第1話 正しい太陽 ⑤

 いつもはここに置きっぱなしの黒のパーカーに黒いパンツだ。家で着古した服を適当に着ている。制服がないのでセルフ制服なんだけど、店内はずっとものをしてるので、服がものすごく油くさくなる。そんな服でよしさんに会いたくない。だって昨日のよしさんはすごくわいかったから。

 でも昨日の服をもう見られてるから、ここでがんりすぎるのも変か?

 いや、きたない服装より、キレイな服の方がいに決まってる。だって昨日のよしさんの白のVネックとミニスカわいすぎた。Vネックのすきから見えてたキャミが黒なのがまた良かった。長い足がスラリと、もう最高だった。

 少し高めのシャツにカーディガンを羽織った自分を見て、やっぱカーディガンはないのでは? といつものパーカーを羽織ったが、くさい。

 やっぱこれじゃない。今日はカーディガンで行く。穴だらけのGパンじゃなくてつうのスラックス。でもこれがくさくなるのはイヤだからバイト前にえよっと。

 その服装でひかしつから出ると、パートで働いているしながわさんが目を細めた。


「あら。あきくんカッコイイじゃない。頭良さそうに見えるわよ」

「頭良くないです、何個かどーしても解けなくて困ってるんです。週末バイト前に勉強見てもらっていいですか?」

「いいわよ。数学?」

「そうです、引っかかってそこから動けなくて」

「じゃあ日曜日の交代前でい?」

「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げるとしながわさんはからげを並べながら、


れいと遊んでくれるの助かるし、全然いいのよ」

れいくん、足めちゃくちゃ速いですね。もう勝てないです」

「バスケが好きみたいなのよねー」


 そういってしながわさんはほほんだ。しながわさんはこの店で長くパートとして働いている人だ。

 昔有名じゆくで講師として働いてたんだけど、生徒の子どもをにんしんにんしんさせた生徒の親とじゆくは、しながわさんだけを責めて追放した。そしてしながわさんは保育所があるうちのキャバクラに入店してきた。でも過去を知ったばあちゃんが自分が持ってるじゆくに講師として採用。しながわさんはそれからじゆく講師をしながら、ここでパートとして働いていて、俺はたまにむすれいくんと公園でバスケをしている。

 俺はじゆくで他の先生に習ったこともあるけど、正直しながわさんのほうが教えるのがうまい。ただ答えに導くだけじゃない、次も必ず解けるように指導してくれるんだ。こんなに頭が良くて有名大学出てるのに、ひとりで子育てするのは経済的に大変だと思う。

 にんしんさせた男はほんとクソだと思うけどしながわさんは「私が好きで産んだの」という。

 しながわさん見てると、勉強って、大学って、何だろ……と思うけど、クソ男に引っかかっても勉強してたから、こうやって講師の仕事もできるわけで。

 しながわさんは「学歴は人生のくつみたいなもので、いてたほうが安心。まあなくても歩ける」と言う。よく分からないけど、少しだけ分かる。そんなしながわさんをすごく尊敬してるし、信用してる。

 俺は背筋をばした。


「……変じゃないですかね。こう、がんりすぎてないですかね?」

「ちょっと~~。あやさんには絶対秘密にするから教えて? デート?」

「絶対ばあちゃんに言いますよね?! ちがいます、全然そうじゃないんですけど、とにかく……めっちゃわいい子とお茶飲んできます」

「やだ──。にんしんさせないでね?」

「……しながわさんがいうと重みハンパないッス」

「ゴム持った?」

「お茶です!!」

「かっこいいわよ、だいじよう。自信持って」

「……はい」


 俺はしながわさんに頭を下げて店を出た。

 この店は地下鉄の駅から徒歩五分程度の所にある。夕方のこの時間帯は仕事を終えたサラリーマンたちが飲み屋に消えていく。居酒屋に呼び込む声、そばのにおい、これから出勤するキャバじようたちの笑い声と、ゲーセンから聞こえてくるばくおん。俺はこのはん街が好きだ。

 慣れた裏路地を歩き、待ち合わせのきつてんに向かう。指定したのはバイト先から少しはなれた所にある、れいきつてんだ。

 どこにしようかなやんだけど、ここら辺で二年バイトしてると顔見知りの店が多くて、女の子と会っててネタにされない店をいつしゆんで必死に考えた。

 しながわさんや昨日会ったミナミさんも、みんな俺をイジって遊ぶんだ。やめてほしいけど……色々相談には乗ってほしい。自信ないけどスタート時点でかっこつけたから、このまま大人っぽい町で働くキャラでよしさんの前に立ち続けたいんだ!

 一階の店の窓ガラスでかみと服装をかくにんして店に入ると、窓側の席にもうよしさんが座っていた。

 今日のかみがたは昨日とまたちがう……くろかみロングは背中まである……それに白色のハイネックセーターにスリットが入ったロングスカートに黒くてごついブーツ。

 ん───、わいい。昨日のVネックとミニも良かったけど、スリットもすごくいい、ものすごくいい。少しせきばらいをして声を整えて、


「……待たせた?」


 俺がそう言って近づくと、長いくろかみをくるりと回してパアアとがおを見せて、


つじくん! 私が早く来ちゃったの。だからここで待ってたの。今日も私が一目で分かった?」


 と目を細めた。その目の上は学校とはちがいキラキラとしたアイシャドーがのせてあり、口紅はひかえめなピンク色だ。

 ……わいい。俺はドキドキしたが冷静な表情で答える。こんなことでキョドると思われたくない、知識だけはある。


「俺女の人の変身よく見てるから、わりと分かる。昨日も動いた時にベージュのウイッグの下から地毛が見えてよしさんだって確信したんだ。今日はくろかみロングのウイッグなんだね」

「そう! 見て見て! 今日はネットかぶらないタイプのやつで、上は自分の毛なんだよ。その下にぐる──っと回すみたいにひもがあって、それではだにくっつけてるの」

「それだとフルウイッグとちがって頭がさないって聞いたことがある」

「やっぱりつじくん、大人っぽい所で働いてるだけあって、冷静だし何でも知ってるんだね」


 ……冷静キャラ、どうやら成功してるみたいだ。

 俺はに座って店員さんに手を上げた。


「とりあえず話そうか。あ、すいません。コーヒーください」


 実の所コーヒーは苦手だが、大人っぽい俺ゆえ、とりあえず飲む。

 ギリ飲めるけど、しいとは思わない、すっぺーもん。

 俺は注文してよしさんの横に座った。

 よしさんはオレンジジュースを注文していたようで、それを引き寄せて一口飲み、


「私がバイトしてるの、あのメイドカフェなの。店員全員げんえきJKが売りだけど、あんな短いスカートのJK今時いないよね。あ、見せパン穿いてるから気にしてないんだけどね」


 そう言ってよしさんが指さしたのは、大通りに面しているカフェだった。

 たしかにあの店はわいい子がちようミニスカで接客してくれることで有名だ。

 よしさんはストローでカラカラと氷を回して、


「一年くらい前に高校生もOKなけん会社に登録してね、ここには一週間くらい前にきたばかり。時給がいところメインで選んでるから制服がきわどい所が多くて。知り合いに絶対バレたくないから始めたガチ変装なんだけど楽しくてハマっちゃって。ウイッグ二十個くらいあるの。見て!」


 そう言ってスマホロックを解除して写真を見せてくれた。

 そこには色んな色のウイッグ……ピンクからベージュ、長さもロングからショートまでたくさんあった。それを着用してりしているがおは、どれも学校と全然ちがいメイクだ。