第1話 入学 ②

 荷物は段ボール箱が一箱が届いており、すぐに開けて片付ける。

 元々片付けは嫌いじゃないし、得意な方なので段ボール箱の中身を整理できた。

 ガチッ──。

 一息つくために椅子に座ると、静かな部屋の中に時計の音が響き渡る。

 今日は入学日であり入寮日なので、寮生達の親睦会が開かれるため食堂に向かう。

 食堂に向かっている他の寮生達をちらっと見ると、どの寮生も右手の甲にライセンスが刻まれていた。

 やってきた食堂のテーブルにそれぞれの名前が書かれていて、俺の名前が書かれた場所に座って、ほどなくして親睦会が始まった。


「では、これから節度を持って寮生活を送ってください」


 大人なら酒だろうけど、未成年者の飲酒は禁止されているので、それぞれお茶やジュースが入っているコップを掲げて、入学と入寮を祝った。

 各テーブルは四人ずつ座るようになっていて、俺が座っているところには女性が一人、男性が二人座っている。

 それぞれ自己紹介をする。そこで問題になったのは、みんなが潜在能力のランクまで明かしていることだ。


「いいわね~ちょうどランクも近いし、みんなでパーティー組まない?」

「お~いいね。俺もパーティーメンバー探していたところだったからな」

「うんうん。僕もいいよ。むしろメンバーがいなくて困っていたところだよ」


 まだ俺だけ自己紹介をしていないのに、一瞬で仲良くなった三人は即座にパーティーを組むことになったみたい。

 他のテーブルも近い潜在能力ランクの人達の間でパーティーの話が出ている。


「あれ? そういえば、君は?」


 女子生徒が俺に話を振った。


「え、えっと、俺はすず日向ひなた。その……探索者はFランク…………」

「ええええ!? Fランクで寮に入ったの!?」


 彼女の驚く声が食堂に響くと、周りの寮生達が一斉にこちらに注目した。


「ご、ごめん」


 彼女は申し訳なさそうに両手で謝るポーズを取る。

 俺がFランクだと知り、食堂が微妙な空気になって、冷たい視線が集まるようになった。


「でもまぁ、探索者以外でも寮生になる人がいるんだね。初めて知ったよ」


 正面の男子生徒が驚く。


「えっと、せいしん高校の寮って探索者以外は珍しいのか?」

「そりゃ珍しい。そもそもせいしん高校は探索者を優遇するために設立された学校だからね」

「やはりか……」


 ろくに調べもせず、ただ寮が充実しているところばかりが目に入り、迷わず入学してしまった。

 というか潜在能力部分にFランクって書いたはずなのに、どうして入学できたのか。


あきれた~その手袋はライセンス隠し?」

「えっ? う、うん」

「ふふっ。でもFランクだからって活躍できないわけではないからね」

「えっ!? それってどういうこと?」


 思いもしなかった答えが、俺の興味をそそる。


「潜在能力が低いからといって、必ず探索者として弱いわけではないのよ。それこそ潜在能力がAランクの探索者だとしても、能力属性次第では伸びない人もたくさんいるのよ。Sランクだけは別格だけどね」

「あ~Sランクはやべぇな。三組にSランクが一人いるみたいだしな」

こおりひめ様だろう?」


 こおりひめ様? どうしてか気になる言葉だ。


「うんうん。生徒会の挨拶ん時もずっとムスッとしていたしね。誰とも話さないみたいだよ?」


 ムスッとしていたという部分から、おそらくひなたさんのことだろうな……。


「ご、ごめん。さっきの話、もう少し詳しく教えてくれない?」

「ん? ランクの話?」

「うん」

「いいよ~ランクというのは、あくまで潜在能力をランク分けにしているだけで、潜在能力が高いからって必ずそのランクの強さになるとは限らないんだよ。例えば、潜在能力はあくまで潜在なのであって、それを全て開花させられるとは限らない。それに強くなるのは潜在能力ではなく現実の能力で、レベルの差が一番大きいんだ」

「そ、そうだったんだ!」

「そうよ。だから君も頑張っていれば、報われる日が訪れると思う。潜在能力自体が戦闘向きではない人もたくさんいるし。ただ、Fランクで大成したって人は聞いたことがないけどね」

「その通りだぜ。レベルさえ上げれば、誰にでもチャンスがあるんだ」

「レベル……」

「俺達探索者はレベルを上げて戦力を上げてこそ強くなれるからな。もちろんその力をしっかり使いこなすための訓練も大事だけどな。まずはレベルからだな」


 レベル。その言葉に俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を感じる。

 Fランクであっても希望があるなら頑張りたい。だが俺のレベルは────0だ。

 レベルは基本的に1から始まるので、俺のレベルが0なのは俺だけレベルが存在しないと言われているのと同じことだ。

 それにレベルを上げる方法としては、探索者としての力を使い続けたり、ダンジョンで魔物を倒したりしなければならない。

 魔物を倒した方が得られる経験値が多く、レベルも格段に上がりやすいが、魔物との戦いは命懸けだからデメリットも大きい。

 探索者になれるのは高校生からだが、それまでの日常生活で多少はレベルが上昇し、平均五になると聞いたことがある。

 魔物を倒さなくても、日常生活を繰り返すだけで、十までは上がるという。


「みんなは……まだダンジョンには入っていないよね? 今のレベルを聞いてもいいかな?」

「俺は6だな」

「僕は4」

「私は5よ」


 やっぱりちゃんとレベルが上がっているんだ。

 …………。

 親睦会が終わり、俺は絶望を抱えたまま、部屋に戻った。

 俺のレベルは0。

 高校生になるまでの生活でもレベルが上がることはなかった。


 ◆


 せいしん高校に入学して数日。

 俺はただただ虚無感を抱えて生活していた。

 授業を受けて、部活を探す気分でもないので真っすぐ寮に戻り、自室に籠もる。

 ご飯も他の寮生とかぶらない早い時間帯に食べて、勉強を続ける。

 でもどこか心に開いた大きな穴のせいで、勉強も何もかも手に付かない。

 元々ひとり親のうちの家計を少しでも支えられたらいいなと思い、せいしん高校に入学したのもある。父親は物心ついた時からいなかった。理由も聞いていないので分からない。

 そういう理由もあり、寮生となれば生活費も気にせず生活できるし、もし探索者になれば、普通の人では手にできないほどの大金が手に入ると思った。

 それで少しでも母と妹を楽にさせてあげたかった。なのに、俺の夢はレベル0という絶望に全て打ち砕かれた。

 ──ピロ~リン♪

 俺のスマホから音が鳴る。俺のスマホを知っているのは、二人しかいない。

 スマホを開いて、連絡用アプリ『コネクト』を確認する。


『お兄ちゃん! 新しい学校にはもう慣れた? 私も来年せいしん高校に入学できるように頑張るからね~!』


 …………。

 …………。

 俺が一人で寮生としてここでやっていくために、妹や母さんに甘えたくないと、次の長期連休まで連絡はしないようにお願いしている。

 妹は家族思いだから、すぐに俺を心配して毎日連絡してきてしまいそうだから。

 そう思うと、こんなところで諦めたら、我慢させている妹に顔向けができない。

 レベル0だからって何だ。もしかしたら、ダンジョンで敵を倒したらレベルが上がるかもしれない。

 Fランクだからってレベル0だからって未来が閉ざされたわけじゃない。

 俺は妹からのメッセージが届いたスマホを握りしめた。

 諦めたくない。

 だから、初めてダンジョンに向かう決心をした。


 次の日。

 出かける前に一階にいる寮母さんを訪れた。


「おはようございます。日向ひなたくん」


 相変わらずの無表情が冷たい印象を抱かせる。


「おはようございます。実は、初めてダンジョンに向かおうと思うんですけど、近くに初心者ダンジョンでおすすめ場所を教えてもらえませんか?」


 すると、彼女は一枚の地図をとって前に広げてくれた。


「ここが学校でここから南に向かうと、初心者におすすめのEランクダンジョン117があります。ここなら一人でも入れると思います」


 意外にも丁寧に教えてくれた。


「ありがとうございます」

日向ひなたくん。探索者は命あってのものです。決して無理はせずに頑張ってください」

「はいっ……!」


 寮母さんに礼を言って、寮を後にして教えてもらった通りに道を進んだ。

 南に進んだところにダンジョンを管理している建物とダンジョン入口が見えてきた。

 ダンジョンは基本的にそれに見合ったライセンスを持っていないと、入場する前に止められる。入口前にはゲートが作られていて、誰かが見張っているのだ。

 ダンジョンは常に死と隣り合わせ。国としてはダンジョンの強さに見合わない人は入れさせたくないからだ。

 ダンジョン入口の前に立つ建物の中に入る。

 受付がある二階に上がって、中に入った。


「いらっしゃいませ。初めてでしょうか?」


 すぐにれいな女性の声が聞こえてくる。


「はい。初めてです」

「その制服はせいしん高校の生徒さんですね。ではこれからライセンスを付与致しますので、少々お待ちください。そこの水晶に手を当てるとご自身の潜在能力ランクが見れますよ」

刊行シリーズ

レベル0の無能探索者と蔑まれても実は世界最強です3 ~探索ランキング1位は謎の人~の書影
レベル0の無能探索者と蔑まれても実は世界最強です2 ~探索ランキング1位は謎の人~の書影
レベル0の無能探索者と蔑まれても実は世界最強です ~探索ランキング1位は謎の人~の書影