「犯人はヒトの姿で《街》に行き、無法地帯で魔剤をキメて幻想種に変わった。そして夜通し街を駆け回り、酔っ払いを中心に数人を蹴り殺し、明け方ごろに薬が切れて……」
「ふらふら帰ろうとして、血まみれ靴下に大慌て。便所で洗ってご帰宅、そのまま学校……。何つーか、行き当たりばったりっつうか。かなり適当だよな」
「多少は人目を気にしはじめたわけだ。が……追われてるとは思ってないんだろうな」
ここで終わるなら手下の役目もおしまいだ。
調べがついている限り3度の犯行で、発見された死体は11体。
11人、ではなく──11『体』。
「魔剤をキメて駅を出て、監視のない《街》に入った時点で……人獣は死んでも器物損壊だ。扱いとしては動物と同じ、死んだところで警察は動かないし、そもそも身元がわからない」
それが《街》のルール、一切束縛されない自由と解放の代償。
「身元もねえ、飼い主もいなきゃ、野良犬撥ねたのと同じ。死に損かよ」
自嘲ぎみに言う零士に、隣の月もまた同じ苦い表情で。
「やるな、今夜も」
「やるだろ」
惨劇を予言された《街》とは──
京東仮面舞踏街、夏木原。
──── 02 仮面舞踏街 ────
──夜が来る。
樹木の根のように張り巡らされた大都会の鉄道網、中でも近年完全整備が成された環状線のいくつかの駅には、これまで存在しなかったとあるシステムが存在する。
「……はあ、はあ、はあ、はあ……!」
ある男が自動改札を抜ける。料金は端末から非接触の自動決済で引き落とし済み。
体温、心拍、その他改札に設けられた《神の眼》による診断が行われ、明らかな疾病の兆候がある場合はドアは開かず、そのまま虚しく去らねばならない。
「息苦しい、ウザッてえ。……ああ、早く、早くしろよ……!」
ちっ、と顔半分に貼りつく群衆マスクの奥で、醜い舌打ち。
スーツは乱れ鼻息荒く、サラリーマン風のごくあたりまえな中年男性は、ホームを抜けるとカプセル状のロッカールームにスマホをタッチ、最短10分レンタルして個室を利用。
「ムレるんだよ、クソ!! 息はくせェしうっとうしい!! はあああぁああああ~~~……!」
皮膚に緩く癒着したマスクを外し、叩きつけるようにゴミ箱へ捨ててから。
甘露のような空気を直に吸い込んで、サラリーマンはうきうきとスーツを脱いだ。
スーツは軽く畳み、着替えを用意したバッグにスマホもろともしまうと、備えつけのATMから必要な額の現金を引き出し、この《街》以外でまず使うことのない財布に入れる。
下着姿の男は、引き出された紙幣をペラペラとめくると。
「金、よし。着替えもいいな……! 遊ぶぞ、チクショー! 週末だ!!」
防音の個室内。普段強いられている周囲への遠慮、配慮の鎖から解き放たれて。
解放感のままに叫びながら、財布から小額紙幣を1枚。
ATMの脇に設置された自動販売機に入れて──
毒々しい色彩の缶がサンプルとして表示されたウィンドウを、迷うように指でなぞる。
「今日は何にすっかなあ……やっぱ《赤》だろ!」
旧時代のエナジードリンク、レトロな復刻デザインの缶飲料こそ《魔剤》──
怪物サプリと呼ばれる、超監視社会に赦された解放の鍵だった。
種類は3つ。
赤。骨つき肉のロゴ、フレーバー《肉食》。
緑。瑞々しいキャベツのロゴ。フレーバー《草食》。
紫。鋭い爪とカエルの水かきのロゴ。フレーバー《爬虫類・両生類》。
大雑把としか言いようのない分類だ。
それぞれの味は変わらない、砂糖に香料を大量に添加したケミカルな甘さとフレーバー。
何になるかはお楽しみ。毎週1度、週末のお楽しみ、人獣ガチャ。
……プシッ!
注文パネルに手をかざす。非接触センサーが作動、《肉食》フレーバーの赤缶が転げ落ち、いそいそと男はプルタブを開けると、泡立つそれを一気に喉へ流し込んだ。
「~~~~~! プハ─────……っっ!」
口元に炭酸の泡をつけ、一気に飲み干す。
容量は基本160ml、いわゆるミニ缶。大容量の大型缶もあるが、効果は基本変わらない。
一時は大量に飲めば特殊なカタチに変化できるなどと噂が流れ、数リットルを流し込む者もいたことはいたが、飲みすぎた末にカフェイン中毒を起こすのが関の山だった。
……クシャッ!
生物性プラスチックの缶が握り潰され、ゴミ箱に放り込まれる。
「おおおおおおおっ……! キタ、きたあああぁああぁああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
下着姿の男が震えて叫ぶ。
汗染みのできたシャツの内側がたちまち膨れ、骨のような白と褐色が混ざった縞の毛皮が、びっちりと男の全身を包み、口元が伸びて耳が伸び、骨格がゴキゴキと変わりゆく。
「ヒャ~~~ハ~~~~ッ!! 遊ぶぜェッ!!」
解放感に満ちた絶叫。
獣が7でヒトが3──アフリカ、ユーラシア大陸に広く生息するシマハイエナとヒトの交雑。
野生のそれはきょとんと垂れ目の愛らしさすら感じる生き物だが、男の欲望が混ざった顔はひどく醜く、強い薬物刺激でハイになったテンションのままに、ブースを飛び出す。
完全自動化されたロッカーに手荷物を放り込んだ瞬間に決済完了。
荷物は自動的に駅内部の倉庫に一時収納され、料金は手荷物内のスマホに紐づいた信用情報、支払い先から引き落とされる。当然引き出す際も手続き不要、顔を見せるだけで出てくる。
スマホに登録された個人情報、顔や指紋などが本人とそれ以外を判別。完全管理された情報化社会における利便性は、そういうものと割り切ってしまえば魅力的だった。
「さあて、今夜は何すっかなあ? おっ、ねーちゃん! 楽しもうぜ!」
「え~? おニイさん、いくら持ってんのぉ?」
駅構内から出口を目指して歩く間、通りかかった雌猫娘たちに声をかける。
水着じみたエグいカッティングのショートデニム。チューブトップで胸を隠しているものの、艶やかな短毛の毛皮で肌は隠れているが、それがかえって煽情的で。
普段は社会に抑圧され、お仕着せのような服を纏った女たちは思い思いの服装を楽しんで、ゴスロリからパンクはおろか、男女を問わずわけのわからぬ恰好で市街を歩く。
燦々たるネオン。風紀紊乱何のその。駅を一歩出れば猥雑としか言いようのない人混みと、あらゆる制限を取り外されたさまざまな商品、サービスを売りとする店が並んでいる。
「ブタの頭あるよブタの頭、ウマいよ! 焼きたてだよ!」
「おニィちゃんいい娘いるんだけどキメてかない? ゴムなし本番オッケー!」
「カンパ~~イッ! 飲め飲め飲めぇ! 無礼講じゃあ!」
文字通り豚男のコックが中華風に焼き上げたブタの頭、肉汁したたるそれを切り分ける。
いやらしいハンドサインをしながら道ゆくオスに声をかけるトカゲ頭のポン引き。