第一章 いきなりお家デート ②

 こくしてきた元陸上部エースは気の強そうな顔にねむたそうな目をしながら、口からチュッパチャプスの棒が飛び出している。堂々としているというより、ふてぶてしい。この学校にしてはちょっとめずらしい不良っぽいふんのある女の子で、ひそかに気になっている男子は多い。


「…………」


 気づけば、通り過ぎるはずのほういんが目の前で立ち止まっていた。


「おはよう、ほういん。今日も重役出勤だな」

「急に話しかけるな」


 彼女は俺を眼光するどいちべつして、まどぎわにある自身の席へ足早に向かってしまう。



 作戦その2、遠回しにさぐりを入れる。

 四時間目は日本史の授業で、再びてんじよう先生が教室におとずれる。

 てんじよう先生の担当科目である日本史は生徒の間でも評判が高い。

 歴史上の出来事をわかりやすく説明するのはもちろん、たくさんの人物ひとりひとりを印象的に話すので名前が頭に入りやすい。りの歴史物コンテンツやニュースなどのやわらかい話題も交えてくれるので、歴史に興味のない人にも大変とっつきやすいのだ。


「…………にしきくーん、手が止まっているよ。ちゃんと板書している?」


 声をかけられて、自分のノートが真っ白なことに気づく。

 席の立地を利用して、質問するタイミングを見計らっていたせいで手を動かすのがおろそかになっていた。


「すぐに書くので消さないでください!」


 この最前列の視界は、きようだんに立つ教師と黒板でほぼくされる。

 座席位置だけでなく、てんじようレイユが前にいる時はとりわけ手が止まりやすい。

 彼女ならいつまでもきずに見ていられるからだ。


「一番前の席だと見づらいよね。ちょっとだけ待ってあげる。他にまだの人も急いで」


 てんじよう先生はいつものようにいききタイムを設ける。


「レイユちゃん先生が美人すぎるから、特に男子は集中できないんだと思いまぁーす」


 クラスで目立つ女子グループの中心人物であるまゆずみは、先生相手にも完全に友達と話すノリだった。

 まゆずみさんは絵にいたような陽キャなギャルだ。

 長いくろかみをツインテールに束ね、むらさきのインナーカラーを入れている。

 その派手な見た目通り、テンションは高くノリが軽くて、裏表のない性格と物言いで友達が多い。クラス内ヒエラルキーの頂点にいながらも、彼女はなんでもおもしろがるオープンマインドな性質なので、クラスメイトのグループなどお構いなしに話しかけるおかげである。

 リアじゆうグループと話すのはもちろん、優等生グループから勉強を教わり、体育会系グループとはいつしよに盛り上がり、アニメやゲームの話題はオタク系グループと熱弁をわす。

 朗報、オタクにやさしいギャルは実在したッ!

 そんなまゆずみさんがマジリスペクトな人が、我らが担任・てんじようレイユである。

 まゆずみさんと同じように女子生徒はてんじよう先生の周りに休み時間や放課後にわんさと集まり、その美しさのけつたずね、いろこいの相談をしていた。


「そんなことないよ。男子は勉強熱心でよく質問してくるし」

「レイユちゃん先生とおしやべりしたいだけでしょ」


 まゆずみさんはがおで男子のつつましい積極性をく。

 やめろ、口実がなければ話しかけられない男のチキンハートをバラさないでくれ。

 俺は、図星な男子生徒たちが胸を押さえる気配を背中で感じた。


「共通の話題があると話はしやすくなるでしょう。勉強、れんあい、仕事、どんな場面でも会話ははずむ方が楽しくていいじゃない」


 だれも否定することのない言葉選びと説得力のあるそつちよくな言い方。

 これこそてんじよう先生が男女を問わず人気を集める真の理由だろう。


「それでにしきくん、もう書き終えた?」


 思わず感心していた俺に対して先生が確かめてくる。


「すみません、まだです」

「もう、集中しなさい。こっちのこと見すぎ。なんか変なところでもある?」


 先生は自分の身なりをかくにんする。その何気ない仕草でさえ色っぽい。

 どうする、ここでいきなり昨夜の件をたずねてみるか。


「…………」

「ちょっと、だまりこまないでよ。不安になるじゃない」

「いえ、なんでもありません。実は先生にれてしまっていて」


 俺のわざとじようだんめかした発言に、クラス中がどっと笑う。


「ほらやっぱり」とまゆずみさんの明るい声がよくひびく。

 冷静になれば、授業中にさぐりを入れるのは悪手だ。

 ほんとうにおとなりさんが先生だった場合、その事実がクラスメイトにわたるのは俺にとっても先生にとっても不都合がある。


「きちんとメリハリをつけなさい」と慣れた様子で俺の言葉を軽く聞き流す。


「ただ、別のことで相談があります」


 俺は手を動かしながらも、別の相談をぶつけてみることにした。


「どんななやみ?」

「実は、この席だと授業中にねむりがしづらいんです」

「……にしきくんっていい度胸しているね」


 先生はしていた。

 言葉ほどにおこっている様子はない。


「先生の日本史の授業はおもしろいので起きてます」

「アタシの授業だけじゃなくて全教科で起きてなさい」

すいみんかんの確保は重要なもので」

「そこは、ほんとうにそうだよねぇ」


 えらく共感していた。


「先生、そくなんですか?」

「ほとんどの働く大人はすいみんかんが足りてないからね」


 社会人を代表するように先生はぼやいた。


「大人も子どもも健康的な生活をしなきゃダメよ。すいみん、運動、食事、いききはどれも大切。そうでないと大切な判断を誤るかもしれない」


 教室全体に呼びかけると、先生を好きなクラスメイトたちがぎようよく声を上げた。


「そういう話を聞くと、あんまり働きたくなくなりますね」

「ずっと高校生をやっているわけにもいかないでしょう」

「先生なら制服を着てもゆうでJKに見えます」


 女子高生の制服を着たてんじようレイユを想像してみる。

 うん、げんえきJKと言われてもあっさり信じられるくらいちやちや似合っていた。

 ヤバイ、ちょっと見てみたい。


「どんなフォローよ」


 げんそうな先生は前のめりになって、こちらの顔をのぞきこんできた。

 顔を近づけられて俺は目をせてしまう。

 そして視線がげた先にはもっとげきてきな光景が待っていた。

 はち切れそうなブラウスの下にあるたわわに実ったふたつの果実はあつとうてきな存在感を示す。バストの大きさはとても同級生たちではかなわない。

 あまりにも大人すぎる。

 しかもかがんでいる本人は気づいていないが、先生の豊かなむなもとぜんけいによりきようたくの上に押しつけられたせいで、そのやわらかさと質量を一層強調していた。

 げきが強い。


ねんれいを過度に気にしすぎないようにって意味です。人はだれしもおのれの中に幼い自分がいるものですから」


 俺の誕生日は四月で、十七歳になった。先生はまだ二十三歳。

 こうしてくだらない会話にも応じてくれるおかげで、あまりねんれいを感じない。


「現在進行形で十代の男の子に言われてもなぁ」


 身体からだを起こすとれる胸部。うん、やはり高校生としようするには育ち過ぎだ。


「先生だって童心に返るしゆんかんってありません?」

「たとえば?」

「子どものころから好きな食べ物を食べる時とか? 先生の好物ってなんですか?」

「イチゴかな」


 かれるがままてんじよう先生は答える。


「あーぐうですね。俺もイチゴ好きです。ちょうど昨夜、おとなりさんからおすそわけでイチゴをもらったんですけど、それがすごしかったんですよ」


 俺は待ってましたとばかりに、昨夜の件を遠回しににおわせてみた。


「──おしやべりしすぎたね。はい、授業にもどるよ」