1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ④

「……余計なお世話だ」


 思わず口をいた感想に、こくびやくの少年はいやそうな顔をして、ようやく答えた。


「あんた、いは?」

「いないわよ、そんなの」

「そっか。あんた……」


 そら来た、と内心メイは身構えた。

 どれほどこうげき的になろうが、歩けなくなって以来だれも、みついてすらこなかった。

 口が悪いのは元からだ。友達とくちげんや口論もしょっちゅうで、まんしない性格は自分でもわかる明快な欠点だが、それでもメイにとっては欠かすことのできない『自分』だから。

 ぶつかるかくっていて、きらわれるのもかくの上で。

 が、足を失ってからは──。


(どいつもこいつもヘラヘラして、あたしの言うことなんか……!)


 まともに聞いてくれたためしなど、ない。

 おこりさえしない。ただ同情をこめて『可哀かわいそうに』『大変そうだな』『つらいよな』と並べて、不幸に動転しているあわれなバカをかんだいに許し、ついでに親切にしてポイントをかせぐ。


(ざけんな。ポイントえ券じゃないんだっつーの!)


 キッとにらむように見上げる、メイの予想。

 だが、彼女を助けた少年の反応は、それを大いに裏切っていた。


「クソだな」

「は?」


 思わず面食らい、雑な返事をしてしまった。

 くるまのハンドルをしっかりにぎりながらこちらを見返す少年のには、同情などまるでない。それどころか聞き分けの無い子供に向けるような、うんざりとしたかくすら感じる。


「死ぬのは勝手だが、あんたをいたら運転してただれかの人生がこわれる」

「……あ」


 もうてんかれ、熱くなった頭がわずかに冷えた。


「感謝しろとは言わないが、無関係な人をえにするな。めいわくだ」

「初対面でお説教? 無関係な他人のくせに……」


 っぱねながら、ズキリとメイの胸は痛んだ。

 ──今、悪いのはあたしだ。

 そう自覚している。理解している。そりゃそうだ無理してミスって死にかけて助けられて、お礼を言うより先にとうをカマし、文句をほざく最低の──


「……悪かった、ごめんなさい。今のは、あたしが悪かったわ……!」

「謝れた。えらいな」

「っっさいわ!」


 ギリギリのところで理性がまさって、謝罪の言葉を口にできた。


「イラついてるのはあたし個人の事情。助けてくれたあんたに当たるのは筋がちがうってだけよ。あと……助けてくれて、ありがと」

「かなり性格は悪そうだが、くずってわけじゃないんだな。あんた」

くずって……あんたもいい加減、口悪くない?」

「相手相応の対応をしてるだけだ。敬語を使うだけというか、いやがるタイプだろ」

「………」


 図星で何も言えず、メイはついついだまってしまう。

 すると背中から力がこもり、くるまのハンドルをにぎったこくびやくおとこが、坂道を上り出した。


「ちょっと、何すんのよ。女子をバックから押すとかそういうフェチ?」

「親切だ。な体力は使いたくないんだが」


 本気としか思えないうんざり声で、こくびやくおとこは続ける。


「あんた一人でこの急坂を上らせて、転落死なりれきなりされたらまただれかが不幸になる。そんなくだらないれんは、止めといた方が無難だからな」

「……はん。どーだか?」


 くるま、棒切れのように動かないおのれひざほおづえをついて。


あく的にって、私はちがいますよー、ぜんしやじゃないですよー、って予防線張って」

「はあ?」

「カッコつけてポイントかせいでニヤつくムッツリろう、たまにいるわ。そういうタイプね」

「びっくりするくらい最低の発想だな。ここまで性格の悪い女子は久しぶりに見た」


 おこるより先に新種の生物でも見つけたような顔をされ、メイはけっとやさぐれた声をあげる。


「悪かったわね、なおに感謝するタイプの弱者じゃなくて」

「そうでもない。ま、それはそれで」


 意外なほど軽快に、ヒトひとりを押しているとは思えないなめらかさで坂を上る。

 学校近くの平地、坂道を上り切ったあたりまで押してから、こくびやくおとこはハンドルを放した。


「感謝がしいわけじゃない。やりたいからしただけだ。変に感謝されてもめんどうくさい。だから俺としてはそう悪くない対応だ。他の人間にやったらキレられると思うが」

かんだいなことね。そう言いつつ、いまごろSNSにポイントごっそり入ってるんでしょ」


 このちようかん社会において、個人にんしようされたSNSと信用情報は完全にひもづいている。

 善行を行えば信用にプラス。逆に犯罪、めいわくこうを行えば差し引かれ、あらゆる社会生活にえいきようおよぼす。信用が高ければクレジットの限度額から税こうじよまで有利となり、逆なら不利だ。


「良かったわね、人命救助。生活えんこうけんB補正で+50はカタいわ」

「そうか?」

「当然でしょ。クレカの限度額とか上がるわよ、きっと」


 そう言いながらかえる。

 くるまから手をはなした少年は、ゆるゆるとした足取りで同じ校舎へ歩き出していた。

 メイもハンドリムを回し、くるまを進めて──感に、気付いた。


「スマホ、鳴らないわね。マナーモード?」


 可哀かわいそうなくるまユーザーに駅構内で道を空けました、+1ポイント。

 それだけでも派手にピコピコ鳴るのに、こくびやくおとこからはそんな気配がまったくない。

 たんまつの個人通知を完全に切ることは原則できない。マナーモードで音を立てないようにすることはできるが、その場合でもしんどうはするし、ある程度周囲に伝わるのだが。


「鳴るわけないだろ。持ってないからな」

「……はあ~~~~!?」


 ありえない、ありえない、ありえない。

 3度重ねてもありえないほど、こくびやくおとこの話はおかしかった。


うそでしょ。今時スマホなしで生活できる人間、いる?」

「現金と紙ばいたいの書類で何とかなる」


 ほぼすべての行政サービスがオンライン化された現在でも、紙ばいたいの窓口は存在する。

 利用者はごくわずかな老人や変わり者ばかりで、合理化をさけはいの声がよく上がるが。


「最低限、受理はしてくれるからな。助かる」

「通知切ってるだけでしょ? なんかヤバい改造とかしてさ」

「そんな技術ねえよ。だいたいそれができたら犯罪し放題になるだろうが」


 キコキコとタイヤがきしむ。

 意図せずメイと並んで歩き、少年はポケットをさぐり見慣れない機械をつきつけてきた。


「これ、俺のけいたい

「……うっわ……何、これ……!?」


 あかよごれ、表面のそうがボロボロにげた二つ折りの機械。

 学校で習った技術史の教科書に写真がっていた──


「ガラケー、ってやつでしょ。あたしらの親世代より前が使ってた……SNSできんの?」

「できない。ポイントも入らない。まあ」


 ……パチン。

 手帳を開くように、手慣れた仕草で二つ折りのガラケーを開く。

 小さなえきしよう。ギリギリ割れていないだけでしようげき保護シールはボロボロ。

 今にもこわれそうな画面がてんめつし、個人にんしよう画面が表示される。


 それ自体はメイと同じ。

 スマホを開き、個人にんしようされた時の表示で──



『国民登録番号《さくじよ》 キヨウトウ都立アカネ原高校2−A』

カス レイ しようばつれき 《さくじよ》』

『特記こう──特殊永続人獣トクニン吸血鬼バンパイア》』



「……は?」