エピソード1 ホウキと魔女の残念な子に魔王 ②

「まだ染めた髪は大丈夫だと思うし」


 みようそうごろは自分の前髪を指でいじる。銀髪褐色の店主さんも彼の不自然な金色の髪を見て、


「まあまあ、天然の黒髪は最高級の呪いの染料になりますもんね。気をつけないと、夜道でハサミ片手の怪人さん達に襲われてまるぼうにされてしまうわよ?」

「ちゃんと気をつける……」

(『』。だって怖いし、寄ってたかって刃物で髪切られるとかまともじゃねえだろ)


 剣と魔法の大きな街にも根も葉もないデマはある。豚の毛をでる事で雨を降らせる、など本物の魔法がある分ややこしい。

 このように、こちらの世界での生活は本当に店主さんに支えてもらっている。暮らしの豆知識から途方もなく役立つ魔法のしようぼんまで色々と恩のある人だ。

 店主のお姉さんと別れて家庭教師の少年は石造りのアパートの前から大通りへ。

 白と黒だった。

 大理石と黒曜石を規則的に配置した、チェス盤みたいな模様の階段の街。それが神殿学都を示す一番の言葉だった。それからあちこちに巨人のてんびんみたいな赤い金属塊が伸びているのは、ここ最近で普及が進んでいるエレベーターだろう。ぶっちゃけおざなりに手すりのついたカゴがあるだけで、後は太い鎖で天高くまで一本釣りだからご利用は超おっかないのだが。


(……遠くからだとサイズ感が分かりにくいけど、アレ、てんびんの柱は一〇〇メートル以上あるし。階段の街で建物の屋根をまたぐ格好で旋回するし、高さが必要なんだけどよ)


 街の全景はひしがたですり鉢状になっていた。逆ピラミッドとでも言うべきか。つまり中心に向かうほどひなだんは下がる。そして、まるで闘技場のように街の中心に居座るのが半径五キロ以上に及ぶ人造の巨大な湖。その中心も中心、常温なのにお構いなしに漂う白いダイヤモンドダストの向こうに、あらゆる魔女達の憧れ、召喚禁域魔法学校マレフィキウムが待っている。

 アパートがあるのは赤区のC丁目。これから向かうキャラウェイ・Cs予備校があるのは緑区のR丁目だ。ここは外周近くなので、ひなだんの上の方になる。とはいえ高層建築も多いから、こちらを見下ろしてくる建物も結構普通にあるのだが。


「エレンちゃんおはよう」

「おはよー、ブラマンジェ。通販の仮眠ひつじヤバいわー……、仮眠だっつってんのに抱き締めて目を閉じるとぐっすり八時間とか時の流れをぶっ飛ばされる。まだ頭おもいー……」


 ハッピーハロウィンっ、なんて呪文を唱えてフォーミュラブルームの先端を軽く振ると、朝からクレープやドーナツをポンポン取り出す少女達。見ての通り呪文は身振りと連動させないと効果が出ない。あれは厳密には瞬時におやつを組み立てる薬を調合しているのだろうが。辺りの露店も食べ物そのものではなく、皿の上に透明なガラス板で羊皮紙を挟んだレシピを載せて売っていた。お花屋さんみたいな屋台が多いのも各種儀式でハーブを頻繁に使う魔女向け、カードや大小様々な水晶球を並べるお店も以下略だ。

 行き交うのは、大体一五から一八歳くらいの少女が多いだろうか。

 こちらの世界では小学校、中学校の義務教育が終わった直後に超過酷な魔女の受験に放り込まれる。受からないのが当然、義務を卒業したら普通は働き始めるという世界。なので三浪くらいは当たり前で、中には二〇歳を軽く超えているセクシーなお姉様方もいる。


(それにしても、うーん……今日も目のやり場に困る格好じゃね?)


 裸にマントの吸血鬼コスとか、地肌に太い鎖を巻いた罪人少女とか、黒い革の衣装に作り物のツノや尻尾のサキュバススタイルとか。とにかく朝の通学時間帯はハロウィンの仮装っぽい女の子達であふれていた。その辺にボンボン転がってる馬鹿デカいカボチャの街灯も含めて。

 ハロウィン。……当然ながら万聖節前夜やケルトの祭りなんてこちらの世界にはない。やはりこれも異世界の地球から引き出して浸透した文化やセンスなのだろうか? HEAハウスなども考えなしに衆目にさらしてしまうとこういう事になるかもしれない。


「聞きましたーお姉ちゃあん? 大陸森林地方で盗賊化した騎士団を、魔女が単独でまとめて空爆したって。やっぱりマレフィキウム出身者はやる事が違いますわあ」

「やめろてのひらからうっとり炎出すの! あちっ、あたしの髪が焦げる!!」


 イチャイチャしている姉妹らしき女の子達の隣では、ぱんぱん、と歩きながら自分のほっぺたを両手でたたく少女達もいた。そのたびに顔の映りがコロコロ切り替わる。文字通り魔法を使って一瞬で化粧を変えているのだ。こうやくや呪文を使った変身系の魔法のバリエーションか。

 物体の色や模様を一瞬で変える、はハンカチの例を出すまでもなく手品の代名詞でもあるのだがこれは違う。薄いシートを貼ったり肌に塗った絵具えのぐを削るだけではこうはならない。


「オトナのお姉さん系って憧れちゃうけどさー、このメイクやってみると顔が疲れる。全体的に重くて分厚いのよ、わたくしの繊細なお肌がこれで一日保つとはとても思えん……」

「はっはっは、なんだかんだで等身大のスポーツ系の方が反応良かったりするものよ小娘」


 このように魔法があれば何でもできる。生活の潤いは全く変わる。

 ただし、目的に合った技術を自力で完全に習得さえできれば、の話だが。


「やっぱり進むならマレフィキウムよねー。どんなお城も公的機関も頼ってくるすごいエリート。今年こそ狭き門を潜れば、後は卒業と共に貴族も羨む優雅な人生が待ってるわあ!」

(しっかし、こんな女の子の肌がいっぱいなファンタジー世界でもちょっと街を歩くだけでが必要になるんだもんなあ……。持たねえなら持たねえでトラブルを招く、周囲を適度に威嚇する事で誰もがお互いに犯罪を未然に防止する、か。これまた世知辛い話じゃね?)


 と、


「先生おはようございます。朝から難しい顔なの、これは女の子鑑賞かもだわ」

「はいおはようヴィオシア、でもって破滅的に誤解を招く発言はやめてくれね? ただでさえ魔法が使えないとされる男性の権利は年々小さく削り取られちまう運命にあるし」

「私と先生の仲なの」

「春先に出会ってまだ一ヶ月じゃね?」


 すぐ隣を歩く裸マントからキッとにらまれつつ、みようそうごろは肩を落として息を吐く。一応男物とはいえこのド派手なセーラー服も彼の趣味ではなく、年中パリピでファンシーな街に溶け込むための精一杯の努力のつもり───というか、厳密には途方に暮れていたみようそうごろに古本屋の銀髪褐色お姉さんが用意してくれたもの───だった。とにかく派手派手なこっちの世界だと分厚い鎧やえんふくくらいでは道端のチラシ配りや喫茶店の店員にしか見えないらしい。


「それにしても、相変わらずヘンなつえなの。手品師さんの小道具?」


 こいつについてはコメントしなかった。伸縮式の警棒は正体を看破された方がまずい。

 ちなみに女の子達の肌の露出が多いのは開放的な太古の頂点と悪意的にねつぞうされたイメージをえて逆手に取る邪悪の頂点によるものだ。これでもまだマシな方で、読み物を扱う憧憬の頂点がなければブレーキが全くかからず街中とんでもないコトになっていたはず。


「ふーんふふーんっ。あさごはんー、あっさごーはんーなの☆」

「ヴィオシア何してんの?」

「そこの屋台でレシピ買ったからホウキ振ってご飯を出すわ。今日の朝ご飯はカップケーキで決まりなのっ! じゃじゃん、はっぴーはろうぃん!!」


 ぼわんとカラフルな煙が出たと思ったら、教え子の手の中にバナナっぽい色と香りのケーキが本当にあった。評価に困る一品だ。自分の反射を信じるならご飯と言いながらお菓子なのかと言いたいが、でもバナナは時短朝食の定番でもあるし。全体的にツッコミにくい。

 ちなみに『よりもっとさらにますますしくなっちゃいました』はこっちの世界でも定番の売り文句らしく、料理系の合成インスタントレシピは買っても買っても次のが出てくるようだ。


「もっと花の種とか苗とか魔女っぽい屋台に注目すれば? ほんとおやつの魔法ばっかり」

「えっへへー、だって先生が教えてくれた魔法なの!」


 皮肉を言っても素で受け止めてしまう女の子は強い。

 そう、魔女はどれだけ道を極めても自分の『欲』を否定しない。

 意識的にコントロールできれば目標に向かう強烈な起爆剤になる、という考え方なのだ。

 いつもの極限残念少女は勇者の剣みたいにフォーミュラブルームを背中に差した。オレンジに赤や紫、秋っぽいパンプキンタルトみたいなロングワンピースを着た彼女はまだ引率なしではまともに飛べない魔女だ。このとがった帽子が近づいてきても目立たない辺り、ほんとにこの街の女の子達はカラフルだった。とにかくみんな肌が多くて目のやり場に困る。

 ここは人口の五割が何らかの浪人生というすさまじい街。人が出入りする時間にも独特の波があるため、道端の露店もまた登下校の時間帯にターゲットを絞っている。


「ウサギの庭師サービスでーす。奥さん奥さん、元気のない家庭菜園っていうのはここですか? それじゃ景気良くお鍋の中身をぶっかけちゃいましょう!」