第二章 高嶺の華にギャップは用法用量を守って ②

 つまりがし先輩が模範的な生徒ではないということが周りにバレれば、生徒会長をクビになってしまうわけだ。

 本来であれば多少ポンコツだったところでわいげがあると見なされて終わりなんだろうけど、大事なのはがし先輩の不信任決議が確定した段階で再度会長選挙が行われるという部分。

 この学校で生徒会長に就任するということは、すなわち難関大学への推薦切符が手に入るということ。

 それを喉から手が出るほど欲しがっているやからはいくらでもいる。

 がし先輩を引きずり下ろすことで生徒会長になり替わろうとする者がいる限り、隙を見せることはそのまま転落につながってしまうわけだ。

 特にパンツを穿いていないなんてかなりのスクープになり得るだろう。

 そう考えると、俺はだいぶ大きな秘密を握ってしまったということになるな。

 なるほど、拉致されるわけである。


「ウチらは生徒会として活動しながら、がしセンパイの秘密を守っているってわけ。ほら、会長は選挙で決まるけど、役員はその会長が選んだ人間が担当することになるでしょ? つまりがしセンパイが仮に会長の座を降りたとして、次の会長がまたウチらを選ぶとは限らない」

「自分たちの立場を守るためにも、がし先輩を守る必要があるってことか」

「そういうこと。打算的だけど、この学校じゃ生徒会の役員ってだけで内申には大きなアドバンテージがあるからね。ウチらだって手放したくないのよ」


 それはそうだ。

 俺たちは来年大学受験を控えている。

 人生において相当大事になるであろう大きなイベントだ。

 高校受験の時でもしんどい思いをしたのに、同じか、さらにつらい時間を過ごすことが目に見えている。

 そんな時間を推薦の力で少しでも緩和できる可能性があるとしたら、手を伸ばしておいて損はない。

 さらに付け加えるとすれば、うちの学校の生徒会はよその学校よりも役割や仕事量が多い代わりにそれ相応の特権も多く、明確に他生徒と差がついている。

 もちろん労力も並ではないようだけど、従事するメリットは十二分にあるはずだ。


「……あとは……まあ、思ったよりも居心地いいのよ、ここ。だから手放すのももったいないっていうか、負けた気がするっていうか」


 珍しくよどんでいるひよりを見て、俺は驚く。

 別にひよりは一匹オオカミを気取っているわけではないけれど、これまで特定のコミュニティに属するということはなかったはず。

 そんな彼女が居心地いいとまで言うなんて────。


「……私とゆいに関しては今更内申点に大きな影響はないんだけど、問題なのは不信任決議後のゆいの立場ね。生徒会長を引きずり下ろされれば、腫物扱いされるのは想像にかたくないもの」

「……それは確かに」


 受験を控えている三年生の登校日は少ないとはいえ、そうなるのはまだまだ半年ほど先の話。

 誰だって気まずい思いをしながら日々を過ごしたくない。

 どう先輩側の考え方ももっともだ。


「……そういえば、ひよりはなんで生徒会に入れたの? がし先輩と接点あったっけ?」

「ウチも加入の経緯はあんたと同じよ。たまたまがしセンパイの秘密を知っちゃって、どうセンパイに加入するよう脅され────じゃなかった、頼まれたのよ」

「誤魔化せてないよ」


 しかし、なるほど。ひよりは元々内申点や周囲の評価を気にするような人間じゃないし、どうして生徒会役員になったのかなってずっと疑問に思っていたけど、俺自身が加入の流れを経験したことでようやくに落ちた。


「となると、ふたさんも加入の経緯はそんな感じ?」

「いえ、私はなんとなくです」


 違うんかい。


「ああ、椿つばはウチが紹介したの。生徒会って基本生徒会長と副会長が三年生、会計が二年生、書記が一年生って構成らしいから、信頼できる一年生が必要だったのよ」

「全然なんとなくじゃないじゃん……」


 まあ本人的には誘われてなんとなくって感じなのかな?

 しかし当のふたさんは、あまりにも表情変化が乏し過ぎて何を考えているのかよく分からない。


「……で、俺が雑務ってわけか」

「おお、なるほど。どうしてはなしろなつひこがいるのかと思えば、新メンバーということだったのか」

「……今までの話の流れ、分かってなかったんですか?」

「ああ、普通に遊びに来てくれたのかと思っていた」


 おっと、なるほどなぁ。

 がし先輩を表現するとしたら、一番近い言葉としては〝〟という語句が当てはまる気がする。

 良くも悪くも純粋というか────まあ話の流れを理解していなかったことに関しては、説明を怠ったまま話していた俺らにも非があるか。


「っていうか、がし先輩は俺が加入することに関しては問題ないんですか? なんだかトントン拍子に進んじゃってますけど」

「問題ないぞ。役員の人選はアリスに一任しているからな」

「あ、ああ……なるほど」


 がし先輩はかドヤ顔をしているが、多分誇ることではないと思う。


「これで一応、生徒会は定員に達したわ。これ以上役員を増やすことはできない……ゆいと私が卒業するまであと約八カ月、このメンバーでゆいの秘密を守るの。……あなたの事情を無視することになるのは申し訳ないけど、改めて協力をお願いできないかしら?」

「あ、はい。いいですよ」

「気乗りしないのは分かっているわ。プライベートの時間が減ることになるし……でも、私はどうしてもゆいのことを守り抜きたいと────え?」


 どう先輩は自分から頼んできたにもかかわらず、どういうわけだかきょとんとした表情を浮かべた。


「別に時間がないってわけでもないですし、協力するくらいなら全然いいですよ。こんな機会滅多にありませんし」


 むしろこんな美少女たちに囲まれる機会を逃してたまるか。

 生徒会の仕事はかなり忙しいだろうけど、ここにある青春はプライベートの時間を犠牲にしてでも手に入れる価値がある。

 将来自分の子供に自慢してやるんだ。『お父さんな、高校の時に美少女だらけの生徒会で最高の青春を過ごしたんだぞ』って。

 それに毎日一緒になって遊ぶような友達もいないし、部活にも入っていないしね。

 本当に時間だけは余っているのだ。


「わ、私が聞き返すのはおかしい気がするんだけど……本当にいいの?」

「はい」

「……」


 俺の返答を聞いて、どう先輩は再びひよりの方に視線を送る。


「はぁ……どうセンパイ、なつひこはこういう男なんで、言うこと成すこと信じていいですよ。こいつは馬鹿でスケベでどうしようもない時がありますけど……本気で殺意が湧く時もありますけど、女子の前じゃうそだけはつかないんで」

「……そうなのね」


 どう先輩が一つうなずく。

 そして俺の目をのぞき込み、やがてその視線をがし先輩の方へと向けた。


ゆい

「ああ、分かっている」


 がし先輩は俺の目の前に移動し、手を差し出してきた。

 なるほど、これは必要な儀式ということらしい。


はなしろなつひこ、君を生徒会雑務としてここに迎え入れたい。引き受けてくれるか?」

「はい、喜んで」


 俺はがし先輩の手を握る。

 こうして俺は、がしゆいの秘密を知る者として、生徒会に従事する者となった。


「よし、早速だがはなしろなつひこ……いや、なつひこでいいか?」

「あ、はい。なつひこで大丈夫です」

「よし、ではなつひこ。君を新たな生徒会役員として先生方に紹介しようと思う」


 先生方への紹介か。まあ当然そういうことも必要だろう。

 今後生徒会の役員として行事の裏方だったり、普段から教師に頼まれた仕事をこなしていかなければならなくなるのだから、俺が生徒会役員になったことは知ってもらっていなければ困る。


「行くぞ、なつひこ。善は急げだ」

「はい……って、俺とがし先輩の二人だけですか?」


 俺は振り返り、生徒会室に残る気配を見せる三人に声をかけた。

 さっきの話を聞いたばかりだと、いささかこれでいいのかと不安に思う部分があるんだけど────。


「心配だけど、任命された役員の紹介は任命した本人である生徒会長自らが行わなければならないの。変な決まりでしょう? でも生徒会長としての責任が問われる部分だから仕方ないのよ」

「なるほど……」

「でも、そうね……椿つばちゃん、悪いけど少し離れて二人についていってもらえるかしら。何かあった時はフォローしてあげてほしいんだけど」