第2話 初めてのダンジョン ②
念のため、猛毒の池の水を手ですくってみる。
状態異常無効のおかげなのか、俺の手は全く溶ける気配はなく、ただの水にしか感じない。
だが、俺の手からこぼれた水滴は、地面に落ちるや
俺が一歩前に出ると、ティラノサウルスが一歩後退する。
そうか! やっぱりお前はこの猛毒の水が怖かったんだな! でも残念────俺にこの猛毒は効かない!
俺は両手ですくった水を全力でティラノサウルスに投げつけた。
猛毒の水が当たると、ティラノサウルスは悲痛な叫びを上げて、その場に転がり始める。
それをただ眺めていられるほど俺には余裕がないので、急いで猛毒の水を手ですくって、痛そうに転がっているティラノサウルスに掛けてはまた池に走ってを繰り返す。
獲得した速度上昇のおかげなのか、自分が思っていた以上に速く動けるために、ティラノサウルスの外面がどんどん溶けてダメージを負っていった。
それを何度も何度も繰り返して、気が付けばティラノサウルスは動かなくなった。
俺が読んだダンジョンの入門書では、倒したと思った時こそ、魔物が狙っている可能性があるそうで、相手が死んだと思える時こそ気を付けろと書かれていた。
余裕のない俺はその言葉を信じ、倒れたと思えるティラノサウルスに、もう一度池の水をすくってきて掛けてみた。それでようやくティラノサウルスが倒れたと確信することができた。
倒したティラノサウルスの皮膚は半分ほどが溶けてはいるが、中の骨は健在だ。猛毒の水でも骨は溶けることなく残っている。
もしこの骨を利用することができれば、もっと楽にダンジョンを攻略できないか?
《
今獲得した魔物解体は倒した魔物に使えるスキルのようだ。
スキルの内容を知らないけれど、獲得した瞬間にそう感じるからだ。
この感覚から、獲得しているスキルには直接使用するタイプと常時発動しているタイプに分かれているのが分かる。
スキルリストを開いてみると、感覚通りに直接使用するタイプが『アクティブスキル』、常時発動しているタイプが『パッシブスキル』という項目に分類されていた。
どっちがいいとかではなく、それぞれをしっかり認識することが大事だと思われる。
今の俺のアクティブスキルは『スキルリスト』と『周囲探索』、『魔物解体』だけだ。
早速獲得した魔物解体を使って、ティラノサウルスを解体させてみる。
ティラノサウルスの全身を不思議な光の粒子が包むと、
魔石は不思議な力が込められていて、今の世界ではなくてはならない物となっている。
大昔は色んな発電があって、それで自然を破壊していたそうだが、それに怒った女神様が人間に試練を与えるためにダンジョンを作ったと伝わっている。入門書にそう書かれていた。
それもあって、クリーンエネルギーである『魔石発電』が主流になっていて、最近は魔石を用いた装備の『マジックウェポン』や『魔道具』まで開発されている。
まぁ、そんな難しい話はよく分からないが、少なくともこの魔石は高額で売れるはず。
大きさで値段が違うとされているが、目の前の魔石は直径三十センチほどの大きさだ。
Eランクダンジョンの魔物からは一~三センチの魔石が落ちると入門書に書いてあったのに、古い入門書だから間違いだったのか? それともイレギュラーの魔物だったりするのか?
ひとまず大きさについては置いておくとして、こんなに大量の素材と魔石……どうやって持ち運べばいいんだ?
魔物の素材で作った道具の中に、『マジックリュック』というのがあって、あれは普通のリュックと形と大きさは変わらないけど、中に大量の物を入れられる異空間となっているそうだ。
ただ、非常に高価で、駆け出しの探索者では手に入れるのは難しいと書かれていた。
そういや、スキルを獲得できるんだから、こういう素材を格納できるスキルなんて覚えたりしないかな~?
…………。
…………。
ちょっとだけ期待したけど、そんなことはなかった。
《
おおお! 願ってみるものだな!
早速覚えた異空間収納を使い、目の前の素材と魔石を異空間に入れてみる。
その場にあった素材が、
異空間収納の使い方は三種類あるようで、一つ目は前方十メートル以内の物を異空間に収納する。二つ目は、異空間に収納した物を外に取り出す。三つ目は、異空間に収納した物を確認する。
三つ目はスキルリストと似ていて、空中にメニュー画面のような画面が出てきて、中に入れてある素材の名前と量、写真が表記されている。さらに画面を出さなくても、念じれば脳内で映し出されるので迷うことなく取り出すことができて、とても便利だ。
もしや異空間収納で猛毒の水を収納したらどうなるのだろう?
試しに目の前の猛毒の池の水に異空間収納を使用してみる。が、池の水は収納することができなかった。
もしかしてダンジョンの中の物は収納できないのか? それとも液体は無理なのか?
念のため、池の水を手ですくっても、収納はできなかった。
検証したいのは山々だけど、これ以上検証する方法がないので、この水を何とかできるものを手に入れたらまた来よう。
ティラノサウルスとの激戦を制して、俺はまた一本道を進んだ。
今回の一件で分かったのは、もしもの時は池に逃げ込んで猛毒を魔物に掛ければ何とかなるということ。
それともう一つ大きなことに気が付いてしまった。
それは────ティラノサウルスを倒しても俺のレベルが上がった感じがしないこと。
昔の偉人は『0に何を掛けても0』という名言を残している。こういう場合、掛け算ではなく足し算になるはずだけど、そもそも空白とは違い、虚無であれば何も増やすことができない。
まぁ、今はまだレベルのことは置いておこう。
今は
検証が終わったので一本道を進み、ティラノサウルスがいた場所に着くと、ティラノサウルスほどの強力そうな魔物は見当たらないがいくつかの小さな魔物を見かける。
白い毛並みの、真っ赤な目を持った
見つからないように慎重に進んでいく。
バギッ────
またやってしまった。
静かだった周辺に響く木の枝が折れる音。
その音に釣られるかのように、周囲の
《困難により、スキル『トラップ発見』を獲得しました。》
《困難により、スキル『トラップ無効』を獲得しました。》
この木の枝ってトラップだったのかよ! だから気を付けて歩いていても見当たらなかった木の枝を踏むわけか!
何だかしょうもないトラップに二回も引っかかった気がするが、こちらにやってくるのは
その速度は、申し訳ないがティラノサウルスに比べるものでもない。
ざっと十二体の
十二体が一斉に飛びついてきても、速度上昇・超絶のおかげなのか、まるで止まっているかのように反応できてしまう。
このまま避け続けても仕方がないので、そのまま殴ってみる。
うむ。全くダメージを与えているようには見えない。むしろ、俺の手が少し痛い。
ティラノサウルスの骨を取り出して武器にしてもいいが、素手で殴り続ける。
《経験により、スキル『素手強化』を獲得しました。》
きたきた! これを待ってました!
レベルは上がらないが、困った状況を繰り返すと新しいスキルを獲得できるんだから、狙い通りの展開だ。特に今回は『経験により』という文言から経験でも獲得できるのがわかった。それが一番大きい。
これで
ただ一撃では倒せないようで、次々と
それを何度も繰り返す。
《経験により、スキル『素手強化』が『武術』に進化しました。》
《経験により、スキル『緊急回避』を獲得しました。》
狙い通りに素手強化が武術に進化し、避け続けたことで緊急回避を獲得できた。
緊急回避は俺にとって致命傷になる危険な攻撃を感知して、
それを試すためにわざと魔物の一撃に当たろうとしたら発動した。
ただ一つ気になるのは、スキルリストで確認したところ、緊急回避にはクールタイムが存在しているようで、使用後に文字が黒色から灰色に変わった。
灰色になった文字は、少しずつ本来の黒色に戻っていくので、試さなくてもその時間が経過しないと発動させられないのが分かる。