1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ⑤

 意味のわからない文字列に、メイの思考が真っ白に変わる。

 そんな彼女に顔を寄せ、マスクに指をかけ──整った顔立ち、どこかセクシャルに。

 美しいくちびるをわずかにゆがめ、みのはしに白磁のきばのぞかせて。


の首輪には、十分だけど」

「……何なのよ、あんた……!」


 こくびやくおとこくるま。一方はニヤリ、もう一方はけいかい心もあらわに。

 朝の通学路でしばし──にらった。


   *


「大昔、神様やらえいゆうやらがいたころは──……か」


 都立アカネ原はごくごくつうの公立校だ。

 設備は最新。建物は広く、生徒数も多いが人は少ない。

 かんせん対策のリモート授業が進んだ結果、各クラス、学年ごとに交替制で登校するため、生徒全員が顔を合わせる機会は入学式と卒業式くらいのものだ。

 そのせいか、どこかがらんとした印象をあたえる校舎内。

 登校日をむかえた2−Aの教室、くるまでも出入りしやすい最後列の席で、タブレットたんまつに表示された教科書のページをめくりながら、メイつぶやいた。

 運動一筋、ほぼ歴史に興味などなく。

 テストは重要語句を意味もわからぬまま覚えて書くだけだったから、知らなかった。


「必死で戦わないと、ヒトはほろびちゃうとこだった。……って。うそくさ」


 だがそれは過去の話だ。

 ヒトを石に変えるじよだの、にらんだだけで命をうばおうだの、そんなしろものはとうにほろびた。

 化石だのボロボロの武器だの手だの指だのかみだの、何だかインチキくさいものが世界中の博物館に収められているらしいが、まったくといっていいほど現実味がない。

 子供のころ、男子が夢中になっていたきようりゆうかんながめたのと同じ感覚だ。

 とっくにほろびたモノに価値があるとは思えない。


「あれ? 転校生クンたち、どこ行った!?」

「ゆみ。目がコワいよ。どったの」

「だってさあ! イケメンじゃん! もう一回言うよ。……イケメンじゃん!!」


 昼休み。適当に昼食を済ませてタブレットをながめるメイの耳を、やたらとめた声が打つ。

 何となくそちらへ視線を向けると、同級生のギャル風コンビがさわいでいて。


「白黒の……れーじ君だっけ? あっちは確かに。けど黄色い人はイケメンじゃなくね?」

「わかってないな~。あれはイケてる。絶対腹筋バキバキ割れてる、うちには見える」

「ただのフェチじゃん……。まあいっけど、二人とも人獣ニンジユウ でしょ?」


 何気ない会話にふくまれた人獣ニンジユウ という単語に、メイはぴくりと反応した。


「たまにいるんだよね。大昔のお化け? みたいなやつの子孫とか、そういうの」

「お化けて。ないし」

「いやマジだって。今はほとんどいなくなっちゃったけどさ、おおかみおとこー、とか? そういうの。今は変身したりとかできなくなっちゃってるけど、でぃーえぬえー? のやつ」

「めっちゃあいまい

「興味ないもん。前政経のセンセが話してたけどさー、法的には犬とかねこと同じなんだって」

「え、動物ってこと? イケメンなのに? ……もしかして飼える? イケメンを!?」

「その結論にびっくりだわ、あたし」


 聞いているだけで頭が悪くなりそうな会話に、うんざりしながらも。


特殊永続人獣トクニン、か)


 ガラケーの画面に表示された個人情報は、転校早々クラス全員に開示された。

 まさかの同じクラス。マンガじみた運命におどろくより、メイは気味の悪さを感じてしまう。


(ホントにぐうぜんかしら。……そうじゃない、ってこともありそうだわ)


 野生のかん、とでも言うのだろうか。

 事故にった時は何の反応もしなかったから当てにならないが、それでもあのみようなイケメン、カスレイと同時に転校してきたもうひとりには、得体の知れない何かを感じていた。


「フツーの人獣ニンジユウ は、ほら。街で《ざい》キメた時になるやつだよ」

「あー、あれ。おもしろいよね、ウサギになったり犬になったりねこになったり」

「そそそ、アレ。一時的で、キメた分がえたらもどるじゃん?」

「そりゃもどらなかったら不便でしょ。めっちゃ目立つし」

「そのもどんないバージョンが特殊永続人獣、トクニンってやつだって。たまにいるらしいよ」

「へー。でもあの人たち、つうじゃん?」

「あたしに言われてもわかんないッピ。そういうのもいるんでしょ」

「ふーん、ま、差別とかよくないし。イケメンしか勝たんし、よくね?」

「ある意味真理だわ、それ」


 まだ続いていた同級生の頭の悪い会話を聞き流す。


「基本あつかいは動物なんだけど、税金はらってるし? いちおう学校とかも行ける? らしいよ」

「ふーん。だから転校してきたんだ。あ、でもさ、確か《街》にあるよね、学校」

「あそこはねー、キメてるときにエッチしてできたトクニンが行くとこ。親いないし、だからめっちゃれてんだって。近寄んないほうがいいよ、ギャングみたいなもんだし」

「はえー、そうなんだ。くわしーねー」

うわさよ、ウワサ。ホントかどーか知らないよ? あたし《街》行ったことないし」

「えー? 楽しいとこだよ、げき的だし。……今度行ってみない? ざいオゴるし」


 少し身をかがめ、耳元でささやくようなさそい。密談のつもりらしいが、丸聞こえ。


「やだ。アレ、変身ランダムだよね? ブタとかなったら一生のはじだわ」

「それさ、最近聞いた話だと、人によるんだって」

「何ソレ」

「なんかね? 犬になりやすい子とか、ねこになりやすい子とか、オカピになっちゃう子とかさ。同じざいキメても、ガチャなだけじゃなく、あるみたいよ? そういう法則」

「オカピは無いわ……」

「え、かわいーじゃん? オカピ。しましまだよ?」

「知らんし、どんなだか想像つかんし。ますますきよりたくなった」

「あー、でもなんかうわさだと、そういうの以外のトクベツなのが……」


 急に声をひそめられ、続きは耳に届かない。

 少し残念だが、そんな様子は表に出さず──メイは机にほおづえきながら空を見上げて。


「どーでもいいけど、さ」


 昼休みになるや早々、教室を出て行ったあやしい転校生たち。

 人獣、ニンジュウ、マンビースト。そんな風に言われるみようやつらが。


じやになんなきゃ、いいけど」


 あいつが、今朝のように変にからんできたら、少し困る。

 放課後、行くべきところがあり、やるべきことがある。じやはされたくない。

 結果、役立たずのこの身がどうなろうとも。


 だから、勝負は──今夜だ。


   *


 メイおもなやんでいるのと同日、同時刻。

 校舎屋上に設置されたベンチにて。


「オレたちめちゃうわさになってんよ、零士レージ。有名人じゃね?」

「知るか。さっさと食え」


 冷たいビル風がきすさぶベンチに男子が二人、並んで座ってもぐもぐタイム。

 一人は黒が7で白が3、こくびやくがみのぶっきらぼうな少年、カスレイ

 たけはおよそ172㎝。スラリと長いあしと小顔のバランスが、成長期の少年らしいかつこうよさと、どこか大人びたれいふんを両立させている。


「今日の弁当、きじゃね? 茶色ばっかじゃん、野菜入れろっての」


 素っ気ないタッパー。

 冷えたふりかけおかか飯。くたくたにたキャベツ。特売の安物ソーセージ。

 以上、それだけの──量だけはそこそこ多い雑男飯、まったく同じ弁当が2つ。


「野菜は高いんだよ。キャベツが入ってるだけマシだろ」

「くったくたにたやつじゃん、おじいちゃんかよ。せめて生! サラダにしてくんない!?」

いたみかけた特売品だ、生で食うと腹をこわす。はいりよだ」

「マジかよ。つれーわー……みじめだわー……」


 もう一人は制服の下にたるんだTシャツを身につけた、少年──いや、男だ。