺は十八時からバイト』


 と返した。それはすぐにどくになり、


『私も十八時からバイト。じゃあ十七時にいく。一時間は話せるね。またあとで!』


 とクマのスタンプがおどった。チラリとよしさんを見ると他のクラスメイトといつしよに教室を出て行った。

 俺はスマホをポケットに入れてニヤニヤするくちびるんで机にたおれ込んだ。

 やべえ、これ、なんだかすげぇ楽しいんだけど。

 ニヤニヤしていると、視界になかぞのきよだいスマホが転がり込んできた。

 画面にはFPSの試合が映っている。


「なああき。コレ見ろよ、エイムやばくね?」

「……いや、マジで落ち着かないわ」

「見ろよ、この角からの飛び出し。マジ何で反応できるんだって感じだよな」

「……もうきんちようしてきたわ、楽しみすぎる」


 正直俺はまだ心臓がドキドキしていて、なかぞのの話なんて一ミリも聞いてなくて自分が言いたい言葉をいている。でもなかぞのはゲームのことしか頭にないので、俺が話半分しか聞いてなくても気にしない。だがそこがいい。


「これラグじゃねーのって言われてるけど、どう見える?」


 あまりにもグイグイと画面を見せてくるので、仕方なく意識をもどす。


「……昨日の大会?」

「そうなんだよ、これ見てたら深夜二時。マジでねむい。課題写させて」

「自分でやれ、バカ」


 なかぞのはここの高校にギリギリの成績ですべり込んだ男だ。

 それでもプロゲーマーにさそわれるほどゲームがくて、顔出し配信もしている陽キャでクソモテる。俺もゲームはなかぞのとたまにするけど、何時間もしたくない。じんさつりくされて腹立つだけだ。なかぞのは一日最低でも七時間やるって言ってたから、そりゃもう「向いてる」ってやつだろう。ゲームにしか興味がないなかぞのといるのが、俺は気楽だ。

 声がしてろうを見るとうち先生といつしよに大量のノートを運んでいるよしさんの姿が見えた。

 うち先生に言われて、よしさんは再びろうを歩いて行く。

 ……他にも何か運ぶものがあるのか?

 少しだけでもいいから話したい。

 昨日のことが夢じゃなかったと感じたい。

 動画を流しながら延々語ってるなかぞのに「トイレ」と伝えてよしさんの後ろを追った。

 目の前を歩いているよしさんは、ゆるく編まれた三つ編みをらしながら歩いて行く。そして資料室に入り、ノートの束を持った。俺は横から近づいて話しかけた。


「……運ぶの、手伝い、ます」

「あ。……ありがとうございます」


 俺が半分ノートの山を持つと、横に立ったよしさんもノートを少し持ち、そのまま身体からだを俺のほうにトン……とぶつけてきた。

 え? 学校では近づかない方が良かった? 俺調子に乗ったかな? と横を見たら、よしさんが俺の耳に口を近づけて小さな声で、


「(助かっちゃった。いつもたのまれるの。マジれい。ありがとう)」


 と言った。耳元にふわりとかかる息と甘く香るシャンプーの香り。

 よしさんが小声なので、俺も小声で、


「(いつでも手伝うよ)」

「(……うれしい。ノートって重たいんだもん。つかれるよ)」


 そういって目を細めてほほみ、俺のほうを見た。

 昨日と同じ話し方なのに、学校の姿のよしさんがそこにいた。

 ……やべえ、やっぱり夢じゃなかった。

 あのよしさんと、このよしさんは同じ人だ。

 俺はゆるんでしまう口をなんとかもどして、よしさんといつしよにノートを持って教室にもどった。

 そして「学校ってこんなに時間進むのおそかったか?!」とイライラしながら授業を受け、たまにスマホを取りだしてよしさんとのやり取りを見てニヤニヤした。

 バイト先で会う……ちょっと待てよ、バイト先の服って油ですげーくさいから一回家に帰って服を取ってこよう。

 母さんにバレないようにバーッと入ってバーッとげだそう。

 いつものくさい服でよしさんに会えない。


第2話 吉野さんとふたり、喫茶店で


「おはようございます」

「あらあきくん、今日は早いのね」

「バイト前に近くの店で人と会うので」


 学校が終わりだいおにのような速度で家に帰り服をつかんでバイト先にけつけた。

 基本的に俺は、日曜日と平日の十八時から二十一時までバイトしている。ばあちゃんに投げ込まれた場所だけど、時給が良く、めたお金でパソコン周りに課金できるし、服も買えて楽しい。本当は二十二時までバイトしたいけど、それはさすがに勉強する時間がなくなる。母さんはばあちゃんがしようかいしたここをいと思ってなくて、すきあらばめさせたいと思っている。成績が落ちたらそれを理由にされるのは目に見えているから、成績は落とせない。

 大学は行くつもりなんだけど……正直大学行ってまで学びたいことがないし、ここで働いてる人たちは、い大学を出ても大変そうな人が多い。だからそれを目指す意味が分からなくてやる気が出ない。


「うし。こんな感じでいいだろ」


 制服をハンガーにかけて、ひかしつにある鏡で全身をチェックする。