第一章 屋上で鉢合わせる女性には大抵何かある ③

 うん、確かに。


「じゃあ、自分でなんとかするしかないか」

「……」


 協力が得られないなら仕方がない。俺だけでなんとかするしかないだろう。

 がし先輩がパンツを穿いていないことを隠している可能性がある以上、他に協力者を求めるなんてことはできない。

 ひよりに対してだって、生徒会役員だから相談しただけだ。

 ただおさなじみだからという理由で人の秘密をべらべら話したりはしない。

 さて、ひとまず困ってはいる。

 また屋上でばったり鉢合わせなんてことがあればあっさり聞き出せてしまうかもしれないが、特に大きな接点もない男から突然『どうしてパンツ穿いてないんですか?』なんて聞かれようものなら、いくらがし先輩でも怖がらせてしまうだろう。

 だからこそひよりの協力が必要だと思っていたのだけど────。


「ねぇ、なつひこ

「ん?」


 ひよりから名前を呼ばれ、俺は一度思考を中断する。


「あんた、本気なのね」

「うん」

「……そう。じゃあ、仕方ないわね」

「え?」


 俺の目の前で、ひよりは自分のスマホに何かを打ち込む様子を見せた。

 その行動に首をかしげていると、突然後ろから首元に何か強い衝撃を受けて、俺の意識が揺らぐ。

 ぐわんと大きく揺れる視界の中、倒れかける俺を椅子から立ち上がったひよりが受け止めた。


「悪いわね、なつひこ。でも、あんただって悪いのよ」


 意識を失う寸前に見えたひよりの顔は、どこか悲しそう────なんてことはなく、めちゃくちゃ面倒臭そうな顔をしていた。


◇◆◇


「ん……」


 小さな物音で、俺は意識を取り戻した。

 ゆっくりと目を開けば、そこはどこかの薄暗い教室。

 学校の中ということは間違いなさそうだけれど、俺はこの教室の内装に見覚えがなかった。


「……お目覚めのようです」


 そんな状況で不安になってしまうよりも先に、女の声が耳に届いた。

 視界に入ってきたのは、三人の少女。

 彼女らは椅子に座らされた俺を見下ろし、まるで値踏みするような視線を向けてきていた。


「あ、あの……これはどういう状況────」

はなしろなつひこ君、ね。申し訳ないんだけど、あなたのことを拘束させてもらったわ」

「拘束?」


 最初に口を開いた少女とは別の少女にそう告げられ、俺はすぐに自分の状況を理解した。

 俺の体は、縄によって椅子に固定されてしまっている。

 縄自体はただ結んであるだけだし、時間さえあれば抜け出すことはできそうだ。

 そう、時間さえあれば。

 少なくとも目の前にいる彼女らは、俺にそんな時間を与えてくれそうにはない。


「えっと……俺何か悪いことしたのかな、ひより」

「……はぁ」


 この教室にいる三人の少女のうちの、最後の一人。

 我がおさなじみであるいちひよりは、俺の前で盛大にため息をついた。


「あんたのことだし、もう気づいてるんじゃないの? ここがどこで、どうして拘束されているのか」

「……まあ、ね」


 俺は改めて彼女らの姿に視線を向ける。

 ひより以外の二人。俺は彼女たちにも少しだけ見覚えがあった。


「えっと……どう先輩と、ふた椿つばさん……だっけ」

「あら、知ってくれているのね」


 どう先輩がようえんほほむ。

 生徒会副会長、どうアリス。

 藤色の髪と日本人離れしたスタイルを持つ彼女は、確かハーフなんだとか。

 本当に高校生? と尋ねたくなるほど大人びたその風貌は、多くの男子の支持を集めファンクラブすらできていると聞く。

 こうして目の前にしてみると、確かにエロ────じゃなかった、色っぽい。

 そしてもう一人は、一年生のふた椿つば

 がし先輩やどう先輩というあまりにも強すぎる光によって影になってしまっているが、そのぜんとした態度や小柄な姿は、一部層から熱狂的な支持を得ていると聞く。

 いわゆる後輩属性というやつだ。

 そのわいらしさに魅了されるファンが多いのもうなずける。

 役職はなんだったか。ひよりが会計だし、消去法でいくと書記かな?

 ていうか、ひよりが会計って俺的にはツボなんだよね。

 あれだけ粗暴なのに細かい計算作業をしなきゃいけない役職にいるっていうのが、よく務まっているなぁと────。


「ひ、ひよりちゃん? どうして急にはなしろ君の顔を蹴ったの?」

「すみません、どうせウチに対して失礼なこと考えている顔してたので」


 勘が良すぎるって。


「すごいですね、ひより先輩の蹴りを受けて息があるなんて」


 ふたさんが俺の方を見て目を見開いている。

 そういえば、ふたさんはひよりと同じ道場で空手を習っているんだったか。

 何度かひよりの口からふたさんの話題が出ていたため、なんとなく覚えている。

 ならばあの伝説も知っているということか。

 中学の頃の大会で、ひよりは対戦相手の意識を一撃で刈り取った。

 その際に放った上段蹴りがまるで死神の持つ大鎌のように見えたという観客の証言から、彼女についた二つ名は〝赤き死神〟────。

 あまりにも仰々しい名前だが、妙に似合っているのが個人的にはツボだ。

 ……あれ? ちょっと待ってほしい。

 俺って空手経験者が息を引き取るような暴力を毎回振るわれているってこと?

 最近暴力ヒロインがあんまり受けないからって、今度は殺人ヒロインか。

 それはそれで今時らないよ、多分。


「……ごほんっ。ともかく! はなしろなつひこ君。あなたの身柄は、我々生徒会役員が拘束させてもらったわ」


 どう先輩が強引に話を本筋に戻した。

 ひよりがさっき俺の話を聞きながらスマホをいじっていたのは、この人たちに連絡を取るためか。

 そしておそらく俺を気絶させたのは、ここにいるふたさん。

 この人たちが自由に使える場所、それはつまり生徒会室であり、ここに拘束される理由なんて、心当たりは一つだけ。


「俺がここに連れてこられたのは……がし先輩について知ってはいけない情報を知ったから?」

「察しがよくて助かるわ、はなしろ君。そう、あなたはゆいについて知ってはいけないことを知ってしまった」

「で、でも、別に下着を穿いてないことくらい大した秘密でも……」

「……あの子、下着穿いてなかったの?」

「え? ああ、まあ」


 どう先輩は振り返り、ひよりを手招きして呼ぶ。


はなしろ君が言ってることって本当?」

「……らしいですよ」

「っ……あきれた。あんなにって言っておいたのに」


 何やらどう先輩が困っている。

 知ってはいけないこと、それすなわちがし先輩の下着のことについてだと思っていたのだが、どうやら俺が見たものに関する詳しい情報はまだ伝わっていなかったらしい。

 そこから分かることは、下着の有無自体が大きな問題にはなっていないものの、何か重大な秘密にそれが大きく関わっているということくらいか。


「俺を口封じするつもりですか」

「申し訳ないけど、そういうことになるわね」


 どう先輩がじりじりと近づいてくる。

 そして彼女は、俺の制服のワイシャツに手をかけた。


「な、何をするつもりなんですか!?」

「脱がすのよ、あなたを」

「え!?」


 なんだそのごほうは。こんなことで俺の口を封じようと思っているのであればいくらでもやってほしい。

 なんなら俺自ら脱いだっていいよ。


「……何鼻の下伸ばしてるのよ。今あんた、脅しの材料を撮られようとしてるのよ?」

「脅し?」


 そこで俺は気づいた。

 ひよりの隣で、ふたさんがカメラを構えている。

 ああ、なるほどね。服を脱がされて恥ずかしい姿になった俺を写真に収めようとしているわけか。

 それでこの写真をばらかれたくなければ、がしゆいの秘密を黙っておけと。


「え? じゃあ結局ごほうじゃない?」

「……は?」


 俺の一言で、場の空気は完全に固まった。


「だって元々がし先輩の秘密なんて他の人に話すつもりないし、それなら俺はどう先輩に服を脱がされただけの男になるじゃん。それをごほうと言わず何をごほうって言うんだよ」

「……はぁ」


 ひよりが頭を抱えている。

 何かおかしなことを言ったかな、俺。

 完全にノーリスクで俺は美少女に服を脱がされようとしているわけで、どう考えてもごほうを受け取っているようにしか思えない。

 人前で露出するのは俺といえど恥ずかしいけど、相手が美少女ならそれもまた良し。