背丈は零士よりやや高い程度だが、袖と襟から覗く手足や首の太さが違う。締まっているが太く分厚いロープじみた筋肉の束がギュッと凝縮された、若く逞しい筋肉。
髪は染めているらしく金髪だが、くすんでいるのはカラーを入れてから時間が経ったせいか。手作りらしい雑な弁当を、いかにもまずそうに口に運んでいて。
「男二人で同じおかずのクソ雑弁当食ってるの、転校初日から見られたら死ねるわオレ」
「勝手にしろ。何が悪い」
言いつつも箸を止めない相手を、零士は水筒のお茶をすすりながらじろりと睨む。
「恥ずいじゃん!? お前っていつもそうな、世間体とか気にしない!?」
「見栄を張ってもしょうがない。ワリカン弁当が嫌なら好きなものを食え。自分の金で」
「そりゃそーだけどさー。……あ~、肉食いたい。たらふく食いたい、分厚いの食いたい」
「《仕事》がうまくいけば報酬が入る。少しはマシになるさ」
「マジ? 肉食える?」
「キャべツにマヨネーズ。いや、ツナ缶くらいは……イケるか?」
「微妙! けどちょっとやる気出た! ヤだなー、貧乏って!」
喜色とボヤきを混ぜた声は大きく、虚しく空へ吸い込まれていく。
男のSNSアカウント、個人認証画面に表示されるプロフィールは──
『国民登録番号《削除》 京東都立アカネ原高校2−A』
『頼山 月 賞罰履歴 《削除》』
『特記事項──特殊永続人獣《人狼》』
つい先ほど零士と共に転校の挨拶で開示され、見事にドン引きされたデータ。
顔は決して悪くない。マッチョな印象はあるがそれ以上に明るさや人懐っこさが目立って、自然に友達ができそうなタイプだ。しかし、情報が開示された今、そうもいかず。
「テキトーにあちこち声かけてみたんだけどさ」
「通報されなかったか?」
「ひでえよ! いやまあ、されかけたけど……」
授業の合間、昼休みになるまでのささやかな空き時間。
同級生の男子を中心に声をかけてみた月だが、結果は惨憺たるもので。
「されかけたのか」
「あんなビビんなくてもいいじゃんな? 咬みついたりしねえってのによ」
「公的には動物扱いだ。首輪つきだが見えないし、怖がる奴もいるだろう」
「醒めてんなー。お前だって欲しいだろ、彼女とか友達とか、《普通》ってやつをさ」
そう言われた時、最後の冷えた米粒をさらう箸を止めて、零士は答える。
「必要だな。それは、俺がやるべきことのひとつだ」
「いいよなあ、普通の友達。オレさ、友達できたら一緒にゲームしてえわ。いつもお前とじゃ、微妙に手ごたえがねーっつーか、飽きてくるっつーか」
「オンライン対戦でいいだろう」
「ウチの通信環境しょぼいんだよ。端末のデータ量も余裕ねえし」
「俺としてはショッピングをすべきだと思う。待ち合わせて買い物に行って服を買ったり映画を観たり、スイーツを食べて自撮りをし、カラオケなども行くべきだ」
「乙女かよ」
「乙女だ。俺じゃなく、俺が果たすべき役割が」
止まりかけた箸を動かし、最後の飯粒を口に運ぶ。
砂を食むような顔で弁当を平らげると、零士はそれを包みにしまい、改めて少し肌寒い空を見上げながら、話題を変えた。
「──で? 仕事はできたのか」
「お前が遅刻してる間にキッチリ済ませたよ。靴箱のブツ、嗅いできた」
自分の鼻をちょいちょい、と軽く指す月は、軽い口調ながら自信を込めて。
「当たりだ。裁判に使うにゃ微物検査なり解析なり必要っぽいけど、サンプル採れねーかも」
「洗ってあった、か。まあそれぐらいは当然か」
「それなりに隠そうとする努力はあったっぽい。濡れた靴下に便所のカルキ、糞と小便と血の臭い。水洗便所かどっかに足突っ込んで洗ってから、靴下穿いて靴履いて……と」
女が素足を、水洗便器に突っ込んで。
じゃぶじゃぶ洗い、血を落とす。
「便器に足突っ込んで洗ったんだな──轢き逃げ人馬」
そんな光景を想像しながら言う月に、零士は軽く頷いた。
「血まみれで使える水場なんて、あの《街》じゃ公衆便所くらいだ」
「四つ脚じゃラブホにも入れねーもんな。無人受付ならイケるか?」
「目撃証言と現場の足跡、回収した死体の痕跡から相手は3m超え、体重はトンだぞ」
「ベッド潰れるな。クッソ目立つ幻想種じゃ、どう隠れてもバレちまう」
人獣たる彼らには、一般的な警察のような捜査権、逮捕権は無く。
いわゆるハイテクの恩恵。
街頭カメラ映像や公共交通機関の移動ログ、所在の確認などは受けられず。
故に頭に叩き込んだ情報と、足で摑んだ事実によって──獲物を狙い、追いすがる。
「確か同種の事件が前に2件だったな」
「ああ。ばっちり目撃されて、噂になってる。裏通りだから油断したんじゃね?」
辻々に設置されている監視カメラ、《神の眼》は犯行現場となった《街》には無い。
故に犯行が映像として記録されることはなく、そう油断した結果だろうが。
くだらない顚末を思い出し、月は軽く頰を搔いて。
「目撃されちまったら、裏も表もねーよな」
「裏通りには意外と人がいる。ゴミに埋もれてるホームレスだのチンピラだのが」
物陰に潜んで犯人──《轢き逃げ人馬》を目撃した者の証言を入手して。
ある組織から派遣された手下こそ、このふたり。
「1件目と2件目の目撃証言だと、轢き逃げ人馬が去った後に不審人物が目撃されている。キメた魔剤が切れるまで裏通りで隠れ、ヒトに戻ってから駅に戻り、電車で移動したんだろうが」
「……まー、かなりハイになってたんだろうな」
ヒトを獣化する《魔剤》の覚醒効果は強烈なものだ。ハイになり、理性が減退する。
深く没入してしまった場合、物事を論理的に考える能力も鈍ってしまい……。
「血まみれの靴下穿いた女子高生、なんつークソ目立つ代物が目撃されたら、噂にもなるぜ」
「駅構内の監視カメラにそれらしき人物は映っていなかった」
「マジか。どうやって調べたん?」
「構内警備を担当する部署に忍び込んで、直接確認した」
自動化が進んでいるとはいえ、AIを管理統括する役割はあくまで人間に委ねられている。
故に昔ながらの警備オフィスは存在し、潜入できれば内部の情報は抜き放題で。
「便利だよなあ。まさかあんなテで侵入するとか、誰もわかんねーだろ」
「やってる側としては意外と面倒だし、たまに腰や肩にくるんだが」
「たまにおっさんみてえなこと言うな、お前」
整理すると、こうだ。