1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ⑥

 たけレイよりやや高い程度だが、そでえりからのぞく手足や首の太さがちがう。まっているが太く分厚いロープじみた筋肉の束がギュッとぎようしゆくされた、若くたくましい筋肉。

 かみは染めているらしくきんぱつだが、くすんでいるのはカラーを入れてから時間がったせいか。手作りらしい雑な弁当を、いかにもまずそうに口に運んでいて。


「男二人で同じおかずのクソ雑弁当食ってるの、転校初日から見られたら死ねるわオレ」

「勝手にしろ。何が悪い」


 言いつつもはしを止めない相手を、レイすいとうのお茶をすすりながらじろりとにらむ。


ずいじゃん!? お前っていつもそうな、けんていとか気にしない!?」

を張ってもしょうがない。ワリカン弁当がいやなら好きなものを食え。自分の金で」

「そりゃそーだけどさー。……あ~、肉食いたい。たらふく食いたい、分厚いの食いたい」

「《仕事》がうまくいけばほうしゆうが入る。少しはマシになるさ」

「マジ? 肉食える?」

「キャべツにマヨネーズ。いや、ツナかんくらいは……イケるか?」

みよう! けどちょっとやる気出た! ヤだなー、びんぼうって!」


 喜色とボヤきを混ぜた声は大きく、むなしく空へ吸い込まれていく。

 男のSNSアカウント、個人にんしよう画面に表示されるプロフィールは──


『国民登録番号《さくじよ》 キヨウトウ都立アカネ原高校2−A』

ライサン ゲツ しようばつれき 《さくじよ》』

『特記こう──特殊永続人獣トクニン人狼ワーウルフ》』


 つい先ほどレイと共に転校のあいさつで開示され、見事にドン引きされたデータ。

 顔は決して悪くない。マッチョな印象はあるがそれ以上に明るさやひとなつっこさが目立って、自然に友達ができそうなタイプだ。しかし、情報が開示された今、そうもいかず。


「テキトーにあちこち声かけてみたんだけどさ」

「通報されなかったか?」

「ひでえよ! いやまあ、されかけたけど……」


 授業の合間、昼休みになるまでのささやかな空き時間。

 同級生の男子を中心に声をかけてみたゲツだが、結果はさんたんたるもので。


「されかけたのか」

「あんなビビんなくてもいいじゃんな? みついたりしねえってのによ」

「公的には動物あつかいだ。首輪つきだが見えないし、こわがるやつもいるだろう」

めてんなー。お前だってしいだろ、彼女とか友達とか、《つう》ってやつをさ」


 そう言われた時、最後の冷えたこめつぶをさらうはしを止めて、レイは答える。


「必要だな。それは、俺がやるべきことのひとつだ」

「いいよなあ、つうの友達。オレさ、友達できたらいつしよにゲームしてえわ。いつもお前とじゃ、みように手ごたえがねーっつーか、きてくるっつーか」

「オンライン対戦でいいだろう」

「ウチの通信かんきようしょぼいんだよ。たんまつのデータ量もゆうねえし」

「俺としてはショッピングをすべきだと思う。待ち合わせて買い物に行って服を買ったり映画をたり、スイーツを食べてりをし、カラオケなども行くべきだ」

おとかよ」

おとだ。俺じゃなく、俺が果たすべき役割が」


 止まりかけたはしを動かし、最後のめしつぶを口に運ぶ。

 砂をむような顔で弁当を平らげると、レイはそれを包みにしまい、改めて少しはだざむい空を見上げながら、話題を変えた。


「──で? 仕事はできたのか」

「お前がこくしてる間にキッチリ済ませたよ。くつばこのブツ、いできた」


 自分の鼻をちょいちょい、と軽く指すゲツは、軽い口調ながら自信をめて。


「当たりだ。裁判に使うにゃぶつ検査なりかいせきなり必要っぽいけど、サンプル採れねーかも」

「洗ってあった、か。まあそれぐらいは当然か」

「それなりにかくそうとする努力はあったっぽい。れたくつしたに便所のカルキ、くそと小便と血のにおい。水洗便所かどっかに足っ込んで洗ってから、くつした穿いてくついて……と」


 女があしを、水洗便器にっ込んで。

 じゃぶじゃぶ洗い、血を落とす。


「便器に足っ込んで洗ったんだな──人馬ケンタウロス


 そんな光景を想像しながら言うゲツに、レイは軽くうなずいた。


「血まみれで使える水場なんて、あの《街》じゃ公衆便所くらいだ」

「四つあしじゃラブホにも入れねーもんな。無人受付ならイケるか?」

もくげき証言と現場のあしあと、回収した死体のこんせきから相手は3mえ、体重はトンだぞ」

「ベッドつぶれるな。クッソ目立つ幻想種フアンタビじゃ、どうかくれてもバレちまう」


 人獣ニンジユウ たる彼らには、いつぱん的な警察のようなそう権、たい権は無く。

 いわゆるハイテクのおんけい

 街頭カメラ映像や公共交通機関の移動ログ、所在のかくにんなどは受けられず。

 ゆえに頭にたたき込んだ情報と、足でつかんだ事実によって──ものねらい、追いすがる。


「確か同種の事件が前に2件だったな」

「ああ。ばっちりもくげきされて、うわさになってる。裏通りだから油断したんじゃね?」


 つじつじに設置されているかんカメラ、《神の》は犯行現場となった《街》には無い。

 ゆえに犯行が映像として記録されることはなく、そう油断した結果だろうが。

 くだらないてんまつを思い出し、ゲツは軽くほおいて。


もくげきされちまったら、裏も表もねーよな」

「裏通りには意外と人がいる。ゴミにもれてるホームレスだのチンピラだのが」


 ものかげひそんで犯人──《人馬ケンタウロス》をもくげきした者の証言を入手して。

 ある組織からけんされたこそ、このふたり。


「1件目と2件目のもくげき証言だと、人馬ケンタウロスが去った後にしん人物がもくげきされている。キメたざいが切れるまで裏通りでかくれ、ヒトにもどってから駅にもどり、電車で移動したんだろうが」

「……まー、かなりハイになってたんだろうな」


 ヒトをじゆうする《ざい》のかくせい効果はきようれつなものだ。ハイになり、理性が減退する。

 深くぼつにゆうしてしまった場合、物事を論理的に考える能力もにぶってしまい……。


「血まみれのくつした穿いた女子高生、なんつークソ目立つしろものもくげきされたら、うわさにもなるぜ」

「駅構内のかんカメラにそれらしき人物は映っていなかった」

「マジか。どうやって調べたん?」

「構内警備を担当する部署にしのび込んで、直接かくにんした」


 自動化が進んでいるとはいえ、AIを管理とうかつする役割はあくまで人間に委ねられている。

 ゆえに昔ながらの警備オフィスは存在し、せんにゆうできれば内部の情報はき放題で。


「便利だよなあ。まさかあんなテでしんにゆうするとか、だれもわかんねーだろ」

「やってる側としては意外とめんどうだし、たまにこしかたにくるんだが」

「たまにおっさんみてえなこと言うな、お前」


 整理すると、こうだ。