「わたし?」
結衣香は目を瞬いて、あはは、と笑った。
「わたしは何とも思ってないよ。キャラソン以外、歌も、ダンスもNGにしてるし、地声を聞いた限り、需要がかぶるとも思えなかったし」
それはそうかもしれない。
結衣香のカテゴリーは、主に《大人の女性》だ。なので昨今のアニメで主役をやることはほとんどないが、サブレギュラーとしては欠かせない。
もちろん、かりんが大人から子供まで幅広く演じられる可能性もある。しかし、結衣香の声と演技は唯一無二といっていい。
外画のレギュラーがあるのも強い。外画のいいところは、ギャラは低いが、嵌まればイメージが固定されて、その俳優の専属声優のようになれるところだ。
結衣香は目立つ存在ではないが、事務所への貢献度でいったらトップクラス。
だが、そんな声優ばかりではない。
所属声優と事務所はあくまでもビジネスが前提の関係である。事務所から見れば利益を生まない声優は、究極、必要ない。ただいるだけでも人件費はかかる。この先、利益が見込めそうもないと判断されれば、契約は更新されない。
もちろん、自分の思うようなマネジメントをしてくれないと思えば、声優の側から関係を切ることもできるが、ハードルは高い。
「すずは? 脅威に感じないの?」
そう言った結衣香の微笑みは、ちょっと意地悪く見えた。
「わたしですか?」
考えてもみなかった。
確かに、彼女とオーディションがかぶることは多くなるかもしれない。
今は毎期、メインどころのオーディションを多く受けさせてもらっているが、かりんに興味を持つクライアントも多いだろう。事務所としては、より多くのレギュラーを欲しいから、かりんにチャンスを回すに違いない。
「感じてないみたいね」
明らかに笑いを含んだ声に、すずねは、え? となった。
「だって、にやけてるもの。一緒にオーディションを受けられるかも、って顔してる」
「そ、そうですか?」
両手で自分の頰を押さえた。そんなことをしても自分の表情がわかるわけではないが、思わずやってしまう。
「なあに? 先輩としては自信あり?」
「そんなことないですよー。今だって、いっぱい落ちてますし」
オーディションに合格するのは一割くらいだ。それでも上々で、昔は毎期全滅し、レギュラーが零本などということも珍しくなかった。
「人のことを気にしてる余裕なんか、ないってだけです。それに、かりんさまのアドバンテージは、かりんさまが努力して手に入れたものですから」
羨んでも仕方がない。
「みんなが、すずみたいに思えればいいんだけどね」
結衣香の言いたいこともわかる。
事務所を辞めていった仲間を、何人も見てきた。
自分の不甲斐なさを嘆きつつ、あんたが同期じゃなければ、と言われたこともある。ここじゃなかったら、とフリーになった人もいる。
すずねとて、人は人、とナチュラルに思えているわけではない。日々、そう自分に言い聞かせているだけだ。
努力は必須。なのに努力だけではどうしようもない運や縁も絡む。だから──誰かのせいだと思いたいときがあるのもわかる。
鐘月かりんはアドバンテージの分、きっとその対象になりやすい。けれどおそらく、そんなことは折込済みだろう。
それでもあえて、その道を選んだのだ。鐘月かりんとは、そういうアイドルだ。
「大丈夫ですよ、かりんさまは!」
すずねは断言した。
彼女のそういう生き様も、また推せるから!