2 ③

「わたし?」


 は目をしばたたいて、あはは、と笑った。


「わたしは何とも思ってないよ。キャラソン以外、歌も、ダンスもNGにしてるし、地声を聞いた限り、じゆようがかぶるとも思えなかったし」


 それはそうかもしれない。

 のカテゴリーは、主に《大人の女性》だ。なので昨今のアニメで主役をやることはほとんどないが、サブレギュラーとしては欠かせない。

 もちろん、かりんが大人から子供まではばひろく演じられる可能性もある。しかし、の声と演技はゆいいつといっていい。

 がいのレギュラーがあるのも強い。がいのいいところは、ギャラは低いが、まればイメージが固定されて、その俳優の専属声優のようになれるところだ。

 は目立つ存在ではないが、事務所へのこうけんでいったらトップクラス。

 だが、そんな声優ばかりではない。

 所属声優と事務所はあくまでもビジネスが前提の関係である。事務所から見れば利益を生まない声優は、究極、必要ない。ただいるだけでも人件費はかかる。この先、利益が見込めそうもないと判断されれば、けいやくこうしんされない。

 もちろん、自分の思うようなマネジメントをしてくれないと思えば、声優の側から関係を切ることもできるが、ハードルは高い。


「すずは? きよういに感じないの?」


 そう言った微笑ほほえみは、ちょっと意地悪く見えた。


「わたしですか?」


 考えてもみなかった。

 確かに、彼女とオーディションがかぶることは多くなるかもしれない。

 今は毎期、メインどころのオーディションを多く受けさせてもらっているが、かりんに興味を持つクライアントも多いだろう。事務所としては、より多くのレギュラーをしいから、かりんにチャンスを回すにちがいない。


「感じてないみたいね」


 明らかに笑いをふくんだ声に、すずねは、え? となった。


「だって、にやけてるもの。いつしよにオーディションを受けられるかも、って顔してる」

「そ、そうですか?」


 両手で自分のほおさえた。そんなことをしても自分の表情がわかるわけではないが、思わずやってしまう。


「なあに? せんぱいとしては自信あり?」

「そんなことないですよー。今だって、いっぱい落ちてますし」


 オーディションに合格するのは一割くらいだ。それでも上々で、昔は毎期ぜんめつし、レギュラーがゼロほんなどということもめずらしくなかった。


「人のことを気にしてるゆうなんか、ないってだけです。それに、かりんさまのアドバンテージは、かりんさまが努力して手に入れたものですから」


 うらやんでも仕方がない。


「みんなが、すずみたいに思えればいいんだけどね」


 の言いたいこともわかる。

 事務所をめていった仲間を、何人も見てきた。

 自分のなさをなげきつつ、あんたが同期じゃなければ、と言われたこともある。ここじゃなかったら、とフリーになった人もいる。

 すずねとて、人は人、とナチュラルに思えているわけではない。日々、そう自分に言い聞かせているだけだ。

 努力はひつ。なのに努力だけではどうしようもない運やえんからむ。だから──だれかのせいだと思いたいときがあるのもわかる。

 しようつきかりんはアドバンテージの分、きっとその対象になりやすい。けれどおそらく、そんなことはおりこみみだろう。

 それでもあえて、その道を選んだのだ。しようつきかりんとは、そういうアイドルだ。


だいじようぶですよ、かりんさまは!」


 すずねは断言した。

 彼女のそういう生き様も、またせるから!

刊行シリーズ

わたしの百合も、営業だと思った?の書影