0.好きなもの:悪戯・悪い恋 ②

 れるだけのキスなんかじゃなくて、舌が思い切り、くちびるを割ってくる。

 舌先を舌先で押しつぶされたから、仕方なく応える。

 そうしないと、あとがこわい。きりはらはキスにうるさいんだ。

 舌をからってねんまくをこすり合わせていると、時折、なまめかしい鼻息がれてくる。んっ、と細いのどからひびいてくるいきぎの気配がなやましい。

 それらを聞きつつ、俺は仕事のことをあれこれ考えて、気をまぎらわせる。本来は年上として、教師として、はんであるべきだ。教え子のきりはらに好き勝手にやられてはいけない。そんな、男の意地とだった。

 むっ、ときりはらが一度うなって、くちびるはなす。俺を、じっと見つめてくる。


「ふぅん……まぁ、いいけど?」


 俺の返事を待たずに、再びくちびるむさぼってくる。

 さっきよりも激しく舌をこすり合わせてきて、吸い付いてくる。俺が応えるんじゃなくて、俺の心と思考を引っかき回す動きだ。


(……まずい)


 仕事のことを考えてやり過ごそうとしているのに、集中できない。俺からゆううばったきりはらは、わきばらに指をわせてきた。不意打ちだったので、びくりと身体からだねさせてしまった。不覚だ。そのまま、シャツの上からろつこつろつこつの間をフェザータッチででて、こうげきしてくる。

 くすぐったさと、自覚したくない感覚がこうにやってくる。意地を見せたかったけど、仕事のことを考えるゆうはもうない。息も、少し乱れてしまっている。


「んふふっ」


 うれしそうにのどを鳴らしたきりはらは激しかったキスをやさしいものに変えて、頭をでてきた。

 それから、脳をかすように、口内をすみからすみまでたっぷりねぶられる。かと思えば、やっぱり押しつぶしてきたり、舌の裏をでてきたり、色々やってくる。

 ……悲しいかな。長いキスから解放してもらえたころにはもう、俺の身体からだはすっかり出来上がってしまっていた。


「先生ってば、ほんっとわいいんだから」


 至近きよで満足そうに俺を見つめるきりはらは、うっすらと上気している。じりがとろんと下がってゆめごこだ。メガネを外したきりはらは本当に、別人のように色っぽい。

 授業中やホームルームでは絶対に見せない顔だった。

 俺が知る限り、俺だけが知る、俺だけに見せる、きりはらの裏の顔だ。

 学校で一番と言っても過言ではない才女。おまけに生徒会長だけど、キスもするし、甘えてもくるし、身体からださわらせてもくる。さわってもくる。

 俺の人生をこわす可能性があるばくだんが、動いて、息して、ゆうわくしてくるのだ。


「ね、ヤっちゃう?」

「……ヤんない」


 それだけは、絶対に同意できない。してはいけないんだ。


ごうじようだなぁ」


 口ではきよしているけど、俺が欲情しているのはいているんだろう。

 自信たっぷりにきりはらは続ける。


「私はいいんだよ? 先生のこと、好きだし」


 ほおでながら、めつささやいてくる。


「楽になると思うけどな、色々と」


 年上として、教師として、大人として、とてつもなくくやしいけど、それはりよくてきさそいでもあった。ただし、このさそいはめつとワンセットだ。

 じゆんするようだけど、だからこそりよくてきなのだ。きりはらは。

 たちが悪いことに、本人はそれを全て自覚している。

 きりはらに限らないことだけど、このとしごろの女子は自分の価値をはっきりと自覚している。

 それをしげもなく押し付けてくるきりはらは……やつかいな『子供』であり、やつかいな『女』なのだ。

 でも、バレたら彼女もタダでは済まないだろう。俺ほどではないけど。

 だからこそ、俺はしんらいできる。

 もしかしたら、こいつだけは俺を裏切らないかもしれない。

 ゆいいつ、そう考えることができる相手なのだ。

 俺たちはいびつな形で、強固なしんらい関係が結ばれている。

 秘密を共有する共犯者というのは、きっと、そういうものなんだ。


「ね、先生。ヤラなくていいから、もっかいキスさせて」


 俺にきよ権はない。

 しばらくの間、砂をむようなここきりはらに従った。




 ***


 数年後。

 俺ときりはらは時折、めをたずねられることになる。

 俺たちは二つの答えを用意しなくてはいけなかった。表と裏。うそと真実だ。

 一部のしんらいできる人間に本当のことを語るとき、俺は決まって、こう切り出す。


れんあいぞんの教え子と、秘密の悪いこいをしていた。全部、そこから始まったんだ」


 となりに座るきりはらは、そうだね、とやさしくほほみ、俺がするばなしここよさそうに聞き続ける──。