1 ③

 すずねにとってはも尊敬するせんぱいのひとりであるし、出ている作品は欠かさずチェックしているが、しとはちがう。

 当たり前のことだが、自分にとっては必要不可欠でも、他の人にとってはそうではない。かいしやくちがいは、をすれば戦争だ。

 その点では、とは安心して話すことができる。

 しみじみしていると、そういえば、と彼女がグラスを置いてテーブルにひじいた。


「聞いた? うちに新しい子が入るみたいよ?」


 ひとみがとろんとしてる。


「え? この時期にですか?」


 二人の所属している声優事務所『イアーポ』は、年に一度、オーディションを行っている。

 主に専門学校を卒業した新人が対象で、合格すれば準所属となって二年の間に成果が出せれば正所属となる。

 すでにかつやくしている声優が他事務所からせきしてくる場合もあるが、その場合でもフリー期間をはさんで、時期は同じになることが多い。

 それを待たずに所属させるということは、他事務所には取られたくないくらいの人材ということになる。

 イアーポは声優以外のマネジメントはしていないから、せきならうわさくらいは耳に入ってきそうだが、どこの現場でも聞いたことはなかった。


「すずは、何か知ってる?」


 すずねは首をった。


「そっか。どんな子だろうね」

「ベテランのせんぱいかもしれませんよお?」

「はは、それはこわいな」


 目を細めて、は笑った。

 声優は競争社会だ。事務所に回ってくる仕事には限りがあり、売れている順にチャンスが来る。結局は自分だいとはいえ、優先順位が下がるのはこわい。

 それでもが笑えるのは、それだけの実力があるからだ。

 すずねも、ほどではないが、売れている自負はある。

 毎シーズン、メインでのレギュラーが数本はあり、ゲームの収録は引きも切らない。声優雑誌でれんさいも持っている。

 現状、たとえ自分よりも上にひとり入ったとしても、それほどえいきようはないだろう。

 カクテルをめ、この話題はおしまいにした。


「そうだ、さん。彼女さんと、この間、温泉に行ったんですよね? どうでした? ねえ、どうでした?」


 テーブルの上にうでを組んで乗せて、身を乗り出す。


「ええ? すずも好きだよねえ……」


 あきれたようにまゆが上がったが、決していやがってはいない。

 と彼女のこいびとの話を聞くのが、すずねは好きだった。のろけているはかわいかったし、何より愛が感じられてほのぼのとする。


「しかたないなあ」


 と言いながら、上がったまゆがでれっと下がる。その顔を見ていると、すずねは自分もいっしょにこいをしているような気持ちになるのだった。

刊行シリーズ

わたしの百合も、営業だと思った?の書影