1st chapter 轢き逃げ人馬(ケンタウロス) ⑦

「犯人はヒトの姿で《街》に行き、無法地帯でざいをキメて幻想種フアンタビに変わった。そして夜通し街をまわり、ぱらいを中心に数人をり殺し、明け方ごろに薬が切れて……」

「ふらふら帰ろうとして、血まみれくつしたおおあわて。便所で洗ってご帰宅、そのまま学校……。何つーか、行き当たりばったりっつうか。かなり適当だよな」

「多少は人目を気にしはじめたわけだ。が……追われてるとは思ってないんだろうな」


 ここで終わるならの役目もおしまいだ。

 調べがついている限り3度の犯行で、発見された死体は11体。

 11人、ではなく──11『体』。


ざいをキメて駅を出て、かんのない《街》に入った時点で……人獣ニンジユウ は死んでも器物そんかいだ。あつかいとしては動物と同じ、死んだところで警察は動かないし、そもそも身元がわからない」


 それが《街》のルール、いつさいそくばくされない自由と解放のだいしよう


「身元もねえ、飼い主もいなきゃ、いぬねたのと同じ。死に損かよ」


 ちようぎみに言うレイに、となりゲツもまた同じ苦い表情で。


「やるな、今夜も」

「やるだろ」


 さんげきを予言された《街》とは──


 キヨウトウ仮面舞踏街マスカレードナツバラ



──── 02 仮面舞踏街マスカレード ────


 ──夜が来る。


 樹木の根のようにめぐらされた大都会の鉄道もう、中でも近年完全整備が成されたかんじよう線のいくつかの駅には、これまで存在しなかったとあるシステムが存在する。


「……はあ、はあ、はあ、はあ……!」


 ある男が自動改札をける。料金はたんまつからせつしよくの自動決済で引き落とし済み。

 体温、しんぱく、その他改札に設けられた《神の》によるしんだんが行われ、明らかなしつぺいの兆候がある場合はドアは開かず、そのままむなしく去らねばならない。


「息苦しい、ウザッてえ。……ああ、早く、早くしろよ……!」


 ちっ、と顔半分にりつく群衆マスクの奥で、みにくい舌打ち。

 スーツは乱れ鼻息あらく、サラリーマン風のごくあたりまえな中年男性は、ホームをけるとカプセル状のロッカールームにスマホをタッチ、最短10分レンタルして個室を利用。


「ムレるんだよ、クソ!! 息はくせェしうっとうしい!! はあああぁああああ~~~……!」


 ゆるちやくしたマスクを外し、たたきつけるようにゴミ箱へ捨ててから。

 かんのような空気をじかに吸い込んで、サラリーマンはうきうきとスーツをいだ。

 スーツは軽くたたみ、えを用意したバッグにスマホもろともしまうと、備えつけのATMから必要な額の現金を引き出し、この《街》以外でまず使うことのないさいに入れる。

 下着姿の男は、引き出されたへいをペラペラとめくると。


「金、よし。えもいいな……! 遊ぶぞ、チクショー! 週末だ!!」


 防音の個室内。だんいられている周囲へのえんりよはいりよくさりから解き放たれて。

 解放感のままにさけびながら、さいから小額へいを1枚。

 ATMのわきに設置された自動はんばいに入れて──

 毒々しいしきさいかんがサンプルとして表示されたウィンドウを、迷うように指でなぞる。


「今日は何にすっかなあ……やっぱ《赤》だろ!」


 旧時代のエナジードリンク、レトロな復刻デザインのかん飲料こそ《ざい》──

 怪物モンスターサプリと呼ばれる、ちようかん社会にゆるされた解放のかぎだった。

 種類は3つ。

 赤。骨つき肉のロゴ、フレーバー《肉食carnivore》。

 緑。みずみずしいキャベツのロゴ。フレーバー《草食herbivore》。

 むらさきするどつめとカエルの水かきのロゴ。フレーバー《爬虫類・両生類reptiles and amphibians》。

 おおざつとしか言いようのない分類だ。

 それぞれの味は変わらない、砂糖にこうりようを大量にてんしたケミカルな甘さとフレーバー。

 何になるかはお楽しみ。毎週1度、週末のお楽しみ、人獣ニンジユウ ガチャ。

 ……プシッ!

 注文パネルに手をかざす。せつしよくセンサーが作動、《肉食carnivore》フレーバーの赤かんが転げ落ち、いそいそと男はプルタブを開けると、あわつそれを一気にのどへ流し込んだ。


「~~~~~! プハ─────……っっ!」


 口元に炭酸のあわをつけ、一気に飲み干す。

 容量は基本160ml、いわゆるミニかん。大容量の大型かんもあるが、効果は基本変わらない。

 一時は大量に飲めばとくしゆなカタチに変化できるなどとうわさが流れ、数リットルを流し込む者もいたことはいたが、飲みすぎた末にカフェイン中毒を起こすのが関の山だった。

 ……クシャッ!

 生物性プラスチックのかんにぎつぶされ、ゴミ箱に放り込まれる。


「おおおおおおおっ……! キタ、きたあああぁああぁああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」


 下着姿の男がふるえてさけぶ。

 あせみのできたシャツの内側がたちまちふくれ、骨のような白とかつしよくが混ざったしまの毛皮が、びっちりと男の全身を包み、口元がびて耳がび、骨格がゴキゴキと変わりゆく。


「ヒャ~~~ハ~~~~ッ!! 遊ぶぜェッ!!」


 解放感に満ちたぜつきよう

 けものが7でヒトが3──アフリカ、ユーラシア大陸に広く生息するシマハイエナとヒトの

 野生のそれはきょとんと垂れ目の愛らしさすら感じる生き物だが、男の欲望が混ざった顔はひどくみにくく、強い薬物げきでハイになったテンションのままに、ブースを飛び出す。

 完全自動化されたロッカーに手荷物を放り込んだ瞬間に決済完了。

 荷物は自動的に駅内部の倉庫に一時収納され、料金は手荷物内のスマホにひもづいた信用情報、はらい先から引き落とされる。当然引き出す際も手続き不要、顔を見せるだけで出てくる。

 スマホに登録された個人情報、顔やもんなどが本人とそれ以外を判別。完全管理された情報化社会における利便性は、そういうものと割り切ってしまえばりよく的だった。


「さあて、今夜は何すっかなあ? おっ、ねーちゃん! 楽しもうぜ!」

「え~? おニイさん、いくら持ってんのぉ?」


 駅構内から出口を目指して歩く間、通りかかっためすねこむすめたちに声をかける。

 水着じみたエグいカッティングのショートデニム。チューブトップで胸をかくしているものの、あでやかな短毛の毛皮ではだかくれているが、それがかえってせんじよう的で。

 だんは社会によくあつされ、お仕着せのような服をまとった女たちは思い思いの服装を楽しんで、ゴスロリからパンクはおろか、男女を問わずわけのわからぬかつこうで市街を歩く。

 さんさんたるネオン。風紀びんらん何のその。駅を一歩出ればわいざつとしか言いようのない人混みと、あらゆる制限を取り外されたさまざまな商品、サービスを売りとする店が並んでいる。


「ブタの頭あるよブタの頭、ウマいよ! 焼きたてだよ!」

「おニィちゃんいいいるんだけどキメてかない? ゴムなし本番オッケー!」

「カンパ~~イッ! 飲め飲め飲めぇ! 無礼講じゃあ!」


 文字通りぶた男のコックがちゆう風に焼き上げたブタの頭、にくじゆうしたたるそれを切り分ける。

 いやらしいハンドサインをしながら道ゆくオスに声をかけるトカゲ頭のポン引き。