「聞き間違えたかな? なんか先生とも言われたような……?」
彼女は油を差しそびれたロボットみたいにぎこちない動きで、ゆっくりと俺の方を振り返った。警戒するようにこちらを見つめる。
「先生のクラスの錦悠凪です。こんばんは」
俺は誤解を解くため慌ててフルネームで名乗る。
「ニシキユウナギ?」
彼女はカタコトになりながら俺の名前を復唱する。
「今教卓の前に座っている男子です。先生、わかりません?」
申し訳なさそうに自己紹介を加える。
すると彼女はぐっと顔を近づけてきた。
「あの、天条先生。なんか、近くないですか」
綺麗な顔が吐息もかかりそうな距離にあって戸惑ってしまう。
化粧を落としていようとも美人は美人である。
至近距離から大きな瞳でジッと見つめられて、俺は息をするのも躊躇われた。
「────ッ、錦悠凪!? え、錦くん!!」
俺の正体に気づいた先生がよろけるように飛び下がる。勢い余って、彼女のサンダルの片方が脱げてしまう。
「え、先生、サンダルが……」
「ひ、人違いですッ!!」
転がったサンダルに構わず、天条先生は自分の部屋に逃げこんだ。
どこにいても彼女の輝きが霞むことはない。
見惚れてしまう眩しい笑顔、息を吞むほど美しい容姿、元気をくれる明るい雰囲気。
そんな太陽のような美人を見間違えようもない。
おすそわけに部屋を訪ねてきたお隣さんは──俺の担任である天条レイユだ。